第52話 邪悪の化身
刹那は俺の機嫌が少し持ち直した(ように見えた)のを確認すると、何気ない調子で話題を変えた。
(……今のうちに、しれっと聞いてみるか)
彼女はストローで氷を回しながら、あくまで世間話のついでという体で尋ねた。
「それはそうと、ガキンチョの契約妖精は誰なんだよ? 普通、妖精ってのはパートナーの傍にいるもんだろ? 何時も姿が見えねえし」
「……ッ」
俺の体が強張った。 契約妖精の名前。あいつの名は『チーポ』だ。サングラスをかけた、関西弁の、二頭身キノコ。
(……死んでも言えるかよ)
俺はフードの中で唇を噛んだ。 あんな胡散臭い、詐欺師のような、見た目もふざけたキノコ型の妖精と契約したなんて。『第七地区の番長』としてのプライドが木っ端微塵に砕け散る。あんなのに、まんまんと騙されて魔法少女契約してしまっただなんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えない。
「……どんな妖精なんだよ? 有名な奴か?」
刹那が答えを急かす。俺は数秒の沈黙の後、絞り出すように吐き捨てた。
「……恥知らずな、邪悪の化身」
「……はい?」
刹那の動きが止まった。彼女は耳を疑うように聞き返した。
「え、なんて? 名前だぞ?」
「恥知らずで、口に出すのも悍ましい、邪悪な汚物」
(……どんな見た目してんだよ!?)
刹那は戦慄した。 「邪悪の化身」と呼ばれる妖精。しかも、あのふてぶてしい最強幼女が、名前を出すことすら憎々しげに躊躇っている。よほど悍ましい、妖精なのか。
「そ、そうか……。まあ、色んな妖精がいるもんな……」
刹那はそれ以上聞くのを諦めた。これ以上深掘りすると、自身の手に負えない、妖精界の深淵が飛び出しそうな気配を感じたからだ。
(……あんな奴、絶対に合わせられない!!)
俺は固く誓った。俺の尊厳のためにも、あの邪悪なクソキノコと刹那を会わせることだけは、全力で阻止しなければならない。
(まあ、妖精から変身前の正体が割れるとか、よくある話だしな。流石に用心して言わねえか)
刹那は、俺が頑なに妖精の名を言わない理由を、勝手に「セキュリティ意識の高さ」だと好意的に解釈してくれた。実際はただの「羞恥心」なのだが。
「んじゃ、今日の定期連絡はこんなもんだな。……次はいつにする?」
彼女は伝票を掴んで立ち上がりながら尋ねた。
「一ヶ月後」
俺は即答した。なんなら、この精神的拷問は年一くらいの頻度でいい。
「いや、それは空きすぎだろ。万が一の時に対応できねえ」
刹那は呆れたように却下し、指を二本立てた。
「二週間後な! 場所は、今度はこっちから連絡するわ」
「……わかった」
しぶしぶ頷く。二週間。今の俺には、あまりにも短く感じる猶予期間だ。
「じゃあ、解散だな」
刹那は席を離れようとして、ふと俺の姿を見下ろした。ウサギパーカーに、フリフリのスカート。そしてモコモコの靴下。
「あと、その服やるよ」
「うぇぇ!? いらない!」
俺は素っ頓狂な声を上げた。こんな、歩くファンシーショップみたいな服、二度と着たくない。今すぐ脱ぎ捨てて焼却処分したいレベルだ。
だが、刹那はニカっと笑って、俺の頭をうさ耳フード越しにガシガシと撫でた。
「ガキは遠慮すんな! どの道、サイズアウトして着れねえんだ。お前にやったほうが服も喜ぶだろ」
「服は喜んでも俺が喜ばねえよ!」
「じゃあな! ここの金は払っといたからなー!」
「あ、おい待て……!」
俺の抗議は、彼女の広い背中に弾かれた。 刹那はレジでスマートに会計を済ませると、手をひらひらと振って店を出て行ってしまった。その背中は、無駄に「頼れる姉御」のオーラを放っていた。
――帰り道のコンビニで適当な袋を購入し、ウサ耳付きパーカーとヒラヒラスカート、ファンシーな靴下を厳重に封印した俺は、人目のつかない高架下へと向かった。
そこには運悪く、浮遊していた偵察型アンヴァーが一匹。 俺は変身状態のまま、それを蚊でも叩くかのように掌底でプチッと圧殺した。
「任務完了だ。戻せ」
光と共にフリフリのドレスが消滅し、着慣れた制服姿の男子高校生へと戻った。
身長が伸び、視界が高くなる。やはりこの姿こそが落ち着く。
俺は首をコキコキと鳴らしながら、宙に浮くサングラスキノコ――チーポに、世間話でもするかのような軽い口調で話しかけた。
「あー、そういえばさ。クソキノコ」
「なんやー? 才牙ちゃん。今日はご苦労やったなー」
