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第65話 天敵

上空に展開された巨大な『空間遮断』のドーム。

その透明な壁の向こう側で繰り広げられているのは、もはや「戦闘」ではなく、一方的な「蹂躙」だった。


『空間遮断』で隔離されたドームの内側は、狂ったような雷光で埋め尽くされ、直視できないほどの輝きを放っている。だが、その破壊の嵐の中で、一人の幼女だけが、まるで散歩でもするかのように優雅に舞っていた。


「さ、最近の魔法少女は……凄いですなぁ……」


ドームの外側、指揮車からその光景を眺めていた村雲雅は、開いた扇子で口元を隠すことも忘れ、呆然と空を見上げていた。その表情は、いつもの余裕ある微笑みではなく、理解不能な「何か」を目撃した時のそれだった。


(あれが……『未来予知』の……真髄か……)


雅は、先ほどの「アンヴァー襲来予知」を思い出していた。

あの子が「来る」と言えば、災害アンヴァーは来る。そして今、あの子が「当たらない」と判断した攻撃は、決して当たらない。


蜘蛛の巣のように張り巡らされた数百の雷撃。その僅かな隙間、髪の毛一本分ほどの安全地帯を、さいかは最小限の動きですり抜けていく。まるで、これから起こる全ての事象が、彼女の脳内ですでに「確定事項」として処理されているかのようだった。


(いや、予知ができるだけやない……)


雅の背筋に、冷たいものが走った。本当に恐ろしいのは、能力そのものではない。


(わかっていても、そこへ迷わず踏み込める『胆力』や)


普通、当たらないと分かっていても、目の前に雷が落ちる瞬間に足がすくむのは道理だ。本能が、生存への拒絶反応を示す。

だが、あのさいかは違う。

雷撃が落ちる、その一瞬。光が爆ぜる寸前の僅かな「攻撃後の隙」を狙って、迷わず死地へとダイブしているのだ。その躊躇のなさ。生物としての根源的な防衛本能の欠如。


(自分が見た未来を、1ミリも疑ってへん。自分の力を、絶対的に信じきっとる……)


雅はゴクリと唾を飲み込んだ。

彼女の中で、さいかの評価は「修羅の如き精神力を持つ英雄」へと勝手に昇華されていく。


「……勝てへんなぁ、あんなん」


上空のドーム内で繰り広げられる一方的な蹂躙劇。

だが、雅の冷徹な指揮官としての目は、才牙の攻撃力以上に、その「場」の特異性に釘付けになっていた。


(……やはり常軌を逸しとるわ。『空間遮断』)


雅は扇子を閉じ、モニターに映る映像と、肉眼で見える光景を交互に確認した。


ドーム内部では、依然として数万ボルトの落雷が荒れ狂い、先ほどは数百体のアンヴァーが一斉に自爆するという熱量崩壊が起きていた。通常なら、その余波だけで周囲のビル群のガラスは粉砕され、熱風による甚大な被害が出るはずだ。


だが、現実はどうだ。

透明な膜一枚隔てた外側では、そよ風すら吹いていない。

内部でどれほどの爆発が起きようとも、外の世界には「音」一つ漏らさない絶対的な断絶。それは守りであると同時に、あまりにも残酷な「檻」の形成だった。


(更に……あのA級アンヴァーにとって、これほど相性の悪い相手はおらへん)


雅の視線は、逃げ場を求めてドームの壁に激突し、弾き返される大鯨に向けられた。

本来、飛行型のA級アンヴァー、それもあれほどの個体は、その機動力が最大の武器となるはずだ。無限に広がる空を海のように泳ぎ、高高度から一方的に爆撃し、不利になれば雲の上へと逃げ去る。討伐隊にとって最も厄介なのは、その「逃げ足」と「攻撃範囲」なのだ。

しかし今、その無限の空は、才牙の手によって「有限の水槽」へと変えられていた。


(泳ぐ海を奪われた鯨なんぞ、ただのデカイ的や。自慢の機動力も、大規模な広範囲攻撃も、この狭い檻の中じゃ何の意味もあらへん)


