第50話 敗北
廃工場の錆びついたドラム缶の影。 俺はそこで、刹那に背を向けてもらい、着替えを行っていた。
(……なんで俺が、こんな……)
カサカサという衣擦れの音が、静寂な工場に虚しく響く。 魔法少女のドレスから、渡された私服へ。 フリルのついたスカート。 肌触りが良すぎる「サギのアップリケ付きの靴下。 そして、極めつけは――。
「……終わった(いろんな意味で)」
俺は死んだ魚のような目で影から出てきた。 長いうさ耳が付いたファンシーなパーカー。フードを深く被ると、完全にファンシーショップのマスコットキャラクターだ。
「おー、思った通り、似合ってんじゃねーか」
刹那が腕を組み、満足げに頷いた。
「……」
俺は無言で立ち尽くした。 鏡がなくて本当によかった。もし今の自分の姿を見たら、羞恥心でショック死していたかもしれない。
「よし、着替えたな。おら、こんな辛気臭いところじゃなくて、別のとこ行くぞ」
刹那が俺の手を引こうとする。
「……人目、やだ。目立つの、やだ」
俺はポツリポツリと、拒絶の言葉を紡いだ。 こんな格好で街中を歩く? 冗談じゃない。
俺は慌ててその手を振り払い、後ずさった。 口数が少なくなるのだって、演技だけじゃない。この可愛らしい声が自分の喉から出るという事実が、精神をゴリゴリ削るのだ。こっちとしては、手早く終わらせて、解散したいのだ。移動するなどもってのほかである
「大丈夫だよ。そのパーカーで顔隠せば、その辺のガキと変わんねぇよ」
「嫌!(早く戻って、帰りてぇ)」
「だー!五月蝿え! 俺がここが嫌なんだよ! カビ臭いし、虫いそうだし!」
「……っ」
刹那は俺を子猫のように掴むと、強引に連れ出した、抵抗しようにも、素の(幼女の)筋力では、鍛え抜かれたスケバンには勝てない。
「行くぞ! 美味いモン食わせてやるから!」
「はー、なー、せー!」
ズリズリと引きずられながら、俺は工場の出口へと連行されていく。
ファミリーレストラン『ダスト』。 店内は、主婦層やサボりのサラリーマン、放課後帰りの学生で適度に賑わっていた。 その一角のボックス席に、深窓の令嬢と、ウサギのパーカーを目深に被った不審な幼女が向かい合っていた。
「おら、ガキはお子様ランチだろ! これでも食っとけ」
「……」
刹那はメニューを開くなり、俺の意思を確認することなく店員呼び出しボタンを押し、 やってきた店員に、「チーズインハンバーグセットと、ダスト特製お子様ランチで」と、俺の分まで勝手に注文を通した。
(どうせなら、肉よこせ、肉!お子様ランチとか、どう考えても足りねえ……)
俺はフードの奥で小さく溜息をついた。 普段なら「俺は生姜焼き定食だ」と言うところだが、あしらわれるのがオチだ。
数分後。 多種多様なメニューが盛り合わせられた、お子様ランチが運ばれてきた。
「ほら、食え食え。」
「……ん」
俺はフォークを手に取り、口へと運んだ。
(どうせファミレスの味だろ。可もなく不可もな……)
「……ッ!?」
俺の動きが止まった。
(……うま)
口の中に広がったのは、暴力的なまでの旨味だった。ケチャップライスの甘味、ハンバーグのジューシーさ
(なんだこれ……? この店のハンバーグ、こんなに美味かったか?)
俺だって、一人で『ダスト』には何度も来たことがある。味は知っているはずだ。 だが、今のこの感動はどうだ。まるで、生まれて初めて御馳走を食べた時のような、純粋で強烈な幸福感。
俺は無言のまま、二口、三口とフォークを進めた。 止まらない。美味い。
「お、ガツガツ食うじゃねえか。やっぱガキはハンバーグ好きだなー」
刹那がニコニコと笑いながら見てくる。
その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
(……待てよ)
俺はフォークを止めた。
(子供は、大人より味蕾が敏感だっていうよな。苦味が苦手で、甘いものや脂っこいものが美味く感じるって……)
俺は自分の手を見た。華奢で小さな子供の手。
(変身して体が縮んだせいで……味覚まで『ガキ』になってんのかぁ!?!?)
絶望した。 中身は高校生だと思っていた。だが、肉体という器は、確実に俺の精神を蝕んでいる。
「? どうした、こぼしたか?」
「……なんでも、ない」
俺は震える手でハンバーグを口に運んだ。 あふれる肉汁。広がる至福。 そのあまりの美味しさに、手が止まらない。
――お皿の上には、まだ三分の一ほどハンバーグが残っていた。 だが、俺の手はピタリと止まっていた。
(……嘘だろ。もう、入らねえ)
脳は「もっと食わせろ」と叫んでいる。舌も「まだ味わいたい」と欲している。 だが、悲しいかな。幼女化して縮んだのは身長だけではなかった。 俺の胃袋のキャパシティは、悲鳴を上げている
「……うぅ」
俺はフォークを置いた。これ以上詰め込めば、物理的にリバースする。
すると、向かいで自分の分を早々に完食していた刹那が、俺の異変に気づいた。
「ん? どうした、もう終わりか?」
「……おなか、いっぱい」
俺はウサギパーカーのフードを目深に被り直し、消え入りそうな声で呟いた。敗北だ。『最凶の番長』として恐れられている辰巳才牙は、お子様ランチの前に完全敗北した
「この店、意外とボリューミーだもんな。ガキには多かったか」
刹那は悪びれもせず笑うと、俺の手元から、お子様ランチをヒョイと取り上げた。
「残すともったいねえし、俺が食ってやるよ」
「……ぁ」
躊躇なく自分のフォークで刺し、パクパクと食べ始めた刹那。
俺は虚空を見つめた。お子様ランチすら、食べきれずに女子に食べかけを処理して貰っている。
俺の男としての尊厳とプライドは、デミグラスソースと共に彼女の胃袋へと消えていった。




