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第42話 VS魔法少女3

(……瓦礫の中で戦うのは、逆に不利か。仕方ない、だいぶ削ったしいけるっしょ)


キリカは冷静に戦場を見定めた。 あの「地面粉砕」による範囲攻撃は、障害物の多い屋内だからこそ威力を発揮する。ならば、遮蔽物のない場所へ誘い込めばいい。


彼女はバックステップで大きく距離を取り、広場となっている公園の中央へと移動した。 障害物はベンチと噴水くらい。見通しの良い、処刑台のような場所だ。


サイカもまた、逃がすまいと即座に追随する。


「本当にムカつくガキ! 仕方ないから、私の最大出力フルパワーでやってやるよ」


キリカは広場の真ん中で立ち止まると、忌々しそうに、けれど愉悦に満ちた表情で鎌の柄を握り直した。


「これなら、もう小細工は無し……圧殺してあげる」


彼女の輪郭がブレる。 一人、二人、四人、八人……。 増殖は止まらない。瞬く間に、さいかを取り囲むようにして、13人のキリカが出現した。


「“13人の暗殺者サーティーン・アサシン”……これが私の真骨頂」


12体の幻影と、1体の実体。 だが、その気配、殺気、魔力の揺らぎに至るまで、全てが均一化されている。 ノーマッド(違法魔法少女)として裏社会を生き抜いてきた彼女の、必殺の奥義だ。


「死んじゃえ❤️」


13人のキリカが、同時に地面を蹴った。 360度からの同時、かつ多層的な斬撃。上空からの急降下、足元を払う一閃、死角を貫く突き。逃げ場はない。死角すらも死角に埋め尽くされている。視界の全てが、魔力を断つ漆黒の大鎌で塗り潰された。


「……ッ!!」


さいかの瞳が高速で動く。 (右、左、後ろ、上……くそ、全部同時かよ!)


ザシュッ! ザザッ! ヒュンッ!


さいかは体を捻り、跳躍し、最小限の動きで回避を試みる。 だが、物理的な「量」が限界を超えていた。 3人なら見切れた。だが13人は、どれほど超人的な反射神経を持っていようと、物理的な回避スペースそのものが存在しない。


「くっ……! 」


可愛らしい口元が歪む、避けきれない刃が、さいかの体を掠め、切り裂く。 二の腕、太腿、背中、頬。 鮮血が次々と舞い散る。バリアで防ごうにも、相手の鎌は魔力を断つため、展開した瞬間に割られてしまう。


「あはははは! どうしたの? 自慢の未来予知は!」


十三人のキリカたちの笑い声が重なり合い、不協和音となって響く。


「いつまで耐えられるかな? サイカちゃん❤️」


シュパッ! ついに深手が入る。ふくらはぎを切り裂かれ、さいかの体勢がガクリと崩れた。


(……)


膝をつきそうになるさいかの周囲を、十三人の死神が高速で旋回し、風を切る音を響かせる。その刃の向こう側には、勝利を確信したキリカの、三日月のように歪んだ唇があった。


「あは❤️優しいお姉さんが、最後にもう一度だけ聞いてあげる。サイカちゃん、『ごめんなさい』『許してください、一緒に行きます』って、その可愛い頭を泥に擦り付けて私にお願いするなら、これ以上傷つける事は止めてあげるよ?❤️ さあ、ちゃんとおねだりしてみなさい?」


キリカは血濡れた鎌を弄びながら、悦に浸った瞳で勝ち誇る。


(なーんて、許してあげる訳ないけど、お願いした瞬間切り裂いてあげる、なーに死んでなきゃいいんだから)


サイカはキリカの濁った瞳を真っ向から見据えると、小さく愛らしい唇から、はっきりと言葉を紡ぐ


「――お断りだ、バーカ!」

「……はぁ。本当、ガキってのは話が通じなくて嫌い」


ただの虚勢だと断じたキリカが冷酷に嘲笑い、十三本の漆黒の鎌が、さいかの華奢な体を全方位から切り裂こうと肉薄する。 その絶体絶命の瞬間、サイカが踏み込みを見せた。


「……もうわかった。」

「あん?」


サイカは周囲を埋め尽くす死神の群れを、まるで存在しない幻影――「ないもの」として完全に無視し、真っ直ぐに一点、左端の後方に位置していたキリカの懐へと、最短距離で飛び込んだ。


ドゴッ!!


「ぐっ!!!」


魔力を乗せた重い正拳が、寸分の狂いもなくキリカの鳩尾みぞおちを的確に捉える。 幻影ではない。確かな肉の感触。 キリカは肺の空気を全て吐き出し、苦悶の声を上げて無様に後ずさった。


「な!? ちっ!! まぐれよ、ただのまぐれに決まってる!!」


十三分の一という、ただの偶然。たまたま当たっただけだ。 キリカは焦りを振り払うように自分にそう言い聞かせ、即座に体勢を立て直す。


「死ねぇぇぇ!!」


再び十三人が同時に襲いかかる。 逃げ場のない全方位からの必殺の斬撃。しかし、サイカの目に迷いは微塵もなかった。 右から迫る刃を「素通り」し(それは幻影であり、サイカの体をすり抜けた)、正面の斬撃も無視し、背後に回り込もうとしていた一体だけに、強烈な裏拳を叩き込んだ。


バゴォッ!!


