第60話 予兆
「ん?」
ふと、俺は空を見上げた。
(この感覚……)
まるで世界そのものが悲鳴を上げているような、何かが無理やり這い出ようとしている悍ましい感覚。以前の修羅場で何度も味わった、この忌々しい感覚に俺は覚えがあった。
「……ねぇ、雅」
「ん? どうかしたん、さいかちゃん?」
雅が不思議そうに首を傾げる。俺はモニターから目を離し、空から視線を逸らさず、確信を持って告げた。
「たぶん……A級が、くる」
「!?!?!?!?!?」
雅が絶句した。 A級アンヴァーの襲来という事実もさることながら、彼女にとってはそれ以上に驚愕すべきことがあった。
(この子……「アンヴァー」の襲来を事前に感知したんか!? ウチの、探知魔法と同等……いや、それ以上やで!?)
にわかには信じられない。だが、目の前の幼女はすでに『空間遮断』と、『未来予知』という、二つの高難度な隔絶魔法を事も無げに披露している。
「……3個目の隔絶魔法」
雅の呟きは、もはや戦慄に近かった。
(……この子の評価、上方修正どころの話やないえ。とんでもない化け物を、ウチらは手元に置いてしもうたんかもしれへん)
雅が冷や汗を流しながら通信機を掴み直し、さいかに尋ねる
「……どのくらいで来そうとか、わかったりするん?」
「ん~(どのくらいって言われてもな。前回感じた時より、もっと遠そうな気もするし……)5、6時間くらい?」
「5、6時間……」
短い、というのが雅の正直な感想だった。それに、あくまで『さいか』が言っているだけで、実際に襲来しない可能性も十分ありうる。
(いや、ここでそんなこと考えてる場合じゃあらへんな。備えて外れる分にはええ。せやけど、無策で食らったら終わりや)
「柊に通信つなげてーな。至急や!」
「は、はい!」
雅は、すぐさま柊支部長への緊急通信を繋ぎ、A級アンヴァー襲来の予兆を伝える。
『A級……。いや、しかし……いくら、さいか君とはいえ、アンヴァーの襲来そのものを事前に探知できるなど。既に『空間遮断』と『未来予知』、二つも隔絶魔法を有しているのに、三つ目などありえるのか?』
通信越しに、柊の困惑した声が響く。
「わからへん。でも『空間を食い破ってくるアンヴァー』の襲来を、『空間』と『予知』を操るあの子が察知できても、うちは不思議には思いひん」
『……そうだな。何より、さいか君が嘘を言うような子ではないことは、我々が一番よく知っている。信じよう。すぐに民間人の避難誘導を開始する!』
「ふふふ」
緊張感の走る車内で、雅は不意に嬉しそうに笑う。
『ん? 何か変なこと言ったか?』
「そうじゃあらへん。……うちが、アンヴァー探知の『隔絶魔法』に目覚めたときに、誰よりも早く信じてくれたんが、柊ちゃんやったなぁと思い出してな」
『むぅ……。長い付き合いだったからな、お前が嘘など言わんと思っただけだ。それと、本部でその「ちゃん」付けはやめろと言っているだろう!』
柊の照れ隠しのような叱咤を聞きながら、雅はパイプ椅子で退屈そうに脚をぶらぶらさせている幼女を、愛おしそうに見つめた。
(柊ちゃん……。あんたが信じたこの子は、あんたの想像を遥かに超える「特別」やもしれへんで)




