表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/96

第85話 魔列車と清楚で可憐な先輩

いよいよ、世界魔導機構(WMO)総本部への出発当日。

俺はチーポにスマホの影武者としてのイロハを叩き込み、指定された集合場所である魔法局日本支部へとやってきていた。


そこで合流したのは、共に総本部へ向かう雅、風香、そして刹那(優依)といった今回の精鋭メンバーたちだ。だが、今の俺には仲間の顔をまともに見る余裕なんて微塵もなかった。


なぜなら、俺が今着せられているのは、魔法局の大人たちが「長時間の移動でも動きやすいように」という吐き気のするような建前で用意した、純白の清楚なワンピースだったからだ。


「動きやすい」のは確かに結構だが、スカートの裾や襟元には、これでもかとばかりに繊細なレースとフリフリがふんだんにあしらわれている。おまけに髪は後ろで大きなリボンによって清楚にまとめられ、鏡を見た瞬間に俺自身がぶっ倒れそうになった、完全無欠の『清楚』モードである。


そんな俺の内心の絶望をよそに、若き支部長である柊が、俺たちを一室に集めて移動手段についての説明を始めた。


「ここから第一区へ公用車で移動して、そこから『魔列車』に乗って総本部へ向かうことになる。第一区には魔法科学の粋を集めた最新鋭の車両、魔列車があってね。これを使えば他国であっても最長三時間程度で到着してしまうんだ。本来は政治家や一部のVIP、あるいは緊急要請を受けた魔法少女だけが利用できる特別な移動手段なんだけどね」


「……ふーん」


俺は、いかにも「難しい話には興味がありませーん」と言わんばかりの、幼い少女を装った気の抜けた生返事を返した。

だが、その内面は――。


(うおぉーー!! あのテレビの特番で見たやつか! 超絶カッケー最新型! マジであれに乗れんのかよ!!!)


生粋の男子高校生としてのテンションが、音を立てて限界突破していた。

時速何百キロ出るのかは知らないが、魔法と科学が融合したロマンの塊、男なら誰だって一度は運転席に座ってみたいと願う珠玉の乗り物だ。俺はワンピースの裾をギュッと握りしめ、必死に頬の緩みを抑え込んで鉄面皮を維持した。


「ははは、さいかくんには少し退屈な話だったかな?」


俺の素っ気ない『ふーん』という返事を聞いて、柊が苦笑いしながら優しくフォローを入れてくる。


「えー、あれで行くんですか? いいなー、私まだ乗った事ない」


唐突に、俺の背後からぬるりと柔らかな腕が伸びてきた。華奢な『さいか』の身体が背後からすっぽりと抱きすくめられ、同時に、俺の頬にすりすりと温度のある頬が擦り付けられる。


「……」


俺を抱き枕か何かのように完全ホールドして、恍惚としたご満悦な表情を浮かべているのは、水鏡葵みかがみ あおいだ。


若き支部長・柊の姪であり、第一区の進学校に通う十七歳。そして何より、特殊な『隔絶魔法』を操り、さいかが現れるまでは日本支部における対A級アンヴァーの要だった「秘蔵っ子」である。

この女、さいか(俺)の『お姫様のような美幼女っぷり』に完全に脳を焼かれており、顔を合わせるたびに息をするようにセクハラ(スキンシップ)をかましてくるのだ。


(くそっ、離れろ! 男がこれやったら一発で逮捕、即実刑の案件だぞ!!)


俺は内心で盛大にキレ散らかしながらも、ここで暴れては『さいか』の清楚なキャラが崩壊する。ただされるがままに、感情を殺した無表情を貫くしかない。

そんな俺の地獄の苦しみを見かねたのか、刹那が眉間に深いシワを寄せ、葵に向かって鋭い声を放った。


「……おい。なんで、お前がここにいんだよ」


刹那と葵は、片や第七地区のヤンキー校(潜入中)、片や第一区のお嬢様校と、通う世界は真逆だが一応は友人——という名の腐れ縁だ。

刹那の棘のあるツッコミに対し、葵は俺の頬をプニプニと指で突きながら、心底不思議そうに首を傾げた。


「え? さいかちゃんのお見送りに決まってるじゃない。何かおかしい?」

「…………ッ」


『何を当たり前のことを言ってるの?』と言わんばかりの清々しいドヤ顔に、刹那の額にピキリと青筋が浮かぶ。


「お前なぁ……俺たちはこれから、クソ面倒な総本部に乗り込まなきゃなんねぇんだぞ。少しは緊張感を持てよ、この残念女が」


「えー? だからこそ、出発前に私がいーっぱい癒やしてあげてるんじゃない。ねー、さいかちゃん? もし不安なら、私がキャリーケースの中に隠れて一緒に行ってあげようか? 」

