第48話 偵察型
放課後の路地裏に、鉄塊が空を裂く音が響いた。
「どりゃあぁぁぁッ!!」
佐藤優依こと、魔法少女・刹那の気合一閃。 彼女の腕から伸びた銀色の鎖が、宙に浮く目玉のような小型アンヴァーを逃がさぬよう雁字搦めに捕縛する。 逃げ場を失った獲物に対し、彼女は逆の手で巨大なモーニングスターを振り回し、遠心力を乗せて叩きつけた。
ドゴォン!!
「ギ……ッ!?」
鈍い破砕音と共に、アンヴァーは悲鳴を上げる間もなく粉砕され、光の粒子となって霧散した。 相変わらずの、問答無用のパワープレイだ。
「……ふぅ」
刹那は鎖をジャララと回収しながら、額の汗を拭った。
傍らで壁に寄りかかり、周囲を警戒していた才牙(俺)は、アンヴァーが粒子化したのを確認してから声をかけた。
「今日はこれで3体目か。……そろそろ帰るかー?」
「……あー、そうすっか……」
いつもなら「おう! 今日はラーメン行くぞ!」と即答するはずの彼女が、今日はどこか反応が鈍い。
「歯切れが悪いな?」
俺が眉をひそめると、刹那は変身を解除しながら、首を傾げた。
「ん? あー……これで今週は8体目だ。ちょっと多すぎんなって」
「多いと何かまずいのか? 駆除が進んでいいんじゃねえの」
「んー、前も言ったが、こいつらは『偵察型』だ。戦闘力は皆無の雑魚なんだが、だからこそ、普段はこそこそ隠れてんだよ」
刹那は、先ほど敵が消滅した空間を睨んだ。
「俺たちが意図的に探してるとはいえ、こんなに見つかんのはな……。」
「……不自然ってわけか」
俺は顎をさすった。 確かに、Gがコソコソせずに堂々と部屋の中を歩き回っていたら、それは「数が増えすぎて溢れている」か「人間を恐れていない」かのどちらかだ。どちらにせよ良い予兆ではない。
シリアスな沈黙が流れる。 だが、その空気はわずか3秒で破壊された。
「まーなー、まっ! 難しい事はわかんねえし、今日はクレープ食って帰ろうぜ!」
刹那はパンと手を叩き、俺の手を取り満面の笑みで指を駅前の方角へ向けた。
「思考の切り替え早すぎだろ」
「腹が減っては戦ができねえ! 駅前のチョコバナナスペシャル、今日まで半額なんだよ! 急ぐぞ才牙!」
「へいへい」
駅前のクレープ屋。 女子高生やカップルで賑わうベンチで、俺の隣に座る佐藤優依(刹那)は、半額の『チョコバナナスペシャル・生クリーム3倍』にかぶりついていた。
「ん〜っ! うめぇぇぇ!」
彼女は頬をリスのように膨らませ、至福の表情を浮かべている。 口の端にクリームがついているが、本人は気にする様子もない。豪快だ。 俺はブラックコーヒーを啜りながら、明日の予定を確認した。
「明日はどうすんだ? また駆除か?」
「ん?」
優生はクリームをペロリと舐め取り、思い出したように答えた。
「あぁ、明日はあのガキンチョ(サイカ)の定期連絡の日なんだ。ちょっくら会ってくるから、駆除は休みだな!」
「……あー」
彼女はニカっと笑い、俺の顔を覗き込んでニヤニヤし始めた。
「俺と帰れなくて寂しいだろうけど、我慢すんだぞ! へへっ」
「いってろ。じゃあ俺は明日はのんびりしますかねー」
俺は素っ気なく返したが、内心では重いため息をついていた。
(……そういや明日か。忘れてた)
いや、違う。 幼女に返信して幼女のふりをする地獄の時間を、意図的に記憶から抹消していただけだ。 自身の正体を隠すためとはいえ、精神的なダメージがデカすぎる。
そんな俺の憂鬱など知る由もなく、優依はクレープの最後の一口を頬張りながら言った。
「ごちそーさん! じゃあ今日は解散な!」
優依は空になった包み紙をゴミ箱に投げ入れ(見事なコントロールでストライク)、手を振って改札へと消えていった。
残された俺は、飲み干したコーヒーの空き缶を握りつぶした
自宅に戻った俺は、制服からジャージに着替えると、ベッドに大の字になって天井を仰いだ。 明日は「サイカ」として演技をしなければならない。今のうちに英気を養っておく必要がある。
ふと、重要な懸念事項を思い出し、俺は虚空に向かって声をかけた。
「おい、クソキノコ。いるかー?」
ポンッ、という間の抜けた音と共に、枕元にサングラスをかけたキノコ――チーポが湧いて出た。
「なんや? 呼んだか、才牙ちゃん?」
「……(こいつ、地味に反撃してきやがって)」
俺への呼び方に、昨日まではなかった「ちゃん」を付けやがった。俺が「クソキノコ」と呼んだことへの、こいつなりの意趣返しか。俺は沸き上がるイラつきをぐっと抑え込み、本題を切り出した。
「明日、定期連絡で変身するんだが……戻るのに『アンヴァー退治』が必要って最初に言ってたろ?」
最初に契約させられた(騙された)時、こいつは言った。『アンヴァーを倒して妖精ポイントが手に入らないと元の姿には戻れない』と。
「明日はただの会合だ。特にアンヴァー退治のための変身って訳でもねえし、近くに手頃な敵がいなかったらどうすっかなって」
変身したはいいが、戻れずに幼女の姿のまま帰宅、なんてことになったら目も当てられない。ノーマッド退治の時は魔法科の、『柊』に手ごろなアンヴァーの位置を聞いたが、今回は魔法科に行く予定はない
チーポはサングラスの位置を直し、ニヤニヤと笑いながら言った。
「別にええやん。そのまま戻らなくて(笑)」
「あん?」
「可愛いんやから、一生そのままでも需要あるでー? アイドルデビューも夢やない!」
俺は半身を起こし、冷徹な眼差しでキノコを睨みつけた。
「……そうかよ。じゃあ、俺がそのままアイドルデビューして、魔法少女を引退して、二度と戦わなくていいなら、それでもいいぞ」
「――ッ!」
俺の言葉に、チーポの動きが止まる。 俺は本気だ。戻れないなら、魔法少女としての活動もボイコットだ。
チーポは慌てて手を振った。
「しゃーないなー! 冗談やんか! 短気やなぁ」
チーポは溜息をつくフリをして、妥協案を提示した。
「まぁ、そこらへん飛んどる『偵察型』でも一匹見つけて、プチッと潰せばええよ。それくらいでも解除トリガーにはなるわ」
「ちっ、面倒だが……まあ、それなら何とかなるか」
俺は納得して再びベッドに沈んだ。 街中に溢れている雑魚なら、すぐに見つかるだろう。
だが、俺は知らなかった。 枕元で浮いているこの詐欺師キノコが、舌を出してほくそ笑んでいることを。
(……ま、ホンマは『任意解除』できるんやけどなー)




