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第73話 VS嘘つき人形

『嘘つき人形ピノッキオ』の黒拳を、紙一重で潜り抜けた絶対零の間合い(ゼロ・レンジ)。

才牙は一切の無駄を省いた完璧な踏み込みから、腰の鋭い捻りと全身のバネを拳の先一点に凝縮させ、無防備な敵の胴体中央へと容赦なく叩き込んだ。


ドゴォォォォォォォォンッ!!!


小さな幼女の拳から放たれたとは到底信じがたい、周囲の空気を一瞬で圧縮し爆ぜさせたような重い打撃音。

まともに肝臓レバーの位置を撃ち抜かれた嘘つき人形は、肺の中の空気をすべて絞り出されたような声にならない絶叫を上げ、大砲の弾のように吹き飛んだ。


ズガァァァァンッ!!


大空洞を一直線に横切り、赤黒くうごめく大鯨の肉壁へと深々と激突する。

ひしゃげた体勢で肉の層に埋もれ、ピクリとも動かなくなったその様は、まさに『糸の切れた操り人形』そのものだった。


だが、相手はA級アンヴァーの心臓部を守護する異形だ。ただの一撃ワンパンで沈むほど、ヤワな設計はされていない。


グチャッ……ズブブブッ……!


肉壁に埋もれていた嘘つき人形が、生理的な嫌悪感を煽る音を立てて再び『起動』した。

ゆっくりと這い出してきたそいつの双眸は、先ほどまでの虚無のような暗色をさらにドス黒く濁らせ、底知れぬ殺意を煮詰めたようなおぞましい光を放っている。


『2299%・8|33(//$332(¥2(//』


大気をビリビリと共鳴させる、怨嗟に満ちたノイズ音。

その凄まじい威圧感に、頭上を飛んでいたチーポが「ヒィッ」と情けない悲鳴を上げ、慌てて俺の足元の影へと隠れ込んだ。


「うひゃー! あいつ、完全に激怒しとるで! 『殺してやる、クソガキ』言うとる!!」


ガクガクと震えるポンコツ妖精の通訳を聞いて、俺は怯むどころか、さらに深く凶悪な笑みを刻み込んだ。

クソガキ呼ばわり、上等だ。相手が本気でキレて(マジになって)からこそ、喧嘩は最高に面白くなる。


「はん、そうこなくっちゃなぁ!!」


俺が両拳を胸の前で景気よく打ち合わせた、その直後だった。


メチャァッ……! メキメキメキィッ!!


立ち上がった嘘つき人形の背中から、骨と肉を無理やり引きちぎるような、先ほどまでを凌駕する悍ましい音が鳴り響いた。

赤黒い少年の服――その擬態した肉殻が内側から無残に裂け、そこから新たな『二本の腕』が、不気味な体液を撒き散らしながら生え出たのだ。


異常なリーチを誇り、ゴムのように自在に伸長する腕。

それが、合計『四本』。


怒り狂ったコアの守護者は、四本の腕を触手のようにうねらせながら、殺意のすべてを眼前の「クソガキ」へと向けられていた。

合計『四本』となった異常なリーチの黒拳が、殺意の奔流のままに才牙へと一斉に放たれる。


ビュババババババンッ!!


ただでさえゴムのように伸び、物理法則を無視した軌道を描く変則打撃。それが四方向から、まるで意志を持った大蛇の群れのように、互いの死角を補い合いながら殺到する。

普通であれば、視認することすら叶わず、なす術もなく肉塊へと変えられる絶望の包囲網だ。

だが、今の俺の、研ぎ澄まされた感知能力と、それにコンマ一秒の遅れもなく追従する『魔法幼女』のハイスペックな身体の前では、手数が増えたところでそれは単なる「出来の悪い曲芸」に過ぎなかった。


(……本数が増えた分、一発一発の動きが大雑把になってんじゃねえか)


スッ、ヒュンッ、と。

俺はフリルのスカートを軽やかに揺らしながら、四本の腕が複雑に交差する、その僅かな空気の隙間を、まるでダンスでも踊るかのような滑らかな動作で潜り抜けていく。

右からの猛烈な薙ぎ払いを首を傾けて躱し、左下からの鋭い突き上げを最小限のステップで虚空へと還す。


そして――。


(……伸びきった腕ってのはなぁ、何よりも無防備な『弱点』なんだよ!!)


