第71話 VS大鯨(クジラ1号)外の決着
自身の吐き出した手駒が、羽をもがれた虫のように次々と地へと墜ちていく異常事態。
空の泥沼に足を取られ、困惑に染まっていた『天蓋の鯨(クジラ1号)』の顔面に、加速した刹那の鉄球が容赦なく叩き込まれた。
メゴォォォォォォォォッ!!!
『ブギャァァァァァァァァァッッ!?!?』
重厚な鋼鉄が肉を拉げさせ、脳髄をダイレクトに揺らす強烈な物理打撃。
無敵の空を統べ、優雅に泳いでいたはずの大鯨が、無様な激痛の悲鳴を上げる。
だが、それは同時に、大鯨の『空の王者と』しての矜持を完全に叩き潰す、決定的な導火線でもあった。
『ギィィィィィィィィィィッッ!!!』
逆上した大鯨は、山のような巨体を激しく震わせ、金色にバグったまま固定されている大角から、暴走気味の莫大な魔力を一気にスパークさせた。
バリバリバリバリバリバリッ!!!
もはや狙いなどない。それは理性を失った獣の癇癪そのものだった。
空を埋め尽くすほどの、密度の狂った無数の雷光。ドーム内の閉鎖空間は、瞬く間に逃げ場のないプラズマの嵐によって塗り潰されていく。
「チッ……! 流石にこの密度じゃ、真正面からは近づけねぇか!」
羽を激しく羽ばたかせ、刹那は忌々しげに舌打ちしながら距離を取った。
風香の超常的なサポートがあるとはいえ、四方八方を埋め尽くす数万ボルトの雷壁。その中心へと無策に突っ込めば、一瞬で黒焦げの炭にされるのは免れない。
だが、刹那は指を咥えて好機を待つような、殊勝なタマではなかった。
「近づけねぇなら、これでも食らいな!!」
刹那は片手でモーニングスターの柄を握りしめたまま、もう一方の空いた手に濃密な魔力を収束させる。
そこで生成されたのは、投擲用のダーツのように鋭く研ぎ澄まされた、数十本もの『魔力の杭』。
刹那はそれを、超人的な動体視力と器用な手つきで、荒れ狂う雷撃のわずかな隙間を縫うように次々と射出した。
シュパパパパパパパッ!!
ズスッ! ズブッ!
魔力の杭は、大鯨の巨大な顔面や胴体の肉厚な皮膚に、次々と深々と突き刺さっていく。
だが、先ほどの鉄球による質量打撃に比べれば、それは文字通り「蚊に刺された」程度の、取るに足らない小細工でしかない。
大鯨は鬱陶しそうに身震いしただけで、そんな貧弱な刺突は完全に無視し、狂ったように空を焼き尽くす雷撃を放ち続けた。
――しかし、その大鯨の「侮り」こそが、刹那の狙いだった。
(……はん。図体ばっかデカいデカブツが)
怒涛の雷撃を紙一重で回避しながら、次々と魔力の杭を大鯨の肉体へ突き刺していく刹那。
「さあて……準備完了だ」
空を埋め尽くす雷光の嵐の中、刹那はニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、天に向かって片手を高く掲げた。
ジャララララララッ……!!
刹那の声に呼応するように、クジラ1号の巨体に深々と突き刺さった十数本の魔力の杭が、眩い光を放ち始めた。
杭の末端から実体化したのは、重厚かつ強靭な『魔力の鎖』。
それらは空中で意志を持つ生き物のようにうねり、数十本の束となって、空に掲げられた刹那の左手へと一気に収束していく。
『……?』
自身の身体から無数の鎖が伸び、あろうことか、ちっぽけな羽虫の手の中に握られている。
一瞬、大鯨はその意図を測りかねて戸惑いを見せたが、すぐに単眼を怒りで血走らせた。
小賢しい。こんな頼りない糸屑のような鎖で、自分をどうにかできるとでも思っているのか。ならば、その鎖ごと跡形もなく消し炭にしてやる。
バチバチバチバチッ!! ギュイィィィィンッ!!!
大鯨は粉砕されかけた大角に、これまでで最大出力の魔力を収束させた。
周囲の雷撃すらも吸い寄せるその輝きは、さながら地上に現れた小さな太陽『超巨大なプラズマの球体』。
それを、鎖の端を握りしめる刹那めがけて、容赦なく放とうと決意する。
――雷光に照らされる空の下、刹那はさらに深く、凶悪な笑みを刻んだ。
彼女の脳裏にあるのは、先ほど大鯨が、一番の天敵に文字通りタコ殴りにされていた時の光景だ。
(随分と景気良く雷を乱れ撃ちしてやがるが……さっき、あのガキンチョが顔面に張り付いてた時は、もっと『ピンポイント』で雷を落としてたよなぁ?)
なぜ、敵が密着している絶好の機会に、今のようなど派手な広域殲滅雷撃を使わなかったのか。
その答えは、これ以上なくシンプルだ。
(いくら自分の魔法(雷)とはいえ、ゼロ距離でぶっ放せば、テメー自身にも相応のダメージが入る……そういうことだよなぁ!!)
