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第63話 大罪

三人の猛攻により、空を埋め尽くしていたアンヴァーの群れは、目に見えてその数を減らしていた。

風香の暴風が雑魚を散らし、刹那の鉄球が中型を砕き、俺が殴ってポイントに変える。その完璧な連携作業ルーチンワークも、ようやく終わりが見えてきた。


「よし! だいぶ減りやがった! 後は本体だ! 行くぞガキンチョ、風香!」


刹那が鉄パイプを豪快に振るい、最後のC級を叩き潰しながら叫んだ。彼女の鋭い視線は、すでに空に浮かぶ巨大な元凶――天蓋の鯨へと定められている。


「は、はいっ!!」


風香も杖を強く構え直し、折れかけた気合を無理やり入れ直す。


「むぅ……」


だが、俺だけは不満げに唇を尖らせていた。


(……もう終わりかよ。せっかく調子が出てきたところなのに、まだ稼ぎが足りねぇなぁ)


もっと湧け。もっと俺にポイントを寄越せ。

そんな俺の真っ黒な邪念が届いたのか、あるいは単にこのA級の「仕様」がクソなのか。


ブモォォォォォォォォォォッ!!!


天蓋の大鯨が、再び世界を揺るがす咆哮を上げた。そして、その背中にある不気味な噴気孔が、またしてもドロリと大きく開く。


ドシュゥゥゥゥゥゥッ!!!


噴き上がったのは、二度目の絶望を告げる黒い雨だった。先程と同規模……いや、視覚的にはそれ以上の数の「偵察型」「C級」、そして厄介な「B級」の群れが、ボロボロと産み落とされたのだ。


「ちっ! きりがねぇな、おい!」


刹那が思わず悪態をついた。倒しても倒しても減らない。終わりの見えない徒労感が、現場の空気を重く沈ませる。


「あ、あわわわ……また、あんなにたくさん……」


風香の顔から、再びサーッと血の気が引いていく。ようやく自信を取り戻しかけていた心が、圧倒的な物量という暴力の前に、再び音を立てて折れかけていた。


しかし。

その絶望的な光景を前に、一歩、また一歩と悠然と前に出る小さな影があった。


「……まだ、いける」


俺はボソリと呟いた。その声は決して震えてなどいない。むしろ、抑えきれない歓喜に打ち震えていた。


刹那と風香の目には、俺の背中が「決して諦めずに巨悪に立ち向かう、孤高の勇者」に見えたかもしれない。だが、もし彼女たちに俺の心を読む魔法があれば、即座にドン引きして全力で距離を置いていただろう。


(……ヒャッハーー!! おかわり来たぁぁぁぁっ!! さすがA級、ポイントの湧きが最高だぜぇ!!)


3人は再び雑魚処理を行うが、倒しても倒しても湧き出る敵の群れ。

このままではジリ貧だと悟った刹那は、モーニングスターを激しく振るい、叫び声を上げた。


「ガキンチョ! 風香! キリがねぇ! 本体を狙うぞ! このままじゃ消耗戦だ!!」

「は、はいぃっ!!」


風香は涙目で頷き、杖の照準を空の鯨へと向け直そうとする。

だが、さいか(才牙)だけは違った。


「…………」


俺は黙々と、目の前に群がるC級や偵察型、そしてB級を殴り続けていた。刹那の指示など聞こえていないかのように、一心不乱に拳を振るう。


「おい! ガキ!! そいつらいくらやっても無駄……ッ!?」


業を煮やした刹那が、俺の肩を掴んで説得しようとした、その瞬間だった。


ブモォォォォォォォォォッ!!!


天蓋の大鯨が、これまでとは明らかに質の違う、耳を劈くような咆哮を上げた。同時に、額の巨大な角が不吉な『赤色レッド』に染まり、脈動するように輝き出す。


ピピピピピピピ……ッ!!


それに呼応するように、周囲を埋め尽くしていた「偵察型アンヴァー」たちが、一斉に赤く発光し始めた。膨張する魔力。臨界点を超える激しい振動。


「なっ……!? まさか!?」


刹那が顔色を変えた時には、もう遅かった。


ドガァァァァァァァァァァンッ!!!


連鎖的な大爆発。空中で、地上で、数百の生体爆弾が一斉に炸裂した。周囲が真っ白な閃光と轟音に包まれ、視界は瞬時に爆炎に塗り潰される。


***


数秒後。煙が晴れ、瓦礫の山となった戦場。

そこには、多少のすすと擦り傷こそ負っているものの、致命傷を避けた三人の姿があった。


「……お前ら、生きてるか?」


刹那は咳き込みながら、周囲を見渡した。あの規模の自爆攻撃だ、直撃すればひとたまりもなかったはずだ。だが、奇妙なことに、俺たちの周囲だけは爆発の密度が極端に低く、被害が抑えられていた。


(……そうか、そういうことか!)


刹那はハッとして、さいかの方を見る。さいかが直前まで、狂ったように周囲の

アンヴァーを殴り倒していた光景が脳裏に蘇る。あれは、ただの暴走ではなかったのだ。


(ガキンチョの奴……この未来が、例の『未来予知』で見えてたのか……!?)


自爆する個体をあらかじめ優先的に処理し、俺たちの周囲に物理的な「安全地帯」を作り出していた。だからこそ、俺たちはこの程度の被害で済んだのだ。

刹那の中で、さいかへの畏敬の念がまた一段と深まった。


「……助かったぜ、相棒。」


彼女は感謝と信頼を込めて、俺の肩にガシッと手を置いた。

だが。当のさいか(俺)は、灰色の塵が舞う空を見上げて呆然と立ち尽くしていた。


「…………」


その目は虚ろで、まるで魂が抜けたようだった。刹那には「激戦による疲労」に見えたかもしれない。だが、俺の心の中では、血を吐くような悲痛な叫びが木霊していた。


(……お、俺の魔法ポイントが……勝手に弾け飛んだ……)


まだ、あんなに大量にいたはずだ。殴れば殴るだけポイントになるはずだった。

それが俺の許可なく勝手に自爆して消滅した。おそらくシステム上、自爆による消滅は討伐カウントには含まれない。

つまり、俺のボーナスは、文字通り一瞬で煙となって消えたのだ。


「……ふざ、けんな……」


俺の拳が、喪失感と理不尽な怒りでプルプルと震えていた。

目の前で弾け飛んだ数百の「ドルアンヴァー」たち。

その光景は、才牙(俺)の理性を焼き切るのに十分な絶望だった。


(……俺の獲物を、奪いやがった(自爆させた)な……?)


それはあまりに理不尽で、身勝手極まりない怒りだった。

敵が自爆するのは戦術の一つであり、俺に損害賠償を請求する権利などどこにもない。だが、俺の目の前で、俺の「獲物」を勝手に奪う行為は、万死に値する大罪だ。


「……つぶす」


愛らしい口から、地を這うような低い声が漏れた。

もはや作戦も連携も、クソ食らえだ。あるのはただ一つ、損失補填――つまり、元凶であるあいつを殺して、魔法ポイントを根こそぎ回収してやることだけだ。


トンッ。


俺は軽くステップを踏んだ。

その一歩が、一瞬で周囲の空気を爆縮させるほどの凄まじい踏み込みとなる。


ドォンッ!!


音速を超えた急加速。

さいかの体は人間砲弾となり、物理法則を置き去りにして、一直線に空の王者――天蓋の鯨へと射出された。

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