広域殲滅を得意とする敵を、強制的に閉鎖空間インファイトへ引きずり込む。相手の長所を全て殺し、自分の得意な殴り合いの土俵に固定する。


「……天敵やな」


雅はポツリと呟いた。

今回のA級アンヴァーにとって、あのさいかは単なる強敵ではない。存在そのものが致命的となる、最悪の天敵だったのだ。


「可哀想に……。そらで出会えば王やったのに、水槽おりで出会ったのが運の尽きや」


指揮車のモニター越しに見る戦況は、もはや「討伐」というより「作業」の様相を呈していた。


(……完全に、ヘイトが向いとるな)


雅は扇子を弄りながら、安堵の息を吐いた。

『天蓋の大鯨』の巨大な単眼も、無数の複眼も、ただ一人の幼女――さいか(才牙)だけを憎悪と共にロックオンしている。さいかの理不尽なまでの猛攻に釘付けにされ、大鯨は新たなアンヴァーの召喚も、自爆命令を出す余裕すら完全に奪われていたのだ。


『風香! あのガキンチョが気を引いてる今がチャンスだ! 雑魚共を殲滅するぞ!!』

『は、はいぃ! さいか様への道を開けますぅっ!』


その恩恵を最大限に受けていたのが、地上で戦う二人だ。ボスの援護を失ったB級、C級、そして偵察型の群れを、刹那の鉄球と風香の暴風が順調に、そして一方的にすり潰していく。盤面は完全にこちらが制圧していた。


そして、空中の戦いも決定的な局面を迎える。


(……顔面だけやない。あの子、あの厄介な『大角』を執拗に狙っとるわ)


今まさに、戦場を映すモニターの中では、さいかの拳が輝く角へと連続で叩き込まれていた。回復と雷撃、そして自爆指令の源。それを完全に潰せば、この怪物はただの巨大な肉塊と化す。


ピキッ……!


マイク越しに、硬質なものが砕ける音が拾われた。巨大な角の根本に、明確な亀裂ヒビが走る。


『ギギャァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!』


これまでとは違う、芯から震え上がるような真の悲鳴。苦痛に身悶えする鯨の姿を見て、雅は勝利を確信した。


(勝った。これでA級討伐完了や……!)


周囲の魔法科の職員たちも、歓声を上げようと身構えた。だが、角を割られ、窮地に追い込まれた獣は、なりふり構わぬ最後の手段に出た。


『ゴアァァァァァァァァァァァッ!!』


魔法も、雷撃も捨てた、純粋な肉弾戦。大鯨は洞窟のように巨大な口を限界まで開け、眼前に浮かぶさいかを丸呑みにすべく突進したのだ。


(無駄や。そんな大振りな物理攻撃、あの子の『未来予知』の前じゃ無意味や)


雅は疑っていなかった。さいかが、いつものように紙一重で躱し、その隙だらけの顎に強烈なカウンターを叩き込む未来を。モニターの中のさいかも、実際に回避行動のステップを踏もうとしていた。


――だが、直後。


さいかの体が、空中で不自然に『硬直』した。

まるで、見えない糸で縛られたかのように、あるいは突然時間が止まったかのように、ピタリと動きを止めたのだ。


(……え?)


雅の思考が追いつくよりも早く。


――パックン。


巨大な顎が閉じられる。まるで人間が空中の小虫を呑み込むように、さいかの小さな体は、あっけなく大鯨の口の中へと消えていった。


「…………」

「…………」


指揮車の中は、水を打ったような静寂に包まれた。雅の手から、ポロリと扇子がこぼれ落ちる。モニターを見つめる魔法科の面々も、目を限界まで丸くして、ただ呆然と画面に映る『捕食完了』の光景を見つめていた。

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― 新着の感想 ―
こ、これがマミるって事か((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
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