俺は、先ほどまでの「防御」の姿勢を完全に捨て去った。

回避と、同時。俺の顔のすぐ横を通り過ぎ、伸びきった『嘘つき人形ピノッキオ』の右下腕。その、鋼のようにピンと張った関節の正中線へ向けて、地面を蹴り上げた勢いをすべて乗せた、えぐり込むような強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


メギャァァァァァァァァァンッッ!!!


分厚い丸太を全力でへし折るような、凄まじい破断音。

反撃されることなど微塵も想定していなかった、弛緩しきった無防備な黒腕は、俺の蹴りが持つ運動エネルギーを逃がすことなく吸収し、内側から爆ぜるようにして無惨に粉砕された。

赤黒い体液と肉片が、大空洞の静寂を汚すように派手にぶち撒かれる。


『¥(8(11(1(//』


自慢の腕を丸ごと一本、吹き飛ばされた『嘘つき人形』が、これまでにないほど悍ましい、空間を震わせる激痛の悲鳴を上げた。

俺は吸い付くように地面に着地すると同時、残る三本の腕を冷徹に警戒しながらも、隠しようのない凶悪な笑みをその愛くるしい顔面に浮かべた。


「せっかく、そっちからわざわざ獲物(腕)を差し出してくれてるんだ」


俺は、靴の先にこびりついた不快なアンヴァーの体液を、床の肉壁で乱暴に拭いながら言い放つ。


「手ぶらで帰してやるのも、喧嘩の作法に反するだろ? 特大の『お土産』を付けて返してやるよぉ!!」


腕を粉砕された激痛に悶えていたはずの『嘘つき人形ピノッキオ』が、唐突に、機械的に、その動きを止めた。


『244♪#☆=(*2(』


大空洞に響いたのは、怒りでも悲鳴でもない。感情の欠片も存在しない、ひどく無機質で冷徹なノイズ。沸騰していたはずの殺意が、一瞬にして切り替わったのだ。


そして次の瞬間、嘘つき人形は己の残った手で、俺が砕いた右腕の根元を無造作に、かつ力任せに掴んだ。


ブチブチブチィッ!!


「……あ?」


俺は思わず眉をひそめた。

嘘つき人形は、千切れかけた自身の腕を、ゴミでも捨てるかのように根元から無理やり『引き抜いた』のだ。

断面から赤黒い体液が噴き出すのも束の間、ズチュルルッ! と悍ましい水音を立てて、真新しい無傷の腕が瞬く間に生え揃う。

デタラメな超再生能力。

だが、バケモノの不気味な行動はそれだけに留まらなかった。


嘘つき人形は再生したばかりの四本の腕を、背後でドクドクと脈打つ大鯨の『肉壁』へと、深く、深く突き入れたのだ。

大鯨の神経系へと直接ハッキングを仕掛けるかのように、再び悍ましいノイズを放つ。


『・(2=(*/2222+77.6($4(…〜8822#/』


ズズズ……ッ。

直後、俺とチーポを取り囲む大空洞の肉壁全体が、生き物のように不気味な痙攣を起こした。


ゾワゾワゾワッ……!!


肉壁の表面が粟立ち、そこから無数の影が染み出すように這い出してくる。

現れたのは、『蝶』の形を模した偵察型アンヴァーの群れだった。

だが、その数は尋常ではない。黒い蝶の絨毯が、大空洞を埋め尽くすほどの群体となって、一斉に俺の方へと羽ばたいてきた。


「ヒィィッ!? なんやあの数!! キモイキモイキモイ!!」


チーポが俺の足元でパニックを起こして絶叫する。

俺はチッと短く舌打ちし、踏み込んでいた足を強引に止め、全力のバックステップで蝶の群れから距離を取った。


(……嫌な予感がしやがる!!)


ただの雑魚の群れだ。普段の俺なら、あんなもの中心に突っ込んで、まとめて殴り落とす。

だが、第七地区の修羅場を生き抜いてきた『直感』が、かつてないほどの最大警報アラートを脳内でガンガンと鳴らしていた。

あいつらは、ただの偵察機(雑魚)じゃない。もっとタチの悪い、『何か』だ。

俺は両腕を顔の前でクロスさせ、衝撃に備えた強固なガード体勢をとる。


その直後だった。

四本の腕を肉壁に突き刺したままの嘘つき人形が、裂けた口をさらに歪ませ――『ヒュゥゥゥゥッ』と、空気を切り裂くような不気味な指笛を吹いた。


ピピッ……ピピピピピピピッ!!!


