第78話 お昼の情報番組4
♪〜(軽快でアップテンポなオープニングテーマ)
お昼時、日本全国のお茶の間へと届けられるお馴染みの情報番組。
そのスタジオ中央に鎮座する巨大モニターには、およそ報道番組らしからぬ、どぎついほど煌びやかなピンク色のテロップが躍っていた。
『我らが第七地区のガーディアンエンジェル! 魔法少女(幼女)「さいか」またもや快挙!!』
「やりましたぁぁぁっ!! 皆さん見ましたか!? 私たちの天使『さいか』ちゃんが、またしてもA級アンヴァーを撃破です! 最高! 最強! 抱きしめたい!! 愛してますッ!!」
バンバン! バンッ!!
進行用のフリップボードを、割れんばかりの勢いで叩きながら、メインキャスターを務める女性アナウンサーが絶叫した。お昼の顔にあるまじき、完全に理性をかなぐり捨てたそのテンションに、スタジオのスタッフたちさえも一瞬、置き去りにされる。
「……こほんっ」
見かねたように、隣に座る眼鏡の男性コメンテーターが、わざとらしい咳払いを挟んで強引に言葉を差し込んだ。
「えー、キャスター。興奮されるお気持ちも、ま理解できなくはありませんが。公式の発表によれば、今回は『さいか』氏一人の手柄ではなく、他二名の魔法少女を加えた計三名による共同戦線であったとのことですよ。……まあ、A級討伐が快挙であることに変わりはありませんがね」
世間の冷ややかな良識を代弁するかのように、眼鏡のブリッジを押し上げるコメンテーター。
だが、すでに狂信的な「さいか推し」の領キャスターの耳には、届いてはいなかった。
「さらに!! さらにですよ、皆さん!!」
キャスターはカメラレンズの奥を覗き込むようにズイッと身を乗り出し、鼻息荒くまくしたてる。
「なんと今回、第七地区でのA級討伐における民間人の被害は――驚異の『死傷者ゼロ』!!! 素晴らしい! 奇跡です! あんな山のような巨鯨が空から降ってきたというのに、傷一つ負った住民がいない! さすがは私の天使、日本を救うガーディアンエンジェルです!!」
もはや報道番組の体を成していない、放送事故寸前の偏向報道。
あまりの暴走っぷりに、眼鏡のコメンテーターは深く額を押さえ、インカム越しのディレクターへ向けて、苦虫を噛み潰したような声で密かに零した。
「……これ、コンプライアンス的にアウトでしょう。流石に彼女をキャスターから降ろすべきだ。報道の公平性はどうなっているんですか」
しかし、数秒後。
インカムから返ってきたディレクターの冷徹な指示を聞き、コメンテーターは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を見開いた。
「……え? 『この狂った熱狂が、一番数字(視聴率)を取れているから、このままで行け』……? 正気ですか、世間はどうなってんだ……」
「さあ! 今回の件、妖精界の視点から見ても筆舌に尽くしがたい素晴らしさですよね!? 素晴らしいと言え!!」
もはや報道の皮を完全に脱ぎ捨てたキャスターが、興奮のあまり荒い鼻息を撒き散らしながら、スタジオの端に設けられた『妖精代表コメンテーター席』へと話を振った。
カメラが滑らかに横へとスライドし、特注の小さな椅子を映し出す。
そこに鎮座していたのは、お馴染みの星型の顔をした妖精――『ホッシミー』である。
そもそも、なぜ彼のようなフランクすぎる個体が、全国ネットのお昼時を彩る番組でコメンテーターという大役を仰せつかっているのか。理由は至極単純であった。番組側が「妖精コメンテーター」を公募した際、オーディション会場に遅刻せず、椅子に座り続けた妖精が、文字通り『ホッシミーただ一匹しかいなかった』からである。
そんな消去法による奇跡の抜擢を受けた彼だが、今日に限っては、いつもの適当なマイペースぶりは鳴りを潜めていた。
今日のホッシミーは、なぜか星型の顔の右半分に痛々しい包帯を幾重にも巻き付け、不自然に装飾の多い漆黒の装束に身を包んでいる。
