第59話 アドバイス
バリアの上部に穴が開いたことで、ようやく外部との通信が回復した。 倉庫内に設置されたスピーカーから、雅のどこか呆れたような指示が降ってくる。
『――あー、聞こえるか? 刹那。風香ちゃんの練習にならへんから、あんたは少し手ぇ休めて見学しとき。これ以上は抑え気味にな』
「……あぁん? せっかくノッてきたところだったのによぉ」
刹那は不満げに鼻を鳴らしたが、依頼主である雅の指示には逆らえない。彼女は手にしたモーニングスターを無造作に肩へ担ぐと、戦場のど真ん中であるにもかかわらず、ドカッとあぐらをかいて座り込んだ。
「しゃーねーな。……ほら、後は一人で頑張れよ」
「は、はいぃぃ! ありがとうございますぅぅ!」
風香が涙目で風魔法を乱射しているのを尻目に、刹那が退屈そうに欠伸をした、その時だった。
ポンッ
間の抜けた音と共に、刹那の目の前に不自然な煙が弾けた。そこから姿を現したのは、サングラスをかけたパイナップルの姿をした妖精――パーナポーだ。
「おー、姉さん。やってんなー」
パーナポーは空中に浮かびながら、南国の陽気なノリで声をかけてくる。
だが、刹那はそれを歓迎するどころか、ジロリと相棒を睨みつけた。
「パーナポーじゃねえか。今更かよ。戦闘が始まってから、もうだいぶ経つぞ?」
通常、契約妖精はパートナーの戦闘が始まれば即座に駆けつけ、サポートを行うのが常だ。この遅れは職務怠慢に他ならない。しかし、パーナポーは頭の葉っぱを揺らして心外そうに言い返した。
「今更も何も、今さっき姉さんの『戦闘反応』があったから、慌てて飛んで来たんだぜぇ? それまでは反応が完全にロストしてて、どこにいるのかすら分かんなかったんだよ」
「……ほーん?」
刹那は眉をひそめた。自分はずっとこの場で暴れ回っていた。反応が出ないはずがない。 だが、パーナポーの言葉と、ついさっきまで通信が完全に遮断されていた状況を照らし合わせると、自ずと一つの結論に行き着く。
(……なるほどな。あのバリア、電波や音だけじゃなくて『妖精のパス』まで遮断してやがったのか)
刹那は、バリアの外、バンのモニターでこちらを見守っているであろう不愛想な幼女のいる方角を、感心したように見上げた。
「……ガキンチョの魔法のせいかもな」
「へ? 魔法?」
「なんでもねえよ。ほら、暇ならお前もあの新人のへっぽこ射撃でも眺めてろ」
「へいへい、了解だぜぇ」
こうして、逃げ場を失ったアンヴァーの群れの中で、必死に戦うドジっ子新人と、それをツマミに騒ぐヤンキーとパイナップルという、奇妙な光景が作り上げられた。
1人と1匹が、やんややんやと騒ぐ中、依然として泥仕合が続いていた。
「えいっ! えいっ! ……うぅ、また外れましたぁ!」
風香が放つ風の弾丸は、素早く壁を蹴って移動する偵察型アンヴァーの残像を捉えるばかり。焦れば焦るほど狙いはブレ、敵は嘲笑うように倉庫内を高速で飛び回る。 その様子をモニターで見ていた雅は、扇子で肩をトントンと叩き、隣のさいかに視線を向けた。
「うーん……さいかちゃんから、何かアドバイスあらへん? 同じ魔法少女として」
「ん?」
俺は欠伸を噛み殺し、モニターをぼんやりと眺めた。
アドバイスと言われても、俺の戦い方は「避けて殴る」か「避けて蹴る」か、あるいは「思いっきり殴る」だ。繊細な技術論など持ち合わせていない。 だが、今の状況――『避けるのが得意な敵』を打破する方法なら、極めて単純だ。
「んー……よけきれないくらい、いっぱい、こうげきする」
俺は思ったことをそのまま口にした。
(チョロチョロ逃げ回るなら、逃げ場がなくなるくらい弾幕を張ればいい。攻撃で埋め尽くせば、避ける場所がなくなって当たる。簡単だろ、そんなもん)
実に論理的かつ、清々しいほどの大雑把な脳筋理論だった。
「んー……それはそうなんやけどぉ」
雅は困ったように眉を下げた。それが出来れば苦労はしない、という顔だ。
もっと繊細な「狙い方」や「予測射撃のコツ」のような指導を期待していたのだろう。 だが、その言葉をスピーカー越しに聞いた風香の反応は、劇的だった。
『――っ!!』
息を飲む音がマイクを通じて届く。風香の脳内では、俺の適当な一言が、次元の違う高度な戦術的助言へと劇的に脳内変換されていた。
(『いっぱい攻撃する』……! そうか、私は一匹一匹を狙おうとしすぎていました! 相手は速い……なら、狙う必要なんてない! 空間そのものを制圧しろと、さいか様は仰っているんだわ……!!)
『わ、わかりました! や、やってみます!!』
通信機から、並々ならぬ気合の入った返事が響いてきた。
(さいか様が言うなら、それが「正解」に決まってる!)
風香は杖を両手で折れんばかりに握りしめ、ふぅ、と深く深く深呼吸をした。 敵を目で追うのをやめる。焦点を一点に合わせない。狙うのは「点」ではなく「線」。いや、倉庫内の空間全体を埋め尽くす圧倒的な「面」。
彼女の周囲で、これまでとは比較にならないほど強烈な風の魔力が荒れ狂い始める。
『いけえぇぇーーーーっ!!』
風香は杖を天高く掲げ、一切の制御をかなぐり捨てた全方位への無差別飽和攻撃、『フルバースト』を解き放った。
ズドオオオオオオオオッ!!