――目の前で膨張する、禍々しい太陽のごとき『超巨大なプラズマの球体』。大鯨が、鎖の端を握る刹那めがけて、その破滅の光を放とうとした――その瞬間。
「はん! 誰がまともに『綱引き』してやるっつったよ!!」
刹那は、自らの左手に束ねていた鎖の端を、迷いなくその手から『解放』した。
そして、空中で無防備に放り出された鎖の束を、重厚な鉄球のフルスイングで一気に叩き、大鯨の角にあるスパークの中心部めがけて、弾丸のごとく直接ブチ込んだのだ。
「テメーの雷撃だ!! 遠慮なく、自分で存分に食いやがれェェェッ!!!」
『――ッ!?!?』
大鯨が自身の犯した致命的な過ちに気づいた時には、すべてが手遅れだった。
大鯨の全身には、刹那が執拗に投げつけた『魔力の杭』が十数本も深く突き刺さっている。
そして、その杭と繋がった極めて伝導率の高い『魔力の鎖』が、超高圧のスパークに接触した瞬間――行き場を求めて暴発寸前だった雷撃は、最も抵抗の少ない「道」を瞬時に選択した。
すなわち、鎖という完璧な導線を得て、大鯨自身の肉体に刺さった十数本のアンカーへと、”移動”を開始した。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!
視界が真っ白に塗り潰されるほどの、凄まじい閃光。
それは外側からの打撃ではない。十数本の杭を媒介として、大鯨の強靭な肉体の内側へとダイレクトに叩き込まれた、自家発電による数百万ボルトの多重落雷。
『ギィ、ギギャァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!』
これまでで最も悲惨な、もはや断末魔に等しい絶叫。
誇り高きA級アンヴァーの巨体が、内臓までをも焼かれる激痛に激しく痙攣し、限界まで反り返るようにのけぞる。
周囲に焦げた肉の異臭が立ち込め、数秒間の狂気じみた過剰放電の末に――。
『…………』
ピタリ、と。
あれほど荒れ狂っていた大鯨の動きが、完全に停止する。
全身を駆け巡る数百万ボルトの自家発電(雷撃)。
その逃れようのない激痛と神経を焼く麻痺によって、A級アンヴァー『天蓋の鯨』の山のような巨体は、空中で一度だけ大きく跳ね、完全に硬直した。
そして修羅場を幾度もくぐり抜けてきた刹那が、この千載一遇の『最大の隙』を見逃すはずがなかった。
「トドメだァァァッ!!」
風香の魔法支援(シルフの加護)による超高速滑空。
恐るべき推進力のまま、刹那は愛用の鉄球を、はち切れんばかりの筋力で頭上高く振りかぶる。
己の残り全ての魔力を、一切の出し惜しみなく武器の先端へと一気に流し込む。無骨な鉄球の棘が、魔力の過飽和によって赤熱したかのように、禍々しくも美しく輝き出した。
狙うは、ただ一点。
相棒が執拗に殴りつけ、深い亀裂を刻んで完璧にお膳立てしてくれた、あの忌々しい『大角』の根本だ。
「ブッ壊れやがれェェェェェェェッ!!!」
重力、加速、そして全魔力を乗せた、物理法則をねじ伏せるほどの理不尽なフルスイング。それが、大鯨の無防備な脳天へと一直線に振り下ろされた。
メギョォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!
ドーム内の空間を震わせ、空気を破裂させるような凄まじい断裂音。
元より、さいかの猛攻によって耐久値を限界まで削られ、機能不全に陥っていた大角に、特大の質量兵器による追撃を支える力は残されていなかった。
強靭を誇った大角の根元に絶望的な亀裂が走り――ついに、完全にへし折れる。
破壊された金色の巨大な角が、まるで王冠を奪われた王のように虚しく宙を舞い、重力に従って地上へと真っ逆さまに脱落していく。
『――――ッッ、――――!!!』
もはや、声帯を震わせることすらできない。声にならない、魂の底からの絶望。
己の誇りであり、最大の武装であり、超再生の要でもあった象徴(角)を無残にへし折られた空の王者は、そこでついに、繋ぎ止めていた意識の糸を断ち切られた。
ズズゥゥゥンッ……!!
白目を剥き、完全にピクリとも動かなくなった大鯨の巨体が、糸の切れた操り人形のように、ゆっくりと、しかし抗いようのない確実さで『地上』へと墜落を開始する。
風香のジャミングによる泥沼化、自らの雷撃による全損麻痺。もはや逃げ場も抵抗の余地も失った、空の王者にあるまじき無様な落下だった。
大気を激しく震わせながら墜落していく超巨大な影を見下ろし、刹那はモーニングスターを肩に担ぎ直すと、その口角を凶悪なまでに吊り上げた。
「はん! そのまま死ぬまで(コアをぶっ壊されるまで)、精々ぐっすり寝てな!!」
特攻隊長の痛快な捨て台詞が、勝利のファンファーレとなって戦場に響き渡る。
ここに、外の世界における「巨大空中要塞クジラ1号」との決戦は、文字通りの完全なノックアウトによって、その幕を閉じた。




