第54話 相談
二週間後。ファミリーレストラン『ダスト』のボックス席。 俺は約束通り、あの忌々しいファンシー衣装に身を包んでいた。
ウサギ耳がついたパーカーのフードを、紐が千切れんばかりに限界まで絞り、顔の露出を最小限に抑える。テーブルの下では、フリル付きのスカートとモコモコのウサギ靴下がブラブラと揺れている。
一方、向かいの席ではパフェを注文した刹那が、溢れんばかりの生クリームを豪快に掬っていた。
「ん〜っ!うめぇ! おらガキンチョ、お前も一口食えよ。ほら、あーん」
「い、いらない」
俺は差し出されたスプーンを押し返し、目の前のメロンソーダをストローで吸い込んだ。この格好で外を出歩く苦行など、さっさと終わらせたい。しかし、今の俺には優先すべき事項がある。
「……ねえ」
「ん? なんだガキンチョ」
俺は意を決して切り出した。
「魔法ポイント……もっと効率よく、貯める方法……ない?」
刹那はスプーンを口に咥えたまま、キョトンとした顔で固まった。
「魔法ポイントを貯めたいだぁ?」
「うん」
「そらぁ、地道にアンヴァーを倒して、手柄を上げるしかねぇだろ。魔法少女の仕事に楽な近道なんかねえよ」
彼女はパフェの苺に齧り付きながら、不思議そうに首を傾げた。
「てか、お前……物欲なんか無さそうな感じなのに、珍しいな。一体、何ポイント欲しいんだ?」
「……」
俺はストローから口を離し、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。 あのクソキノコから聞き出した、この呪われた契約から自由になるための「身代金」の額。
「100億ポイント」
一瞬、店内の時間が止まった。 ファミレスの能天気なBGMだけが虚しく流れる中、刹那が持っていたスプーンがカチャンと皿に落ちた。彼女は椅子を蹴らんばかりの勢いで身を乗り出した。
「……はぁ!?!? 100億だぁ!? 正気かお前!? 無理だろそりゃ!! 桁、二つ三つ間違えてねえか!?」
「……間違えてない。……100億、ほしい」
刹那は俺の真剣すぎる眼差しに気圧されたのか、乗り出した体をゆっくりと戻し、腕を組んで深く思案し始めた。
「……100億か。途方もねえ数字だな」
「なんでも『S級』は1体で総額50億近くポイントがあるらしいけど、あれは単独で挑めるもんじゃねぇって話だしな。魔法少女総動員レベルだぞ」
「……50おく」
「それに、そもそも過去に2体しか顕現してねぇから現実的じゃねーな。待ってる間に、魔法少女でいられなくなる可能性の方がたけえ」
S級。単価は魅力的だが、発生確率が宝くじ以下ではあてにならない。俺はストローを離し、ウサギフードの隙間からじーっと刹那を見つめた。
「……なにか、いいあん、ない?」
上目遣いでの無言の圧力。刹那が一瞬言葉を詰まらせ、ほんのりと頬を染めた。
(……くっ、かわいい。こいつ本当、顔面が良いな)
「そ、そうだなー……。後は『ノーマッド(違法魔法少女)』をとっ捕まえるとかだな」
「……つかまえると、なんでポイントがはいるの?」
俺が首を傾げると、刹那は悪い顔で笑った。
「あいつらを捕まえると、あいつらが持ってる魔法ポイントは協会に『全没収』されんだよ。で、回収した半分の額が、報奨金として捕まえた魔法少女に入る仕組みだ」
「はんぶん……」
「それこそ、前にお前がやり合った『キリカ』とか言うノーマッド……あいつは相当暴れてたし、大量に持ってたんじゃねーか? 捕まえてりゃ数千万は堅かったかもな」
その言葉を聞いた瞬間。俺の脳裏に、あの狂った鎌使いの女・キリカの姿が蘇った。俺はあいつを倒したが、捕縛せずに見逃した(というか転移された)。
もし、あそこで捕まえていれば。数千万ポイントが、俺の懐に入っていた……?
「がーん(まじかよ! 逃した魚がでけえええええええ!!)」
俺の口から、無機質な音が漏れた。ウサギフードの下で、俺の顔は絶望に歪んだ。
刹那がスプーンを持ったまま、引きつった笑みを浮かべた。
「口で『がーん』って言うやつ、初めて見たな……」
俺はテーブルに額を打ち付けた。ウサギの耳が、情けなく前へ垂れ下がる。
「……ノーマッド。つぎ、ぜったい、にがさない」
数千万ポイントという莫大な損失。そのあまりにも重すぎる現実は、俺の精神を粉砕するに十分すぎた。
(……ちくしょう! やってられるか! あいつを捕まえてれば、かなりの前倒しになったはずなのに!)