「……いらない。」


俺が反射的に即答で拒絶すると、葵はショックを受けるどころか「あはっ、冷たいところも可愛い〜! 」と、さらに力を込めて抱きついてくる。


公用車内、俺は葵の膝の上に座らされていた。

衣装を決定するための地獄のような「お着替えタイム」を経て、俺の精神力とプライドはすでにゼロを通り越してマイナスに突入していた。

そのため、いつも以上にテンションを爆上がりさせて抱き着いてくる残念美少女に対して、抵抗する気力すら湧かない。俺は完全に魂の抜けた「されるがままのぬいぐるみ」状態と化していた。


「あぁ〜っ! 今日のさいかちゃん、いつも以上に天使! この純白のフリフリとリボン、最高に似合ってるよぉ! ああっ、このリボンの結び目すら愛おしい、一生スリスリしていたい〜っ!」

「…………」


葵が恍惚とした表情で、何度も何度も俺の頬に自分の顔を擦り付けてくる。

だが、その地獄のような——はた目から見れば最高に尊い百合百合しい光景を、少し離れた席から血の涙を流して見つめている者がいた。


今回、共に総本部へと向かう精霊『シルフ』の契約者——小鳥遊風香である。

風香は窓際で、手に持っていたハンカチをギリィッと音が出るほど噛み締めながら、大きな瞳に悔し涙を浮かべてプルプルと小刻みに震えていた。


(う、羨ましいです……っ! 私だって、あんな風にさいか様のフリフリを心ゆくまで堪能して、ぎゅーってしたいのに……! でも葵先輩に文句ひとつ言えない、へたれな私……!)


偉大なる精霊に選ばれ、魔法少女となったはずの風香だったが、生来の気弱さと先輩である葵に対する遠慮が仇となっている。彼女はただ、悔し涙を流しながらその光景を指をくわえて見守ることしかできなかった。


その視線の熱量に気づかぬまま、葵の「癒やし」はさらに加速していく。俺は遠くの空を見つめながら、これから始まる一週間の前途多難さに、早くも胃がキリキリと痛み出すのを感じていた。


残念美少女(葵)による、激しいスキンシップという名の公開拷問をようやく乗り越え、俺たちは魔法局の黒塗りの公用車に詰め込まれた。第七地区の雑多な空気から離れ、車は滑るように第一区へと滑り込んでいく。


車を降り、ここからは徒歩で魔列車の専用プラットフォームへと向かう。

第一区の光景は、俺が普段根城にしている第七地区の、あのゴチャゴチャした下町感とは月とスッポンだ。魔法科学の粋を集めた近未来的な高層ビルが立ち並び、洗練された区画がどこまでも広がっている。

おのぼりさん気分で周囲を見渡しつつ、俺はフリフリのワンピースの裾を気だるげに揺らしながら歩いていた。


――だが、駅の入り口が近づくにつれて、引率の大人たちの様子が急におかしくなり始めた。


先陣を切って威風堂々と歩いていたはずの柊支部長が、急に歩幅を狭くし、挙動不審にキョロキョロと周囲を警戒し始めたのだ。

その隣を行く雅も、パチンと派手な音を立てて扇子を開くと、それで口元を隠しながらソワソワと視線を泳がせている。


明らかにカタギの動きではない二人の態度に、後ろを歩いていた刹那が、眉をひそめて怪訝そうに問いかけた。


「……? どうかしたんすか、二人とも。急に腰が引けてますけど」


ビクッ!!

声をかけられた瞬間、二人の大人が揃って肩を大きく跳ねさせた。

雅は扇子で顔の半分をガードしたまま、引き攣った笑顔を浮かべて「ほ、ほほほ」と不自然極まりない笑い声を漏らす。


「な、なんでもあらへんよ? ええ、ホンマになーんもあらへんわ。ちょっと第一区が、眩しすぎて目に染みただけやわぁ……」


俺がジト目で見つめている間も、柊は落ち着かない様子で、柱の陰や売店の裏などを血走った目でチェックし続けている。

そして、冷や汗をダラダラと流しながら、聞かれてもいないことを早口の小声で捲し立てた。


「う、うむ! 決してこの第一区に『会いたくない人』が居るとか、万が一見つかったら面倒くさいから息を潜めているとか、そんなことは断じてないぞ! 私は日本支部長として、正々堂々とここを歩いているのだからな……!」


(……めっちゃくちゃ挙動不審じゃねえか。完璧に自白してんぞ、この支部長)


