第43話 VS魔法少女(決着)
虹色の光沢を放つ半球状の処刑場――高粘度流体バリアの内部。そこは、逃げ場なき地獄だった。
「あ、あ、うぅ……っ……」
かつて裏社会で最強のノーマッド(違法魔法少女)の一角と恐れられたキリカは、今や見る影もなく地面に這いつくばっていた。自慢の「魔法殺し」の大鎌はとうの昔に弾き飛ばされ、誇りも戦意も、一滴残らず粉砕されている。 ただ、目の前に佇む「銀髪の悪魔」が放つ、圧倒的な暴力への恐怖だけが、彼女の全てを支配していた。
「……オラ、立てよ。まだ二十発もいってねえぞ」
サイカは、無慈悲にキリカの胸ぐらを掴み、ぐったりとした体を無理やり引き起こした。
「おいおい、なんだ、その面は?こんな小さなガキに殴られて、ガクガク震えてんのか? あぁん?」
鈴を転がすような愛らしい幼女の声。だが、その抑揚と冷徹な響きは、完全に裏社会の頂点のそれだった。 逃げようにも、周囲は逃走を許さない「ねっとりとした虹色の壁」。下がれば壁に捕らわれ、前には鉄拳を構えた死神。
「……く、そがぁ……死ねよ……っ」
キリカは涙と鼻水、そして吐血で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、震える声で精一杯の悪態をついた。もはや拳を振るう力もなく、それが彼女に残された唯一の、そしてあまりに無力な抵抗だった。
「ははっ! まだ口だけは達者じゃねーか。気に入ったぜ!」
サイカは楽しそうに口角を吊り上げ、右拳の関節をバキリと鳴らした。
「じゃあ、追加で――あと二十発、きっちり『教育』してやるよ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!! 嫌、助けてぇ!!」
数字のカウントが、地獄の鐘の音よりも恐ろしく響き渡る。さいかはニヤリと笑うと、震えるキリカの耳元で、恋人に囁くような優しさで、しかし絶対的な絶望を込めて残酷に囁いた。
「安心しろよ。殺しはしねぇからよお…」
ドゴッ! バキッ! ボゴォッ!!
それはもはや、戦闘などと呼べる代物ではなかった。一方的な暴力による「矯正」だった。サイカは出力を最低限に絞り、相手の生命維持を優先しながら、しかし確実に骨の芯まで苦痛と恐怖を刻み込む絶妙な加減で、正確に急所を外しながら、延々と殴り続けた。
――十数分後。
「あ……、が……、……っ……」
キリカの瞳が白目を剥き、ついに限界を迎えた意識の糸がぷつりと切れた。 骨の折れた操り人形のように体が地面へ崩れ落ちると同時に、魔力が霧散し、変身が強制解除される。眩い光が消えた後、そこにはボロボロになった安物のジャージ姿の、どこにでもいそうな平凡な少女が倒れていた。
「けっ。まだ半分も行ってねえぞ。根性なしが」
サイカは気絶した少女をゴミのように見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。 拳についた血を振って払う。
(……ま、この『ノーマッド』を魔法科に突き出せば、少しは世間の騒ぎも収まるだろ。ついでに組織とやらの情報も、後でじっくり吐かせりゃいい)
サイカが指をパチンと鳴らすと、周囲を覆っていた虹色のドームが、霧散するシャボン玉のように儚く消滅した。密室が解かれ、激闘の熱を冷ますような冷たい夕暮れの風が吹き抜ける。
その、まさに直後だった。
「おーい!! サイカちゃーーん!! 助けにきたよぉぉぉー!!」
静まり返った広場に、悲痛な、しかしどこか場違いなほど必死な叫び声が響き渡った。 サイカが驚いて振り返ると、通りの向こうから、涙目で髪を振り乱しながら飛んでくる葵と、数名の魔法少女たちの援軍が視界に入った。
「遅くなってごめんねぇぇぇー(泣)!! 無事!? サイカちゃん、怪我はない!? 今すぐ加勢するからねー!!」
葵たちは、第七地区を襲っていたアンヴァーの反応が消え、同時にノーマッドたちの強襲が止まったことで、ようやくこの第七地区へ急行できたらしい。 彼女たちの目には、惨状と化した現場に、傷だらけで銀髪をなびかせ、ポツンと一人で立っている可憐な幼女の姿が映っていた。 「凶悪なアンヴァーとノーマッドを相手に、街を守り、耐え抜いた薄幸のヒロイン」……彼女たちは現場の状況を、光速でそう解釈したのだ。
その足元に、ボコボコにされて原型を留めていない元凶転がっていることなど露知らず。
(……ゲッ、葵かよ! このボロ雑巾を簀巻きにしてバックれようと思ってたが、タイミング悪すぎだろ!)
サイカは、とっさに「裏社会の番長」の顔を裏側に引っ込め、「可憐で儚い幼女の笑顔」を急造した。
(あーあ……。どうせ来るなら、もっと早く来いよ、本当によぉ……)
遅すぎる魔法少女(援軍)たちの到着に、中身の才牙は心の中で深く、深くため息をついた。




