第51話 魔法ポイントとパジェロ
「――んじゃ、腹も膨れたし、本題の定期連絡だな!」
刹那は空気を切り替え、真面目な顔(といっても口元にデミグラスソースがついているが)で俺を見た。
「何か変わったことあるかー? 怪しい奴見たとか、体の調子が変だとか」
「……んー、ない」
俺は即答した。今の俺の体調は「満腹で苦しくて死にそう」であり、精神状態は「死にたい」だが、それは報告すべき案件ではない。それに、ボロを出さないためには、言葉を最小限にして「寡黙な少女」を演じるに限る。
「ない、か。まあ、平和なのはいいことだな」
刹那は疑う様子もなく頷いた。 食後のアイスコーヒー(俺の前には、注文もしていないのにオレンジジュースが置かれている)が運ばれてきたタイミングで、刹那が思い出したように切り出した。
「そういや、ガキンチョ。お前、魔法ポイントどうしてんだ?」
「……ん?」
「特に使ってる形跡がねえから、柊さんが心配してたぞ。『システムが分かっていないんじゃないか』ってな」
俺はストローを噛んだまま、内心で激しく舌打ちした。 魔法少女がアンヴァーを倒すと、貢献度に応じて魔法少女科の専用アプリに『魔法ポイント』が付与される。これは通常、電子マネーに換金して生活費に充てるのが一般的だ。
だが、俺はそれを一切行っていない。 理由は単純だ。『足がつくから』だ。「サイカ」が稼いだポイントを換金し、それを男子高校生「辰宮才牙」で使えば、金の流れを追われるだけで正体がバレるリスクがある。
「……特に、使ってないだけ」
俺は素っ気なく答えた。
「ふーん、それで生活出来てんなら良いけど……あれか? 魔法ポイント貯めて、『特典交換』でもすんのか?」
「……とくてん、こうかん?」
俺は首を傾げた。初耳だ。
「? 知らねぇのかよ? 契約妖精から聞かなかったのか?」
「……聞いてない」
俺の目がスッと細められた。フードの中で、俺の表情筋がピキピキと引き攣る。
(……あんのクソキノコ。また大事な説明を省きやがったな。帰ったら絶対、バター醤油の網焼きにしてやる)
刹那は呆れたように説明を始めた。
「あのな、契約妖精に頼むと、魔法ポイントと交換で『妖精アイテム』と交換できるんだよ。今でこそ魔法科に買い取ってもらって、『マホペイ(魔法少女専用決済アプリ)』化するのが主流だけど、そんな便利なもんがねえ時代は、妖精アイテムと交換する現物支給が基本だったんだぜ」
マホペイ。なんとも締まらない名前だが、現代的ではある。
「……どんなのが、あるの?」
俺は少し興味を持って尋ねた。
「んー、まあ色々あるけど……『よく落ちる魔法の洗剤』とか、『絶対にヘタらないタワシ』とか、『妖精印のテレフォンカード』あとは『パジェロ』とかだな」
「……ふーん」
(い、いらねぇ……)
俺は再びストローに戻った。なんだその昭和のバラエティ番組みたいなラインナップは。ダーツでも投げるのか。
「まあ、ほとんどはガラクタか消耗品だ。だからみんな現金にするんだけどな」
刹那は氷をカラカラと回し、何気なく付け加えた。
「……ただ、ポイントを上限まで貯めると、『何でも願いが叶う』らしいけどな。まーそんなに貯める奴いねーし、眉唾もんだな」
「――ッ!!!!」
俺の手が止まった。オレンジジュースのグラスがガタッと音を立てる。
「なんでも!?!?」
俺は身を乗り出し、大声で聞き返していた。ウサギのフードがズレ落ち、俺の顔が露わになる。
「お、おう……」
刹那が俺の勢いに押されて少し引いている。
(やけに食いついたな。何か叶えたい願いでもあんのか?)
だが、俺の脳内ではファンファーレが鳴り響いていた。
(何でも願いが叶う……だと?)