俺はフォークを鋼の武器のごとく握りしめた。このやり場のない怒りと、己の無知への絶望を晴らすには、もうこれしかない。食う。ひたすらに食って忘れる。いわゆる「やけ食い」だ。
(食ってやる! このふざけた新幹線型の皿に乗ったチキンライスも、甘ったるいプリンも、全部この幼女の胃袋に収めてやる!!)
俺は皿に残っていたお子様ランチに対し、怒涛の勢いで襲いかかった。スプーンに山盛りにしたチキンライスを、小さな口に無理やりねじ込む。ポテトを三本まとめて放り込む。
「んぐ、むぐ……ッ!」
口の中が、たった一口分でいっぱいになる。普段の俺なら、一瞬で飲み込める量だが、今の俺の顎と喉は、悲しいほどにキャパシティが狭い。リスのように頬を限界まで膨らませ、必死にモグモグと咀嚼を繰り返す。
(くそっ、飲み込めねえ……! なんでこんなに口がちいせぇんだよ!)
涙目でようやく嚥下し、怒りに任せて次の一口へ。だが、その時。
(……うっ)
胃袋から、冷徹なまでの拒絶信号が送られてきた。『ここれ以上入れたらリバースするぞ』という警告だ。
俺の手がピタリと止まる。やけ食い開始から、わずか数十秒。 俺の暴食は、スペック不足により、あまりにもあっけなく鎮圧された。
「……うぅ」
俺はスプーンをカチャンと置き、力なく背もたれに沈んだ。2度目の敗北だ勝てる気がしない。ポイントも逃し、ストレス解消のドカ食いすら満足にさせてもらえない。
そんな俺の様子を、向かいの席から刹那が頬杖をついて眺めていた。その目は、なぜかいつになく慈愛に満ちていた。
「…………(こいつ、ハムスターみてぇだな)」
小さな口いっぱいに飯を頬張って、頬をパンパンにして、一生懸命モグモグして、案の定すぐに動けなくなる。 あまりにも小動物すぎる挙動。
「無理すんなよ。水飲むか?」
刹那がニヨニヨしながらグラスを差し出してくる。
「……ん」
俺は受け取った水を一口飲み、喉の詰まりを解消した。
「まあ、あれだ。そんなにポイント稼ぎてえなら、柊支部長に直接相談してみりゃいいじゃねえか」
刹那は頬杖をついたまま、どこか面倒くさそうに提案した。
「あのメガネ、俺が報告するたびに『さいか君の様子はどうだ?』『精神的に不安定ではないか?』『何か必要なものはないか?』って、逐一聞いてきてウゼェんだよ。……お前が直接会って『ポイント寄こせ』って言えば、俺もその質問攻めから解放されるし、一石二鳥だろ?」
「……むぅ」
俺はストローを離し、少し考え込んだ。 柊支部長。あの規律にうるさそうな堅物メガネか。確かに、俺の正体を探ろうとしてくる厄介な相手ではあるが、魔法科のトップだ。ポイントの効率的な稼ぎ方や、一般には出回らない高額賞金首の情報も握っているに違いない。
(まー、別に敵対してるわけじゃねーしな。あのクソキノコから情報を引き出すよりは建設的だし、直接交渉するのも手か)
正体がバレるリスクは常にあるが、100億という途方もない数字を前にして、背に腹は変えられない。
「……わかった。じゃあ、そうする。」
「よし、決まりだな!」
俺が頷くと、刹那は「待ってました」とばかりにパンと景気よく手を叩いた。
「話が早くて助かるぜ。じゃあ、お前のその『やる気』が冷めねえうちに……次の定期連絡はファミレスじゃなくて『支部本部』な!」
「……ほんぶ」
「ああ。柊さんにアポ取っとくわ。二週間後、楽しみにしてろよ! あ、その時はもっとマシな格好してこいよ? ……いや、そのうさ耳でも俺は構わねーけどよ」
刹那はニッと笑い、満足げにパフェの残りを平らげた。 俺は小さく頷きながら、残ったメロンソーダを飲み干した。 次は魔法科の本拠地への乗り込みだ。 100億ポイントへの道は、想像以上に険しいものになりそうだった。
(100億貯める、そのためなら、支部長だろうが何だろうが利用してやる。)
俺は決意を新たに、ウサギのフードを目深に被り直した。