一言で表現するならば、重度の『厨二病』をこじらせていた。
「ふっ……」
キャスターからの、問いかけに対し、ホッシミーは包帯の巻かれていない左目を、深淵を覗き込むかのように細めて見せた。
「二回連続でA級アンヴァーを討伐するとはな……。羨ましすぎるぜ⭐️ 妬ましすぎて闇に堕ちそうだぜ……⭐️」
全国ネットの電波に乗せて、同業の妖精へのド直球すぎる嫉妬を堂々と吐き出すホッシミー。A級討伐によってもたらされる莫大なポイント――その妖精側の取り分を想像し、星型の口端から卑しいヨダレを垂らしているのが丸わかりである。
そして彼は、ここぞとばかりにスタジオのメインカメラを見据えてキメ顔(星型だが)を作り、バサァッと漆黒のマントを大仰に翻した。
「俺の名はホッシミー。……古の契約により、絶賛、契約者を募集中だぜ⭐️ ふっ……今なら期間限定で、特製の石鹸もつけてやるぜ」
漆黒の堕天使(自称)の口から飛び出した、あまりにも生活感の溢れるセコい入会特典。
その痛々しすぎるビジュアルと、全く噛み合っていない勧誘文句に、スタジオ全体が「スゥッ……」と一瞬で寒気に包まれた。
眼鏡の男性コメンテーターが、もはや呆れるのを通り越して虚無の表情を浮かべ、ポツリと独り言を漏らした。
「……この生き物は、一体何を考えて生きているんでしょうね。本気で、これで格好がついていると思っているんでしょうか……」
狂信的なキャスターと、漆黒の衣装に身を包んだ厨二病の星型妖精。
完全にカオスと化したスタジオの空気を強引に切り裂くように、眼鏡の男性コメンテーターは「こいつらは放っておけ」とばかりに重いため息を吐き出し、カメラに向かって鉄の意志で解説を続行した。
「……えー、今回に関しましては、現場の魔法少女たちの獅子奮迅の活躍も、当然ながら大きな要因ではあります。しかし。何よりも特筆すべきは、A級アンヴァーの出現に先んじて『大規模なアンヴァー災害避難訓練』が実施されていた、という点にあると私は見ています」
冷静な識者としての矜持を保ち、淡々と論理を展開するコメンテーター。
しかし、その真っ当な言葉に、案の定キャスターが飢えた獣のように食いついた。
「それは、確かに大きかったですね! なんてラッキー! なんて神懸かり的なタイミング! やはり天使の護る第七地区は、格からして違ったということですね!!」
「少し黙っていただけますか」
奇跡だの幸運だのと両手を合わせて天を仰ぎ、勝手に祈祷を始めようとするキャスターを、コメンテーターは氷のように冷ややかな声でピシャリと制した。
そして、彼はクイッと中指で、インテリジェンスの象徴たる眼鏡のブリッジをこれ見よがしに押し上げると、いかにも意味ありげな鋭い視線をカメラのレンズへと向けた。
「私が真に申し上げたいのはですね。今回の『死傷者ゼロ』という未曾有の功績は、世界魔法科機構(WMO)が誇る至宝――『ソフィア嬢』による事前探知の精度、その恩恵こそが最も大きかった。私はそう断言したいのですよ」
テレビの前の視聴者に対し、「私は世間の浮かれた大衆とは違い、世界の裏側にあるシステムや真実の力関係を深く、正しく理解しているのだ」という、知識人特有の傲慢さを孕んだスノッブなドヤ顔を画面いっぱいに晒す眼鏡コメンテーター。
「彼女の探知があったからこそ、日本支部は迅速に動けた。個人の武勇に目を奪われるのも結構ですが、我々はもっと、この『組織の力』を称賛すべきだと思いませんか?」
「ソフィア嬢の探知こそが、真の立役者である」と得意げに断じる眼鏡コメンテーター。
そのしたり顔に対し、ひな壇の端に座っていた、極彩色のネイルと派手なギャルメイクで武装した『おバカ枠』のタレントが、身を乗り出して食いついた。
「えー、事前にわかるならマジ神じゃん! でもさ、なんで毎回教えてくんないのー? ウチ、この前の休日で買い物してた時にC級とかいうのに出くわしてさ、せっかくの休日が超最悪だったんだけどー!」
