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第79話 可憐な乙女(自称)

数日後。第七地区にある、なんてことのないごく普通の自宅自室にて。

本来の姿――鋭い三白眼に高身長、鍛え上げられた屈強なガタイを持った『男子高校生』に戻った才牙は、ベッドに寝転がりながら、スマホの画面を見つめてだらしなくニヤニヤと笑っていた。


「ふへへへへ……っ。たまんねぇな、おい。努力は裏切らねぇってのはマジだな」


悪役面ヒールづらのヤンキーが浮かべる、純度100%のゲスい笑顔。

彼の視線の先、魔法科専用アプリのマイページに表示されている現在の所持ポイント数は――。


「約二億六千万ポイント……! A級の討伐報酬に加えて、あのクソ広い胃袋の中でB級を乱獲しまくった殲滅ボーナス! さらに刹那と風香からの上乗せ献上分! ハッ、笑いが止まんねぇぜ!!」


才牙はスマホの画面に頬ずりせんばかりの勢いで、歓喜に打ち震えていた。

数日前までは数十万ポイントしか無かったと言うのに、今や億単位のポイントが手元にある。まさに一攫千金、A級討伐という特大のギャンブルに完全勝利した証だった。


そして、今回の大騒動のキッカケとなった、雅から依頼された『偵察型アンヴァー討伐のバイト代』である10万ポイントも、律儀にしっかり振り込まれている。


「雅の奴からキッチリ振り込まれた十万ポイントも、今となっては完全に誤差にしか見えねぇな。……まあ、一円を笑う者は一円に泣くって言うし、貰えるもんは全部貰っとく主義だがな!」


傍から見れば、凶悪な不良がスマホを見てニヤついているという通報案件のような光景。

――だが、そんな絶頂の最中にある才牙の傍らで、この世の終わりのような形相で突っ伏し、オンオンと幼児のように号泣している小さな影があった。


「ワイの……ワイのドリームポイントがあぁぁぁぁっ!! ワイの血と汗と脂汗の結晶が、全部、根こそぎ持っていかれたんやぁぁぁぁッ!!」


才牙の担当妖精にして、自称敏腕プロデューサーのチーポ(通称:クソキノコ)である。


今回のA級討伐で妖精界に支払われた莫大な報酬。本来ならば、暫く食べて遊んでの豪遊生活で暮らせるだけの大量の妖精ポイントが転がり込む筈だった

しかし、かつて才牙が魔法少女システムの詳細を知らなかった頃、このクソキノコは才牙の稼ぎをこっそり横領し、遊していたという、救いようのない前科がある。

その報いとして叩きつけられた直筆サイン入りの念書―― 【妖精の取り分の九割を、慰謝料として契約者に強制上納する】という悪魔の契約により、チーポに振り込まれるはずの報酬は、通信ラグすら感じさせぬ速度で才牙の口座へとダイレクトに吸い上げられていた。


「鬼や! 悪魔や! 才牙、おはんの血は緑色やろ!? 命懸けで(天井付近から)サポートしたワイに、雀の涙以下のカスしか残らんとか、妖精労働基準法違反(そんなものは無い)やでぇぇぇっ!!」

「はん。テメーが過去に俺のポイントを勝手にパクって、SSR確定ガチャ回してたツケだろうが。一ポイント単位までキッチリ清算させてもらうぜ。」


ベシベシと叩いて恨み言を並べ立てるチーポを、ハナホジで完全にスルーした。

身内だろうが妖精だろうが、裏切り者(横領犯)には徹底して容赦してはならない


「それにしても、これで目標の『百億ポイント』に向けて、一気に前進したな。……ふふ、この調子でデカい獲物を効率よく狩り続ければ、あの忌々しい『魔法幼女』の姿とも、そう遠くない未来におさらばできるかもしれねぇ……!」


才牙はスマホを握り締め、希望に満ちた未来(男のプライドの奪還)へと思いを馳せる。

自身が世界魔法科機構(WMO)のトップから、特級の危険因子として名指しで目をつけられ始めていることなど、この時の才牙は知る由もない。


スマホの画面に躍る眩い数字を眺め、チーポの悲鳴を心地よいBGM代わりにだらしなくニヤニヤと笑い続けていた、その時だった。


「才牙ー! ちょっといいー?」


一階のリビングから、家の空気を震わせるようなよく通る快活な声が響いてきた。

才牙(俺)の母親、龍華りゅうかの声だ。


「あん? なんだよ、今忙しいんだよ」


俺はチッと短く舌打ちし、ポイントの余韻を惜しみつつベッドから起き上がると、階段をドスドスとガサツに下りてリビングへと向かった。

そこには、床に広げた大型のキャリーケースへ、手慣れた様子でテキパキと衣服や専門資料の束を詰め込んでいる母親の姿があった。


「母さん、明日から出張で『第一区』に行くから。しばらく家を留守にするわね」


顔を上げた龍華が、あっけらかんとした調子で告げる。

俺は首の後ろをバリバリと掻きながら、特に驚くこともなく短く返した。


「あー、いつものやつな」


辰宮たつみ 龍華りゅうか

女手一つで現役バリバリのヤンキー高校生を育て上げているこの母親は、ただのパート主婦などではない。

彼女の職業は、対アンヴァー用の巨大防壁や避難シェルターの設計・施工を一手に取り仕切る、【アンヴァー防衛対策工事の第一人者】である。

その業界では知らぬ者のいない凄腕の現場責任者であり、他地区からの応援要請や新規防衛ラインの構築任務が絶えないため、こうして頻繁に家を空けるのが辰宮家の日常であった。


「また、でけぇ壁でも造りに行くのか?」

「まあね。あっちの偉いさんたちが、最近のアンヴァーの活性化にすっかりビビっちゃって。シェルターの隔壁アップデートと、魔力伝導率の高い新素材を使った防壁テストを、急ピッチで進めたいんだってさ」