俺は清楚な美幼女のガワを被ったまま、内心で深々とため息をついた。


第一区の魔列車専用プラットフォーム。

政治家やVIPが利用するというだけあって、その待合室は、第七地区の駅しか知らない俺の想像を絶する超豪華仕様だった。

足を踏み入れた瞬間、沈み込むようなふかふかの絨毯。天井で静かに煌めくクリスタルのシャンデリア。座るのが躊躇われるほど、猫脚の曲線が美しい高級アンティーク調のソファ。

しかし、そんなブルジョアジーな空間の中でも、残念少女の暴走は止まらなかった。


「私はここまでだよー。さいかちゃん、寂しくなったら何時でも電話していいからね? なんなら、今からでも一緒に行こうか?」


名残惜しそうに、俺の純白のワンピースに顔を埋め、スリスリと頬を擦り付けてくる葵。俺は完全に無表情(周囲からは『別れを惜しむ少女』に見えている)のまま、温度のない声で冷たく言い放った。


「……(電話)しない。(ついてくるのも)いらない」

「もう、照れちゃって! 恥ずかしがり屋なんだから、さいかちゃんは!」

(……こいつ、無敵か)


明確な拒絶すら都合のいい『照れ隠し』に変換してしまう、圧倒的で理不尽なポジティブシンキング。俺は内心で白目を剥きながら、この変態女の鋼のメンタルに、もはや一種の畏怖すら抱いていた。


一方、そんなカオスなお別れシーンの裏で、引率の大人たちのソワソワとした挙動不審は最高潮に達していた。

日本支部長である柊は、総本部には向かわず日本で留守番だ。ここで俺たちを見送る立場なのだが、その様子はどう見ても「見送り」のそれではない。


「葵は私と一緒に居残りだ。ささ、さっさと魔列車に乗り込んでしまおう! 後のことは任せたよ、雅!」


柊は周囲を血走った目で警戒しつつ、俺たちの背中をグイグイと搭乗ゲートの方へ押し始めた。


「せ、せやね! さっさと乗り込みましょ。中もビックリするくらい豪華なんよ、ほら、急いで!」


雅も必死の形相で同調し、焦ったようにバタバタと俺たちを急かす。

明らかに「誰かに見つかる前に、とっとと、この場から逃げ切りたい」という必死さが顔に書いてあった。


(……おいおい、大の大人が二人揃って何にビビってんだよ。)


俺が呆れ半分で搭乗ゲートへと足を踏み入れようとした、まさにその時だった。


「おう、やっときやがったな。お前ら、私を待たせるとは随分と偉くなったもんだな?」


広々としたVIP待合室に、低く、どこかドスの利いた――それでいて、絶対的な威圧感を孕んだ声が響き渡った。

その声の主が発する途方もないプレッシャーだけで、待合室の空気が一瞬でビリッと凍りつくのが分かった。


「…………ッ」「…………ぁ」


ピタッ、と。

俺たちの背中を押していた柊と雅の動きが、彫像のように完全に停止した。

振り返ると、そこには顔面を真っ青にし、口元だけをピクピクと引き攣らせた『完璧な営業スマイルのまま硬直する大人二人』の情けない姿。

そして、聞き覚えのある声。その主を視界の端で捉えた瞬間、俺(才牙)の心臓は物理的に「ドクンッ」と跳ね上がり、そのまま停止した。


「い、いやー! 龍華りゅうか先輩、いらっしゃってたんですか!! お忙しいと聞いていたので、まさかお越しいただけるとは露知らず!」

「ほんま、来られるなら言うてくれはったら、もっと早うから首を長うしてお待ちしてましたのに! お会いできて、ほんま嬉しいわぁ〜!」


先ほどまでのコソコソした挙動不審はどこへやら。

日本支部長である柊と、その右腕である雅が、まるで極道の若衆のように背筋をピンと伸ばして直立不動を貫いている。

滝のような冷や汗を流しながら必死に並べ立てる言い訳は、もはや哀れなゴマすりにしか聞こえない。


そして、その震える大人二人を前に、獲物を見つけた肉食獣のような底意地の悪い笑みを浮かべて立っていたのは――。


「ほお? そいつは重畳だ。わざわざ待った甲斐があったってもんだ。なあ、柊? 雅?」

「「は、はいいっ!!」」


第一区へ長期出張中だと言って家を空けていた、俺の母親。

『龍華』の姿がそこにあった。


(かあちゃんじゃねえかあぁぁーーー!!!!!)


俺の脳内で、絶望とパニックが入り混じった断末魔のような絶叫がこだまする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