風香の杖から放たれたのは、魔法と呼ぶにはあまりに無秩序な、純粋な暴力としての暴風だった。それはもはや「攻撃」というより「災害」に近い。倉庫内の空気が一瞬で限界まで圧縮され、逃げ場のない竜巻となって内部で炸裂する。
『――うおぉぉっ!? ば、馬鹿野郎!!』
スピーカーから、刹那の悲鳴にも似た怒号が響いてきた。
『俺まで、ふっ飛ぶだろうがぁぁぁ!!』
モニターの映像が、激しい風圧の影響で激しく乱れる。画面の端では、さっきまで余裕綽々でヤンキー座りをしていた刹那が、慌てて近くの鉄骨に武器の鎖を巻き付け、必死にしがみついているのが見えた。そのすぐ横では、パイナップルの妖精がなす術なく紙屑のように吹き飛ばされている。
無数のカマイタチが乱れ飛び、逃げ回る偵察型アンヴァーを、壁ごと、床ごと、そして空間ごと無慈悲に切り裂いていく。 狙いなど存在しない。ゆえに逃げ場もない。そこにあるのは、ただ圧倒的な理不尽だけだった。
「…………」
指揮車の中、雅は扇子を開いたまま完全に固まっていた。その口はポカーンと開き、優雅な京美人の仮面が剥がれ落ちてしまっている。
(……嘘やろ? 魔法少女になりたてで、ここまでの出力を出しおるんか? そして、それ以上に――)
雅の目は、風香の火力もさることながら、その凄まじい衝撃を『外に一切漏らしていない』という事実に釘付けになっていた。 倉庫の内壁は削れ、強固な鉄骨が飴細工のように捻じ曲がっている。それほどの破壊が吹き荒れているというのに、バリアのわずか1ミリ外側は、そよ風一つ吹いていないのだ。さいかの展開する『空間遮断』が、この天災を完璧に封じ込めている。
「おー」
そして俺は、モニター越しにその光景をポケーっと眺めながら、気の抜けた声を上げた。
(すげーな、やっぱ本物の魔法少女はちげーなぁ。あんなの、まともに食らったらバラバラだぞ)
俺の適当すぎるアドバイスが、結果的に新人のリミッターを完全に外してしまったようだ。俺はパイプ椅子の上で足をぶらぶらさせながら、「まあ、これで早く終わるなら何でもいいか」と、他人事のように欠伸をした。
数秒後。嵐が過ぎ去り、砂埃が舞う倉庫内。 モニターに表示されていた敵反応カウンターが、一気にガクンと減り始めた。
残存数、わずか十数匹。 あの一撃だけで、ひしめき合っていたアンヴァーの大半が、文字通り塵となって消し飛んでいた。
一度コツを掴んでしまえば、戦況は一方的だった。
「ええいっ! そこです! 逃がしませんっ!」
先程までの涙目が嘘のように、風香は生き生きとした表情で杖を振るっていた。「狙わなくていい」という俺のアドバイス(という名の極論)を真に受けた彼女は、もはや躊躇なく広範囲魔法を連発。逃げ惑う残党の偵察型を、次々と暴風の藻屑に変えていく。
「へっ、調子乗ってんじゃねーよ新入り! 」
刹那も負けじと、モーニングスターを豪快に振るい、最後の一匹を壁に叩きつけて粉砕した。
直後、バンのモニターに表示されていた赤色の敵反応が、完全に消滅した。
「……ん。おわり」
俺はモニターの数値を確認すると、軽く指を鳴らした。
第三倉庫を覆っていた極薄の『バリア』が、ガラスが割れるような音もなく、静かに霧散していく。
その瞬間。倒された大量のアンヴァーの残骸が一斉に光の塵となり、無数の粒子となって天井へと昇っていった。薄暗い倉庫街に、幻想的な光の柱が立ち昇る。
「わぁ……! 綺麗……!」
風香は杖を下ろし、キラキラと舞う光の中で満面の笑みを浮かべていた。
「やりました! 私、やりましたよ雅さん! さいか様!」
モニター越しに、ブンブンとちぎれんばかりに手を振ってくる。その無邪気な姿は、先程までの醜態が嘘のように自信に満ちあふれていた。
だが、その光景を見つめる指揮車の中、村雲雅だけは、扇子で口元を覆いながら難しい顔をしていた。
(……今回は、さいかちゃんの『空間遮断』に救われましたなぁ)
雅の目は、風香の笑顔ではなく、彼女の背後にある倉庫の無惨な被害状況に向けられていた。
コンクリートの壁は深く抉れ、ぶ厚い鉄骨が飴細工のように捻じ曲がっている。だが、その破壊の跡は、さいかが作った『空間遮断』で定規を引いたようにピタリと止まっていた。
(風香ちゃんの魔法は、規模がでかすぎや。威力も範囲も、完全に新人の枠を超えとる)
もし、あの空間遮断がなかったら。あの制御不能の暴風は倉庫の壁を紙のように突き破り、周囲の建物や、包囲していた一般職員たちまで無差別に巻き込んでいたに違いない。
(……さいかちゃんがおらんかったら、大惨事やったで、ほんまに)
雅はチラリと、隣で足をぶらつかせている幼女を見た。
猛獣(風香)の力を引き出し、かつそれを安全に使いこなすには、頑丈すぎる檻が不可欠だったのだと、彼女は冷や汗混じりに痛感していた。




