第61話 対A級討伐チーム
『――緊急放送。緊急放送。只今より、第七地区全域を対象とした、特別災害対策訓練を実施します』
無機質な女性のアナウンスと共に、街中に重苦しいサイレンが鳴り響いた。
ウゥゥゥゥ――ッ!!
それは本来、アンヴァーの襲来を告げる不吉な音色だが、今回はあえて「訓練」という名目が被せられていた。パニックを最小限に抑えつつ、確実に避難を完了させるための、協会の案だ。
『これは訓練です。繰り返します、これは訓練です。市民の皆様は、直ちに最寄りのシェルター、または堅牢な建物への避難を開始してください』
――
駅前のオフィス街。
昼下がりのカフェでコーヒーを飲んでいたサラリーマンたちが、一斉に顔をしかめた。
「うわー……マジかよ。このタイミングで訓練かよ」
「勘弁してくれよ。これから取引先に行く予定だったのに……」
口々に愚痴が漏れる。だが、文句を言いながらも彼らの動きは迅速だった。
飲みかけのコーヒーを置き、伝票を掴み、即座に席を立つ。店員たちも手慣れた様子でレジを閉め、避難誘導を開始する。
なぜなら、この国には『アンヴァー対策特別措置法』が存在するからだ。
アンヴァーの脅威から人命を守るため、避難警報への従事は「絶対の義務」とされている。もし、この警報を無視して業務を続けたり、屋外を不用意にうろついたりすれば、個人には高額な罰金が、企業には営業停止処分を含む厳しい罰則が課されるのだ。
「ほら、急げ! 監視カメラで見られてたら、ウチの会社ごとペナルティ食らうぞ!」
「へいへい。ったく、協会も暇だよなぁ」
人々は、それが「真の脅威から命を守るための避難」だとは露知らず、あくまで「面倒な義務」として淡々とシェルターへ吸い込まれていく。道路を走る車も次々と路肩に寄せてハザードを焚き、ドライバーたちが車を降りて指定場所へと急ぐ。
――
指揮車のモニターで、避難の進捗を眺めていた雅は、扇子で口元を隠しながら小さく息を吐いた。
「……日本人の真面目さに感謝やな。罰則があるとはいえ、これだけスムーズに動いてくれると助かるわ」
街から人の姿が消え、静寂が訪れるまで、そう時間はかからなかった。
無人となったゴーストタウン。そこが、これからA級アンヴァーを迎え撃つ、巨大な戦場となる。
「……ん。みんないなくなった」
俺はモニターを見つめ、ポツリと呟いた。
街から人の気配が消え、静寂が支配する指揮車の中、重苦しい空気を切り裂いたのは、やはりこの男勝りな少女だった。
「んで、そもそものA級はどう相手するんだ?」
刹那は、愛用のモーニングスターを肩に担ぎ直し、モニターに映る無人の街を見据えて問いかけた。
雅は「おや?」と不思議に思って首をかしげる。本来なら、突拍子もない「アンヴァーが襲来するという未来予知」による緊急事態。普通なら「マジで来るのかよ?」と疑う場面だ。
「随分と素直に信じてくれるんやな? もっと文句言われると思ったわ」
雅が少し目を丸くして、扇子で口元を隠した。
普段なら「ダルい」「帰りたい」と真っ先に悪態をつく彼女が、今回は驚くほど協力的だ。
「……まあ、このガキンチョには、前のノーマッドの件で借りがあるしな」
刹那はチラリと、パイプ椅子に座る俺を見た。
あのキリカとの戦い。さいかが助太刀に入らなければ、彼女は今頃ここにいなかったかもしれない。
ヤンキーというのは、メンツと貸し借りにだけは異常に律儀な生き物なのだ。
「信じてやるよ」
ぶっきらぼうだが、そこには確かな信頼の色があった。
「ありがと」
俺は素直に短く礼を言った。
疑われて説明に無駄な時間を食うより、こうして即座に動いてくれる味方は何より貴重だ。
「ふん、別に。……勘違いすんなよ」
刹那は鼻を鳴らし、プイと顔を背けた。
だが、その耳が少し赤くなっているのが見て取れる。わかりやすい照れ隠しだ。
(……流石、義理堅いヤンキーだぜ。こういう手合いは裏切らないから安心できる)
俺は心の中でニヤリと笑った。
避難完了の報告と共に、チームの士気は奇妙な形で高まっていた。
「さいか様の仰ることなら、間違いありません! 来ます! 絶対に来ます! たとえ来なくても、さいか様が来ると言えば、それはもう来るんです!」
小鳥遊風香は、杖を胸に抱いて鼻息荒く息を巻いていた。その瞳は崇拝の色に染まりきっており、もはや予知能力への信頼というより、盲目的な宗教的確信に近い。
(……この子の魔法規模は桁違いや。制御不能の火力も、災害級の敵(A級)を相手にするなら、これ以上ない「対抗火力」になり得るわな)
雅は扇子で口元を隠し、先ほどの「倉庫破壊」を思い出しながら苦笑した。
『――今回は、この3人で行く』
モニター越しに、柊支部長の冷静な指示が飛ぶ。
『さいか君は、単独でのA級討伐経験者だ。それにベテランの刹那に、広範囲の魔法攻撃に目覚めた風香君までいる』
柊は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、モニターに映る三人の少女を見渡した。
『運が良いのか悪いのか……突発的な事態にしては、これ以上ない適材だろう』
本来なら一個小隊で当たるべきA級案件。だが、ここには「規格外の特異点」、「歴戦の特攻隊長」、そして「覚醒した人間砲台」が揃っている。
「はっ! 3人でA級かよ。これはまた挑戦的っすね」
刹那はニヤリと不敵に笑った。その瞳に恐怖の色はない。むしろ、強敵を前にして隠しきれない闘争本能が血を滾らせているようだ。
『なんだ刹那、自信がないのか?』
柊が試すように問うと、刹那は即座に言い返す。
「まさか! ガキンチョ(さいか)が居る前で、出来ねえなんて泣き言言うほど落ちぶれちゃいねーっすよ」
彼女はチラリと、パイプ椅子に座る俺を見た。かつて自分が守るべき「守護対象」だと思っていた子供が、今は背中を預け合う戦友としてそこにいる。
その後輩の前で、先輩風を吹かせるヤンキーが弱音を吐けるはずがなかった。
本来であれば絶望的な状況、しかしこの中の誰もが勝利を信じて一致団結している。そう、一人を除いて。
「え? 一人でいいんだけど?」
俺の呟きは、誰の耳にも留まらなかった。
こうして、即席にして最強の「対A級討伐チーム」が結成された。




