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第67話 ボーナスステージ

ぬちゃり、と不快な湿り気を帯びた音が響く薄暗い空間。


丸呑みにされた「さいか」こと辰巳才牙(俺)は、巨大なA級アンヴァーの広大な体内に悠然と立っていた。

周囲の肉壁には、巨大なヒルや寄生虫を思わせるおぞましい姿のC級アンヴァーが、隙間なくびっしりと蠢いている。

普通の魔法少女であれば、その生理的嫌悪感と閉塞感に発狂してもおかしくない絶望の光景。

だが、俺の目にはそれが、輝く宝石が敷き詰められた垂涎すいぜんの宝物庫にしか見えなかった。


「うっひょーーーっ!!」


俺の瞳には、煌びやかな『$』マークが鮮烈に浮かび上がっていた。


右ストレートで巨大ヒルを液状に粉砕し、鋭い回し蹴りで寄生虫を肉壁ごとひしゃげる。

殴る。蹴る。潰す。

脳内でチャリンチャリンと絶え間なくポイントが加算される快い幻聴を聞きながら、俺は狂喜乱舞で暴れ回っていた。

その時だ。


ポンッ!


俺の頭上から、気の抜けた音と共にキノコ型妖精のチーポが姿を現した。


「なにしとんのや才牙! 完全に喰われてもうてるやんけ!!」


チーポは短い手足をバタバタと振り回し、顔を青ざめさせて絶叫した。


無理もない。契約者がA級アンヴァーの胃袋へ直行したのだ。妖精からすれば世界の終わりにも等しい大パニックだろう。

だが、俺は飛んできた寄生虫アンヴァーを無造作な裏拳で弾き飛ばすと、振り返ってチーポを見据えた。

その視線は、道端のゴミ、あるいはそれ以下の『救いようのない馬鹿』を慈しむような、哀れみに満ちた冷ややかなものだった。


「……なんやその目! めっさ腹立つわー!!」


チーポが地団駄を踏んで抗議してくるが、俺はフッと鼻で笑い、特大のドヤ顔を披露した。


「はん。天才的な俺が、お前みたいなキノコ頭に良いことを教えてやろう」

「あぁん? なにが天才やねん。食べられといてドヤ顔されても説得力ゼロやで!」

「馬鹿野郎、よく周りを見てみろ。この鯨は、体内に雑魚アンヴァーを大量に『備蓄』してやがるんだよ」


俺は両手を広げ、周囲を蠢く「ポイントの山」を誇らしげに指し示した。


「敵を探す手間もねぇ。向こうから勝手に寄ってきてくれる、完全密室のボーナスステージ……。つまりここは、俺たちの『黄金郷エルドラド』なんだよ!!」


ドバァァァン! と、俺の背後に幻の金塊の山が神々しく輝いた(ような気がした)。


「な、なんやて……!?」


チーポの動きが、ピタリと止まった。


その小さなキノコの頭脳が、俺の提示した言葉の意味と、そこから得られる莫大な利益マージンを瞬時に計算し、弾き出す。


「……おまん、天才やんけ……っ!」


チーポの目にも、俺と同じ極彩色の『$』マークがパッと浮かび上がった。


「だろ?」

「ぐへへへへ!! 稼ぎ放題やないか!!」


生臭く薄暗い肉の洞窟。

だが、今の才牙にとって、ここは黄金の輝きに満ちたテーマパークに他ならなかった。


「ヒャッハァァァァァァッ!!」

ドゴォォォォンッ!!


俺は歓喜の雄叫びと共に、肉壁から飛び出してきた巨大ヒルの顔面に、容赦のない飛び膝蹴りを叩き込んだ。断末魔を上げる間もなく、C級アンヴァーは汚い飛沫を上げて弾け飛ぶ。

俺はドロドロの胃壁を蹴って三角跳びの要領で加速し、群がってくる寄生虫の群れへと自ら突っ込んでいった。

殴る。蹴る。引きちぎる。

可憐な超絶美幼女の姿からは想像もつかない、ヤンキー純度100%の血みどろの喧嘩殺法だ。

あまりに理不尽な暴力の嵐に、知能の低い低級アンヴァーたちですら本能的な恐怖を覚えたのか、蜘蛛の子を散らすようにゾロゾロと逃げ出し始めた。

だが、今の才牙が逃亡を許すわけがない。


「逃げるやつはポイントだ! 逃げない奴は、よく訓練されたポイントだァ!!」


完全に理性の焼き切れた笑顔で、名作戦争映画の狂った台詞を叫びながら、逃げ惑う群れの背中に強烈な回し蹴りを叩き込む。


バキィィィィッ!!