つまり。金持ちになりたいとか、世界平和とか、そんなことはどうでもいい。俺の望みはただ一つ。
(それがあれば、『魔法少女契約の解除』ができるじゃねーか!!!)
魔法科で聞いた「年齢を重ねれば、魔法少女を引退できる」という言葉も、あくまで一般論で、俺のこのイレギュラーな契約に当てはまるかはわからねえ。だが、このシステム上の「正規の願い」なら、最も確実な引退ルートであるはずだ。おっさんになるまで待つ必要もない。ポイントさえ貯めれば、俺は幼女化から解放される。
「ガキンチョ?」
「……やる」
俺は拳を握りしめ、燃えるような瞳で刹那を見つめた。
「ポイントためる。いっぱい、アンヴァーたおす!!」
「お、おう……」
刹那は、ストローで氷を突きながら、世間話の延長で聞いてきた。
「んで、今何ポイントなんだ? お前、前回のA級アンヴァーをソロ討伐したもんな! あれはデカいぞ。俺でも見たことない報酬額だったはずだ」
彼女は天井を見上げて皮算用を始めた。
「ソロの全額報酬は、Bランクの報酬しか知らねえけど、ざっと見積もっても1億ポイントくらいはいってるんじゃねえか?」
「…………」
俺はグラスを持つ手を止めた。1億。日本円にして1億円相当。それが、あの死闘の正当な対価らしい。
俺は震える唇を開き、先日、ステータス画面で確認した数字を口にした。
「……30万ポイント」
「は?」
刹那が動きを止めた。
「いや、だから。使ってないんだろ? 総額でいくらだよ」
「……30万ポイント」
「いやいやいや……」
刹那は身を乗り出し、俺の顔を覗き込んだ。
「桁が違うだろ、桁が! 俺とお前じゃ活動期間が違うとはいえ、俺ですら今、手持ちで5000万ポイントはあるぞ!? 魔法少女アプリは入れてんだろ? ちょっと見せてみろ」
「ご、5000万……!?」
俺は目を見開いた。こいつ、そんなに持ってるのか。パジェロが何台買えるんだ。いや、それ以前に――。 俺が30万。刹那が5000万。 計算が合わない。
どう考えてもおかしい。俺の脳裏に、あの成金サングラスをかけたキノコのニヤついた顔が浮かぶ。
俺の魔法ポイントを確認した刹那が、信じられないという顔で画面を凝視している。
「……まじで30万ポイントだな……どうなってんだ?」
俺はテーブルに突っ伏した。ウサギのフードが俺の絶望した顔を隠してくれる。
「お、おい? 大丈夫か? な、なんかバグってんじゃねえのか? あるいはシステムのエラーとか?」
刹那が心配そうに背中をさすってくれるが、その優しさが今は痛い。
「ま、まあ……なんか手違いとか、間違いだろ?」
刹那は、テーブルに突っ伏して絶望のオーラを放つウサギ(俺)を見て、慌ててフォローを入れた。
「額が額だしな! 審査とか、振り込み? までがおせえのかもな!(……んな事聞いた事ねえけど)」
(嘘をつけ) 刹那の顔にを見ればわかる。そもそも魔法少女のシステムで、遅延などあるはずがない。電波が届かない深海でも、敵を潰せばリアルタイムで加算されるのが常識だ。
「……うん」
俺は短く答えた。
「まあ、落ち込むなよ。とりあえず帰ったら、契約妖精に聞いてみ? エラーなら修正してくれるだろ」
「うん(……殺す)」
俺はギリリと奥歯を噛み締めながら頷いた。
ああ、聞くとも。物理的な尋問でな。 俺はフードの陰で、固い決意を固めた。
(帰ったら、あのクソキノコをフライパンで炒めて、塩コショウ振って、輪切りにしてやる……!!)
俺の「魔法少女」としての戦いは、アンヴァーを倒す前に、まず「悪徳業者(妖精)からのピンハネを取り返す」ことから始めなければならないようだった。