パンパンに膨らんだキャリーケースのジッパーを、力強く一気にビーッと閉めながら、龍華はやれやれと大げさに肩をすくめて見せた。


「まったく、平和な第一区の連中は、ちょっと揺れただけで大騒ぎなんだから。第七地区の図太さを少しは見習ってほしいわよね。……あ、冷蔵庫に数日分のご飯は作り置きしてあるし、足りなくなったら出前でも取りなさい。それと、あんたもあんまり無茶な喧嘩して怪我すんじゃないわよ?」

「はん、誰に言ってんだ。俺がその辺のチンピラに後れを取るわけねーだろ」

「はいはい、頼もしいことで。そもそも喧嘩すんなって言ってんのよ、本当誰に似たんだか」


龍華はため息をついて、立ち上がりキャリーケースの持ち手を引き出した。

玄関先で、母さん(龍華)は念を押すように人差し指をビシッと俺の鼻先に突きつけてくる。


「暫く向こうにいるから、食費とか雑費はいつものカード使ってね。いい? 変なことに無駄遣いするんじゃないわよ!!」

「へいへい。わかってるって」


俺は適当に手をヒラヒラと振って応える。

生返事をする俺の顔を、龍華はじーっと胡乱うろんな目でしばらく見つめた後、わざとらしく深ぁぁいため息をついた。


「……はぁ。最近、立て続けにA級アンヴァーが出現してるし、母さん心配だわ。第一区でも警備が厳重になってるくらいなんだから」

(……そのA級を、素手で粉砕してきたばっかなんだけどな)


俺は内心で盛大にツッコミを入れながらも、鉄のポーカーフェイスを貫く。まさか自分の息子が、世間を騒がせている「魔法少女」の中身だなんて、夢にも思っていないだろう。

だが、龍華の心配の種は、化け物の襲来だけではなかったらしい。


「それでなくても、あんた……友達、全然いないじゃない」

「ぶっ!? ぼ、ぼっちは関係ねーだろ!!」


思わぬ急所をノーモーションで、しかも超至近距離からえぐられ、俺は思わず裏返った情けない声を出してしまった。


「私が、あんたくらいの歳には、もうパパと出会ってラブラブだったのに。……あんたも、そろそろ可愛い彼女の一人くらいつくんなさい? その強面じゃ難しいかもしれないけど」

「うっ、うっせ!! 余計なお世話だ!」


玄関のドアノブに手をかけた龍華の背中を見送ろうとした瞬間、俺はふと、幼い頃から喉の奥に引っかかっていた、ある素朴な疑問を口にしていた。


「そーいや……母ちゃんの若い時の写真って、この家に一枚もねーよな。どこに隠してんだよ?」


俺の記憶をどれほど遡っても、辰宮家には母の学生時代を記録したアルバムの類が一切存在しない。

親父が生きていた頃に一度だけ尋ねたことがあったが、あの親父ですら、その話題になると「あー……まあ、色々あってな! 青春ってのは心に刻むもんだ!」と、滝のような脂汗を流して誤魔化していたのだ。

俺の問いに対し、龍華はピタッと動きを止めると、わざとらしく両頬に手を当てて身をよじった。


「うっ……、やーねー! 私は『過去を振り返らない女』なのよ!」


今にもキャピッと効果音がつきそうな、年齢不相応なウインクを飛ばしてくる母親。


「それに、若い頃の私ったら、そりゃあもう清楚で可憐で、守ってあげたくなるような美少女だったのよ❤️ だから、その輝きは私の胸の中にだけしまってあるの!」

(……ぜってー嘘だろ)


俺はジト目で母親を見つめ、心の中で即座に断言した。

現在進行形で巨大防壁の工事現場を怒鳴り散らし、荒くれ者の作業員たちを顎で使っているこのオカンが、清楚で可憐?

冗談も休み休み言え。

どうせ、ろくでもない過去を隠蔽してるに違いない。

――だが。ヤンキー特有の直感が、最悪の警鐘を鳴らすよりも早く。


「…………」


スッ、と。

龍華の顔に貼り付いていた「自称・清楚な乙女の笑顔」が、氷点下の冷徹さと、ドス黒いまでの威圧を孕んだ笑みへと変貌した。

同時に、玄関の空気がミシミシと軋むような、とんでもない密度の『圧』が放たれる。


「今、なんか失礼なこと考えただろ?」

「ッ!?」


数日前、A級アンヴァーの放つ殺意を正面から浴びても鼻で笑い飛ばしていた俺が、本能的に一歩後ずさってしまった。

そのド迫力の殺気に、俺の生存本能が「これ以上踏み込めば消される」と、全力で緊急アラートを叩き出す。


「い、いやー! お母様、若い頃はさぞかし可憐で、花のようだったんだろうなって! 今の美貌を見てれば納得だぜ、流石お母様ぁ!!」


俺は第七地区・最凶番長のプライドを秒速でゴミ箱へ投げ捨て、直立不動の姿勢で盛大なゴマをすり倒した。


「ふむ。分かればいいのよ、分かれば。理解のある息子を持って母さん幸せだわ」


再び慈愛に満ちた(?)顔に戻った龍華は、満足げにウンウンと頷き、改めてキャリーケースのハンドルを握り直した。


「じゃあ、そろそろ出るわね。留守番、しっかり頼んだわよ!」

「あいよ。母ちゃんこそ、道中気をつけてな。あんまり無理すんなよ」

「ふふっ、ありがと。行ってきます!」


最後はいつものように明るく笑い、出かけて行く

乱暴にドアを閉め、一人残された玄関で、ガシガシと乱暴に頭を掻き毟った。

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