数万人の命を救う防衛システムと、自身のネイルの損壊を同列に語る、おバカ枠らしい清々しいまでの短絡的発言。
その言葉を受け、眼鏡のコメンテーターは「これだから」とばかりに、これ見よがしに深ぁぁいため息をついてみせた。
「……はーっ、やれやれ」
しかし、レンズの奥の瞳は隠しきれないほど愉悦にギラついている。
自分より圧倒的に無知な存在に対し、知識の多寡でマウントを取り、裏事情を「御教示」できるこの瞬間が、彼にとっては至福の時間なのだ。
「これだから素人は……。いいですか? 魔法科日本支部は、世界魔法科機構(WMO)に対して、平素から多額の寄付金を納めています。そして、ソフィア嬢による探知……たった一回の通知を受け取るごとに、さらに莫大な『情報提供料』を支払う契約になっているのですよ」
コメンテーターは人差し指を立て、世の中の残酷な仕組みを説く教師のようなしたり顔で解説を続ける。
「いいですか。C級やB級のアンヴァーが出るたびにいちいち通知を買い取っていたら、日本の国家予算など瞬く間にパンクしてしまいます。だから日本支部は、国を揺るがしかねない『A級以上』の襲来が予見された時のみ、情報を買っている。……わかりますか? 命の選別には、常にシビアな『コスト』が掛かっているのですよ」
極東の島国と世界機構との間に横たわる、莫大な金と冷徹な政治の壁。
夢も希望もない大人の裏事情をこれでもかと叩きつけられたギャルタレントは、塗りたくった睫毛をパチクリとさせ、口をポカーンと半開きにして、ただ一言だけ間抜けな声を漏らした。
「……はえー。」
気の抜けた相槌を打っていたおバカ枠のタレントだったが、彼女はまだ腑に落ちない様子で、さらに身を乗り出した。
「でもでも! 今回の避難警報はめっちゃ早かったし! もしかして、日本で探知できるようになったとか!?」
何も知らない素人だからこそ辿り着いた、一切の忖度がない核心を突く疑問。
「……はーっ。これだから、何も知らない素人は」
しかし、その問いがどれほど真実に肉薄していたかなど露知らず、眼鏡のコメンテーターは本日最大級の深いため息を大仰に吐き出し、哀れな子羊を諭すような呆れ顔を作ってみせた。
「いいですか? アンヴァーの事前探知が、もし日本単独で可能になったのだとしたら……これは単なる快挙どころの話ではありませんよ。世界魔法科機構(WMO)による情報の独占体制を根底から覆し、日本の国際的な発言力が劇的に増大することを意味するんです。国家として、そんな『最強の外交カード』を隠し持っておくはずがないでしょう?」
コメンテーターは、ドヤ顔で言い切った。
「ですから、私の見解としては、英国の魔女――ソフィア嬢の観測能力が何らかによって向上したのだと考えています。今後ますますWMOの権限が強まることにはなりますが、未曾有の危機をいち早く察知できるのですから、これは人類全体から見れば極めて喜ばしい事態と言えるでしょう」
「そっかー」
眼鏡コメンテーターのドヤ顔解説(的外れ)に対し、おバカ枠のタレントは心底残念そうに肩を落とした。
その気の抜けたリアクションと、専門家の言葉に素直に引き下がる愛嬌に、スタジオは和やかな笑いに包まれる。真実に最も肉薄した彼女の直感は、こうしてお茶の間の「笑い」として消費されて消えた。
スタジオの空気が完全に弛緩した絶好のタイミングで、メインキャスターがカメラに向かってバッチリとウインクを決めながら、見事な手腕で話題を切り替える。
「さあ、ここで一旦CMです!」
軽快なジングルが鳴り響き、画面の下部にキラキラとしたテロップが流れ始める。
「CM明けの次の話題は、なんと! 今をときめく大人気の魔法少女アイドル『天音 遙』さんの新曲PVを、当番組で世界初公開しちゃいます!! 皆さん、チャンネルはそのままで!!」
キャスターのハイテンションなコールとともに、画面はパッと切り替わり、ポップな音楽とともに洗剤のコマーシャルが流れ始めた。