指笛を合図にしたかのように、俺に迫っていた無数の蝶型アンヴァーたちの腹部が一斉に『赤く点滅』し始めた。


「ッ!? 爆弾カミカゼかよ!!」


俺がその正体に気づき、悪態をついた瞬間。

俺の周囲を完全に取り囲んだ死の蝶たちが、一斉にその身を眩い白光へと変え、大空洞の中で連鎖的な『自爆』を開始した。


ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!


大空洞を根底から揺るがす連続爆発。赤く点滅した数千の蝶型アンヴァーが、次々と自爆を敢行した。

視界を白濁させる猛烈な爆炎と、内臓を揺さぶる衝撃波が、才牙の小さな身体を完全に呑み込む――かに見えた。


「フゥー……。あっぶねぇな、おい。焦げ臭くてかなわねえぜ」


もうもうと立ち込める硝煙が晴れた、その後。

そこには、フリルのスカートの裾をわずかに焦がした程度で、奇跡的なほど無傷のまま立つ俺の姿があった。


蝶の群れすべてが一点に集中し、文字通り『一斉に』爆ぜていれば、いくら俺の身体能力と受け流しの技術をもってしても、ただでは済まなかっただろう。

だが、ここはA級アンヴァーの心臓部たる巨大コアの真ん前だ。コアの守護を至上命題とする『嘘つき人形ピノッキオ』にとって、空間全体を瓦解させるような最大出力の誘爆は、自らの守るべきコアを道連れにする自滅行為に他ならない。

結果として、爆発には微かなタイムラグと指向性の制限が生じた。俺はそのわずかな「爆風の継ぎ目」を縫うように立ち回り、衝撃を最小限に抑え込みながら、この地獄を凌ぎきったのだ。


しかし、ほぼ無傷で凌いだとはいえ、俺の内心にはジリジリと焼け付くような苛立ちが募っていた。


(チッ……折角のタイマンに、余計なもん(雑魚)を大量召喚しやがって……!)


サシの喧嘩の最中に、数に頼んで舎弟をけしかけてくるような真似。反吐が出るほどダサい戦法だ。

とはいえ、これはルール無用の殺し合い、まして化け物相手に「卑怯だ」と文句を垂れるのは三流のやることだと、俺は頭を振って込み上げる毒を無理やり飲み込んだ。


ピピッ……! ピピピッ!


生き残った蝶たちが、再び腹部を禍々しく点滅させながら、次々と特攻を仕掛けてくる。

俺はそれを最小限の動きで叩き落とし、あるいは蹴り飛ばして空中で爆発の華へと変えながら、現状を打開するための解答を高速で模索した。


(近寄ろうにも雑魚の自爆が壁になってやがる。完全にジリ貧だ。また振り出しに戻っちまったか……)


そう毒づき、奥歯を噛み締めた、その瞬間だった。


――ピリッ。


俺の異常なまでに研ぎ澄まされた感知能力が、蝶の群れからでも、目の前のピノッキオからでもない、『全く別の方向』からの極大の破滅予兆を察知した。


(……足元(下)からか!?)


赤黒い肉の床を踏みしめていた両足の裏から、背筋が凍りつくような、ビリビリとした震えが脳天まで駆け上がってきた。

なんだ、これは。自爆の熱風じゃない。この、空間の原子さえも震わせるような莫大なエネルギーの奔流は――!!


「おいチーポ!! 死にたくなきゃ空中に浮いとけェェェッ!!!」

「ひぃっ!? な、なんや急に!?」


俺は頭上でオロオロしていたポンコツ妖精に向けて、鼓膜を震わせるほどの怒声で命じると同時、自慢の脚力を爆発させて、肉の床を蹴り飛ばし上方へと高く跳躍した。


直後。

俺が直前まで立っていた肉壁の地面が、内側から太陽のごとき白光を放った。


ズガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!


それは、外の世界で刹那がアンカーを通して逆流させた、大鯨自身の数百万ボルトに及ぶ雷撃。

分厚い肉の装甲を貫通し、体内の血管や神経、肉壁を伝ってダイレクトに流れ込んできた超高圧のスパークが、怒り狂う光の大蛇となって空洞全体を縦横無尽に駆け巡ったのだ。


『¥(¥(¥(8(8(8(8(8(/-/-/-』


何が起きたのか、何が自分を焼いているのか。その正体すら理解できぬまま、主(大鯨)自身の規格外の雷撃を『ゼロ距離』で浴びた嘘つき人形と無数の蝶型アンヴァーたちが、一斉に断末魔の悲鳴を上げた。

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