チーポは上機嫌で、鼻歌交じりに振り返った。 俺が「30万ポイントの絶望」を知った事など露知らず、今日も適当に騙して労働させたことに満足しているようだ。
俺は、自分でも驚くほど爽やかな、満面の笑みを浮かべて手を伸ばした。
ガシッ。
「ん?」
俺の大きな掌が、チーポの傘(頭)を鷲掴みにする。 逃がさない。攻撃は出来なくても、万力のような握力で固定する。
「……あんなぁ、一つ聞きたいんだけどよぉ」
俺は至近距離で、ニッコリと笑ったまま尋ねた。
「『妖精アイテム』って、何のことだよ?」
その単語が出た瞬間。 チーポのサングラスがズレ落ち、つぶらな瞳が限界まで見開かれた。
「!?!?!?」
キノコの体が、俺の手の中でビクゥッ! と痙攣する。
「な、な、な……っ! なんで『妖精アイテム』のことを知っとんのや!!」
「――ッ」
そのあまりにも分かりやすい動揺。 否定もごまかしもしない、完全なる「クロ」の反応。
俺の笑顔が、瞬時に修羅の形相へと反転した。 握りしめる手に、ギリギリと力が込められる。
「てめぇぇぇーッ!! やっぱ隠してやがったなー!!!」
「ひでぶっ!? ちょ、潰れてまう! ち、ちがうんや!!」
「なーにが違うだ!吐け! 俺のポイントをいくら抜いてやがった!? そして『願いが叶う』ってのは本当なのか!? 洗いざらい吐かねえと、今夜の晩飯はキノコ鍋だぞコラァ!!」
「だ、誰に入れ知恵されたんやー!? ぐええぇぇぇ!!」
高架下。コンクリートの壁に擦り付けられたチーポは、俺の指とコンクリートの間でミシミシと悲鳴を上げていた。
「ぐええぇぇぇ!こ、コンクリートに潰されてまう……ま、待つんや! 暴力反対! 言う、言うから擦り付けるのやめてぇな!」
「なら、さっさと出せ。隠し持ってる『妖精アイテムのメニュー』があるんだろ?」
俺の冷徹な眼差しに屈したのか、チーポは空中にホログラムのウィンドウを展開した。そこには、俺が今まで一度も見せてもらえなかった『魔法ポイント交換所・妖精アイテム一覧』が並んでいた。
「……なんだこれ」
俺は並んだ項目を上から順に眺めた。 『魔法の洗剤』……100ポイント。 『絶対にヘタらないタワシ』……250ポイント。 『妖精印のテレホンカード(非正規品)』……500ポイント。『パジェロ(中古・車検切れ)』……80万ポイント。
「ろくなもんがねえな」
「失礼な! 妖精界の特産品やぞ! ま、まあ、最初の方はガラクタやけど、下の方はもっとすごいのがあるんや!」
チーポが震える手で画面をスクロールさせると、桁が跳ね上がった。
『妖精の羽根』……1億ポイント。『妖精の秘薬(万病を癒やす奇跡の薬)』……10億ポイント。 『アヴァロン(妖精界の別荘)』……25億ポイント。
桁が違いすぎる。億なんて、今の俺の「30万」からすれば、銀河の果てにあるような数字だ。だが、そのさらに最下層、一番目立つ場所に、ふざけた名前のアイテムが鎮座していた。
『なんでも叶える券』……100億ポイント。
「ひゃ、百億……!?」
俺の喉が鳴った。 刹那の言っていた「願いが叶う」は、お伽話でも迷信でもなかった。システムとして、そこに実在していたのだ。
「これだ。これがあれば、俺は魔法少女の契約解除ができるんだな?」
「無茶や! 流石に100億は無理やって! 才牙ちゃんが変な希望を持って、後で絶望せんようにワイは黙ってたんや。これは優しさ、いわば親心やで!」
宙に浮きながら必死に手(のような突起)を振って弁明するチーポを、俺は冷ややかな一瞥で射抜いた。
「……ほう。その『親心』の結果が、俺の手元に残った30万ポイントってわけか?」
「それは……その、運営維持費ちゅーか、活動費用ちゅーか、世の中には知らんでええこともあるっていうか……」
「それと横領とは話が別だろうが!!」
俺の怒声に、高架下のカラスが一斉に飛び立つ。
「ひぇぇぇ! かんにんや、かんにんしてぇなー!」
「……いいか、よく聞け。今日から俺が主導権を握る。これまでのピンハネ分を清算するまで、今後のポイント取り分は9対1だ。もちろん、俺が9で、てめぇが1だ」
その宣告を聞いた瞬間、チーポの顔面(のような部分)が真っ青に染まった。
「な、ななな……そんな殺生な! 9対1!? 逆やなくて!?かんにんしてぇなー!そんだけしかへんかったら、ワイの「妖精ローン」が払えんようになってまう!」
「知るか! 俺の命懸けの報酬で、てめぇの浪費の補填してんじゃねえよ!」
「しょんなぁー。あぁぁ、おしまいや、ワイのクレジットスコアがガタ落ちやぁ……」
チーポの悲鳴が高架下に鳴り響いた




