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第75話 そして事後処理へ

巨大な地響きとともに墜落し、クレーターの中心で沈黙したA級アンヴァー『クジラ1号』。

完全に事切れ、ピクリとも動かなくなった超巨大な肉塊の傍らで、風香は杖を握り締めながら、壊れ物を扱うかのようにハラハラとその周囲を歩き回っていた。


「さ、さいか様……大丈夫でしょうか……どうか、ご無事で……っ」


祈るように両手を胸の前で組み、大鯨の巨体を見上げる風香の顔色は、限界まで魔力を絞り出した反動で紙のように青白かった。

一方、瓦礫の山の上にドカッとあぐらをかき、完全に「自分の仕事は終わった」とばかりにリラックスを決め込んでいる刹那は、豪快に欠伸を噛み殺した。


「あいつなら、大丈夫だろ。お前もいい加減落ち着けよ。俺らにできることは、もう出し切っちまったんだからよ」


刹那もまた、額にべっとりと汗を滲ませ、肩を上下させて息を荒くしている。

二人の体内魔力マナは、すでに底を突き、ほぼ『ゼロ』に近い状態だった。これ以上魔法を紡げば、間違いなくその場に膝をつき、意識を手放す事だろう。

だからこそ、あとは胃袋の中にいる総大将――さいか(才牙)が、内側からすべてをぶち破って帰還するのを待つ以外になかった。


だが、風香は潤んだ瞳で刹那をキッと鋭く睨みつけた。


「せ、刹那先輩が、あんな荒っぽいこと……電撃を無理やり流し込んで墜落させるなんて事をするから心配してるんです!!」


雷撃の直撃だけでも致命的なダメージだというのに、追い打ちをかけるようにあんな超質量を、地上へノーブレーキで叩きつけたのだ。中にいれば、ただの落下衝撃では済まない大惨事になっているはずである。


後輩からの真っ当すぎる正論に、刹那はヤンキー特有の凄みを無理やり利かせて吠え返した。


「あぁん!? あのガキンチョが、この程度でどうにかなるようなヤワなタマじゃねーだろ!! ましてや、アイツには『未来予知』があんだからよ!!」


威勢よく言い切りながらも。

刹那の内心では(た、たぶん……大丈夫……だよな?)と、こっそり冷や汗が流れていた。


いくらなんでも、特攻隊長としての勢いとノリだけで大鯨を叩き落としたのは、まずかったかもしれないと、後になって、不安が、じわじわと背中を伝っていた。


「それは……そうですけど! さいか様なら絶対無傷だと思いますけど! でも、あまりに荒っぽすぎます!!」


結局のところ、風香もさいかの規格外の強さを微塵も疑ってはいなかった。

ただ、敬愛する至高の魔法少女に対し、少しでも怖い思いをさせたり、土埃を被らせたりするような無骨な真似をした刹那の「デリカシーのなさ」が、熱烈な信者として許せないだけなのだ。


「へいへい、悪かったよ。後で小言でもなんでも聞いてやるよ」


やいのやいのと口喧嘩を続けていた刹那と風香。

その頭上をすっぽりと覆っていた巨大なドーム――規格外の結界『空間遮断』が、パリンッと薄氷が割れるような音を立てて、唐突に解除された。


「おっ?」


結界の消失に気づき、刹那と風香が同時に空を見上げる。

すると、地響きを立てて横たわっていたA級アンヴァー『天蓋の鯨(クジラ1号)』の巨体が、そして周囲に散らばっていた無数の雑魚たちの死骸が、一斉に眩い光を放ち始めた。

それは、大鯨のコアが完全に粉砕されたことによる、討伐完了の証。


巨大な肉塊が、サラサラと美しい光の粒子へと変換され、大気へと溶けるように消滅していく。

重苦しく空間を支配していた絶望の影が、文字通り跡形もなく払拭されていく。


「はん! 相棒の野郎、やりやがったな!!」


刹那は瓦礫にあぐらをかいたまま、ニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「流石はさいか様です……っ!! 私信じてました!!」


風香もパァッと顔を輝かせ、涙を拭いながら、空に舞う光の粒子――自身の主が成し遂げた勝利の残光を見つめる。

やがて、大鯨の巨体が完全に光となって消え去り、視界が開ける。

残された瓦礫の山の中から、ヒョッコリと、しかし確かな存在感を放つ小さな影が姿を現した。


少しだけ裾の焦げたフリルのスカートを揺らし、色素の薄い銀色のサラサラの髪についた土埃を、面倒そうにパンパンと払う――我らが大将さいかである。


大鯨の墜落ダメージも何のその。文字通り無傷でA級の心臓部を単独粉砕してきた最強の魔法幼女は、待っていた二人を見つけると、少しだけ気まずそうに、けれどツンとすました顔で短く呟いた。


「……ただいま」

――ポツリと、本当にそれだけ。


(……やっぱ、落ち着いてから声出すと、マジでキツいもんがあんな……)


才牙は内心で、深く、ひどく深く、やりきれないため息をついていた。

幼女化した自分の、この『鈴を転がしたような可愛らしくて甲高い声』が死ぬほど苦手なのだ。

戦闘中はアドレナリンが全開でハイになっているため、ヤンキー全開の汚い口調で吠えまくることができる。

だが、いざすべてが終わり、静寂の中で冷静になってしまうと、自らの喉から発せられるあまりにも可憐な声帯の響きに、耐えきれなくなる。


「さいか様ぁぁぁぁ!!」

「おう相棒、生きてたか!」


駆け寄ってくる二人に対し、ただ黙って、不頷くしかなかった。

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