メチャァッ!!


「オラオラァ! どこ行くんだよ! お前らは大人しく俺の為のポイントになりやがれぇ!!」


一方、俺の頭上をフワフワと浮遊しているキノコ妖精チーポもまた、完全にトランス状態に陥っていた。


「うっひょーーーっ!! ええぞええぞ才牙ぁっ!!」


チーポは短い手足で、どこからか取り出したメガホンを握りしめ、応援と称して下品な笑い声を上げる。


「今の自分、無敵や! まるでスターを取った配管工のようやで!! そのまま一匹残らず駆逐したれーーっ!!」

「おうよ! 最速のダッシュで蹂躙してやるぜ!!」


パパパパン、パパパパン!

脳内には無敵状態のあの軽快なBGMが鳴り響いている(ような気がした)。


「オラオラオラァ! どいたどいたァ!!」


大鯨のさらに奥深く、生臭い肉のトンネルを、二人のどす黒い欲望を乗せた特急列車は、一切の減速なしで才牙は猛スピードで爆走していた。

複雑怪奇に入り組んだ大鯨の体内。当然、まともな地図など存在するはずもない。

だが、俺とチーポの歩みに一切の迷いはなかった。

彼らを導く『欲望の羅針盤』が指し示すルールは、極めてシンプルだったからだ。


「才牙! 右や! 右の通路からぎょうさんポイント(敵)の匂いがするでぇ!!」

「よしきた!」


敵がいる方へ。さらに、より敵が密集している方へ。

欲望に忠実な1人と1匹は、迷路のような体内を迷うことなく突き進む。

大鯨の防衛本能ゆえか、深部へ進めば進むほどアンヴァーの密度は増し、抵抗は激しさを極めていった。だが、それがかえって「正解ルート」をこれ以上ないほど親切に教えてしまっていた。

群がる敵をただひたすらに拳で粉砕し、邪魔な肉壁を蹴り散らし、ポイントの雨を浴びながら強引に突き進む。

そして――。


ドゴォォォォォォンッ!!


立ち塞がる分厚い肉の隔壁を、俺が渾身の正拳突きでブチ破った瞬間。

視界が、一気に開けた。


「……お?」


そこは、生物の体内とは思えないほど広大な、ドーム状の『大空洞』だった。

周囲の壁には大木のように太い血管が無数に這い回り、ドクドクと拍動する不気味な燐光りんこうが、空間全体を薄暗く照らし出している。

そして、その大広間の中央。


ドクン……! ドクン……!


空間そのものを震わせるような重低音を響かせながら、ソレは宙に浮いていた。

見上げるほど巨大な多面体の水晶か、あるいはおぞましい異形の心臓か。超高密度の魔力が結晶化した、エネルギーの塊。


間違いない。これこそがA級アンヴァー『天蓋の鯨』の命の源――『メインコア』である。


通常ならば、その禍々しい魔力の奔流と圧倒的な威圧感を前に、魔法少女は息を呑み、己の矮小さを悟る場面だろう。

だが、大空洞に足を踏み入れた才牙とチーポの反応は、およそ英雄のそれとはかけ離れていた。


「……おいチーポ。見ろよ、あれ」

「……ああ、見とるで才牙。めっさデカイなぁ、おい」


俺とチーポの目に、恐怖の色など微塵もない。警戒心すら欠け落ちている。

脈打つ巨大コアの輝きを見つめる二人の心中は、今や一つの確信で支配されていた。


(……特大の魔法ポイントだーっ!!)

(……特大の妖精ポイントやーっ!!)


二人の脳内では、カジノで最高配当を引き当てた時のような派手なファンファーレが、鳴り止むことなく鳴り響いていた。

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― 新着の感想 ―
まぁチーポの取り分は10分の1なんですが……
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