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第58話 探り合い(一方的な)

大型バンの内部は、静寂に包まれていた。 村雲雅は、扇子で口元を隠しながら、鋭い眼光でコンソールのモニターを見つめていた。


そこには、奇妙な現象が起きていた。 つい先程まで画面を埋め尽くしていた無数の赤い光点(アンヴァーの反応)が、さいかが「ん」と頷いた瞬間に、プツンと全て消失したのだ。 カメラの映像では、第三倉庫の中に大量のアンヴァーが蠢いているのが確認できる。 だが、協会の高性能レーダーや、魔力探知システム上では、そこは「無」となっていた。


(『空間遮断』……噂には聞いとったけど、実際見るとほんま大したもんや)


雅は心の中で舌を巻いた。 通常、結界やバリアというのは、物理的な攻撃を防ぐ壁に過ぎない。魔力の波長や、存在の反応までは隠しきれないのが常識だ。


(『隔絶魔法』の二つ名は、伊達やないなぁ。あの薄皮一枚のような透明な膜……あれに包まれた瞬間、内部の空間は世界から完全に切り離される。ウチらのレーダーから偵察型が確認できなくなりおったわ)


目視では確認できるのに、探知の類が全く効果を成さない。 (もし、この幼女が敵に回ったとしたら。姿を隠してこの結界を使われたら、我々は気づくことすらできずに全滅させられるかもしれない)


雅はチラリと横を見た。 そこには、そんな高度な魔法を行使した自覚など微塵もなく、退屈そうにパイプ椅子で足をぶらつかせている幼女がいた。


「……なに?」


視線に気づいたさいかが、不思議そうにこちらを見上げる。


「いや、なんでもないえ。頼りになるなぁ思うてな」


雅はニッコリと微笑んだ。 その笑顔の裏で、彼女は「さいか」という特異点の評価ランクを、さらに数段階引き上げていた。


「――そういえば」  


モニターの数値をチェックしながら、雅が何気ない調子で、さいかに話を振る。


「さいかちゃんは、風香ちゃんを見て……何か思うところはなかったん?」

「ん?」


パイプ椅子で足をぶらつかせながら、モニターに映る風香の姿を見つめている。

当の風香は杖を握りしめ、生まれたての子鹿のように震えている。


「……プルプルしてる」


見たままの感想を述べた。あれじゃ照準も定まらないであろう


「せやなぁ……」


扇子で口元を隠し、相槌を打つ。


(ふむ? 気づかんかったってことやろか?)


雅が今回、風香を呼んだのには理由があった。単なる戦闘経験のためだけではない。  小鳥遊風香は、新人ながら魔法少女協会が期待を寄せる逸材だ。その理由は、彼女が契約している妖精にある。彼女の契約相手は『風の精霊シルフ』――妖精界でも上位に位置する「高位妖精」なのだ。


(同じく高位……あるいはそれ以上の妖精と契約しているはずのこの子からしたら、何かしらアクションがあると思うたんやけどなぁ)


 雅の推測では、圧倒的な力を持つ「さいか」のバックには、伝説級の妖精か、あるいは神格クラスの存在がついているはずだった。高位の存在同士は、互いの気配や魔力波長に敏感なものだ。「同格」あるいは「自身に近い格」として、何らかの反応を示すと思っていたのだが。


「…………」


俺は欠伸を噛み殺していた。雅のそんな深読みなど露知らず。

当然である。俺の契約妖精は、高位精霊どころか、ポイントを横領し、重要な説明を省き、今では借金まで抱えている「落ちこぼれの詐欺師キノコ妖精チーポ」なのだから。高貴な風の精霊の気配など、俺にも(そして多分チーポにも)察知できるはずがなかった。

雅の過大評価と、俺の過小な実情(妖精的な意味で)。その乖離は、この場の空気を奇妙なものにしていた。


 一方、第三倉庫内部。そこは虐殺ボーナスステージになるはずだった。


「俺の魔法ポイントの養分になりやがれぇぇ!!」


刹那はモーニングスターを振り回し、逃げ惑う偵察型アンヴァーを次々と粉砕していた。 だが、問題はもう一人。


「えいっ! やあっ! ……ふぇぇ〜ん、当たりません〜っ!」


小鳥遊風香は、杖から暴風の塊をマシンガンのように乱射していた。しかし、その軌道はデタラメそのもの。素早い偵察型に当たるどころか、壁や天井を無意味に削るばかりだ。


ズドンッ!!


逸れた風の塊が、刹那のすぐ横を掠めてコンクリートを粉砕した。


「うおっ!? 危ねえ!! フレンドリーファイアすんじゃねえよ!!」

「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」


その惨状をモニターで眺めていた雅は、扇子でこめかみを抑えて「困ったなぁ」と溜息をついた。


「んー……風香ちゃん、全然倒せてへんなぁ。まだ数はおるけど、刹那にばっか倒させても意味ないんやけどなぁ」


このままでは、ただ刹那がポイントを稼いで終わってしまう。雅は指導役として、風香にアドバイスを送りたいようだった。


(駄目もとで聞いてみるか)

「……なぁ、さいかちゃん。この中(バリア内)に、声を届けることはできへんの? インカムも遮断されてもうて、指示が通らへんのや」

「んー?」


 俺は首を傾げた。


(声? よくわかんねぇけど、遮断してるから届いてねえのか? ……なら、ちっせえ穴でも開けりゃ届くか?)


俺は単純に考えた。密閉容器に穴を開ければ空気が出入りするのと同じ理屈だ。


「……ん」


俺は指先を動かし、展開中のバリアの上部に、直径数センチ程度の穴を無数にポコポコと穿うがった。あくまで敵が逃げられないサイズで、通気性を確保するイメージだ。

すると直後。コンソールに向かっていた魔法科の職員が、慌てた声を上げた。


「!? レーダーに偵察型の反応が復活しました! 消失ロストしていた生体反応、および魔力波長を再感知!」

「なんやて!?」


雅が驚いたようにモニターを凝視する。完全に消えていたはずの赤点が、再びワラワラと表示されていた。彼女はバッと振り返り、パイプ椅子に座る俺を見た。


「さいかちゃん、なんかしたん?」

「……ちょっと、穴あけた。これなら、とどく」


俺は「これで文句ねえだろ」と言わんばかりに親指を立てた。だが、雅の表情は引きつっていた。


(……この子、すでに発動してる『空間遮断』魔法を、展開したままいじったんか!?)


一度展開した結界魔法に、後から穴を開ける。それは完成した精密機械を、稼働させたまま分解改造するようなものだ。通常なら術式が崩壊してバリアごと消滅するか、暴発する。それを「ちょっと穴開けた」感覚で行うなど、魔力制御の次元が違いすぎる。


(……そんなん可能なん?)


俺は「さっさと指示してやれよ」と目で促した。雅は小さくかぶりを振ると、気を取り直してマイクを握った。

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