「がは!!……ぐぅ……」


まともに顔面を殴られ、キリカは地面を数メートルも転がった。 幻影たちが霧散し、ただ一人の実体だけが、鼻血を出し顔面を真っ赤に染めて、泥にまみれて倒れ伏した。


「う、な、なんで……? 魔力探知対策も、科学的な偽装も、…全部、全部、完璧なはずなのに……ッ!!」

「……目だよ」


さいかは、倒れたキリカを冷酷に見下ろしながら、つまらなそうに言った。


「俺を見てない」

「は?」


キリカは呆気にとられた。


「そんなヘマ、私がする訳ないする訳がない! 幻影だって精巧に作ってある! 顔の向きも、目線も、あんたを追従するよう、私の視線の先にリンクする様にプログラムされてるんだよ!!」


「ああ、顔は向いてる。目線もあってる」


さいかは一歩近づき、キリカの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。 その至近距離で、あどけない幼女の顔にあどけない声で、凶悪な「番長の凄み」を浮かべて、地獄の底から響くよう言い放つ。


「でもなぁ、目の中にある『ひとみ』が、俺を見てねぇんだよ!!」

「な、え??」

「人を殴る時、殺す時、本気の奴ってのは、相手の動きをコンマ一秒も逃さねえように、瞳の奥が『食い入る』ように動くんだよ。……テメェの幻影は、ただカメラみたいにこっちを向いてるだけだ。。目の中に、俺を殺そうとする『意志』が宿ってねえ。目の中が瞳が、死んでんだよ」


喧嘩屋・辰宮才牙は、これまで数え切れないほどの不良と「メンチ」を切ってきた。 相手がビビっているか、やる気があるか、あるいはフェイントか。それは全て「目」に出る。 機械的に作られた幻影の目線には、生身の人間が持つ特有の「熱」と「憎悪」そして「執着」が欠けていたのだ。


「嘘……でしょ……?」


キリカの顔が絶望に染まる。 魔法的な偽装でも、技術的な欠陥でもない。 ただ、「殺し合いの場数」と「人を見る目」の差だけで、必殺の奥義が破られたのだ。


「手品は終わりだ。……次は俺の番だな」


サイカは、右拳をミシミシと音が出るほど固く握りしめた。 虹色の魔力がその拳に集束し、反撃(処刑)の狼煙が上がる。


戦況は完全に逆転した。 「瞳」により真偽を見切られたキリカは、もはや手品を暴かれた奇術師に過ぎなかった。


ドゴォッ!!


「ぐ、ふっ!!」


サイカの拳が、的確にキリカの防御の隙を穿つ。 軽いジャブですら、岩を砕くような重さがある。


(負ける? 私が? こんなガキに?)


キリカは内臓をかき回されたような激痛に血反吐を吐き、よろめきながら後退する。 プライドが軋む。ノーマッドとして数多の魔法少女を葬ってきた自分が、真正面からの殴り合いで完全に圧倒されている。


「そんな訳あるかぁ!!死ね!死ね死ね死ねぇ!!」」


ドゴッ!!


「ぐっ!!あ、……ぁぐっ……」


大鎌を狂ったように振り回すが、さいかはそれを最低限の首の動きだけで回避。空を切った大鎌の風圧を嘲笑うように、再び強烈なカウンターがキリカの顎を跳ね上げた。

幻影も見切られた以上、勝ち筋がない。 キリカの脳裏に、屈辱的な忌むべき二文字が浮かんだ。


――逃走。


(クソガキが! 今日は引いてあげるわ。でも、次は絶対に殺す。……覚えてなさい!)


キリカは懐から、どす黒い魔力を放つ小さな人形を取り出した。 それは彼女の真の奥の手。魔力消費が激しすぎるため温存していた、何のスキルも持たないが質量を持つ「生体分身」だ。


「行けっ!!」


キリカが人形を投げると、それは瞬時に等身大のキリカへと膨張し、鎌を構え、まだ腰を抜かして動けずにいたサラリーマンへと全速力で突進した。


「それは本物だ! 守らなきゃ死ぬぞ!!」


幻影ではない。質量を持った「肉の塊」が、鎌と殺意を持って襲いかかる。キリカへの追撃を躊躇なく中断。反転し、弾丸のような速度で人質の元へと跳んだ。


「チッ!」


バゴォォン!!


さいかの飛び蹴りが、分身の胴体を粉砕する。 分身は泥のように崩れ落ちたが、キリカにとってはそれで十分だった。


その隙に、キリカは背を向け、全速力で広場の外へと疾走していた。


「次は殺す。……絶対に、もっと惨たらしく殺してやる」


キリカは呪詛を吐きながら、ビルの隙間へと飛び込もうとする。逃げ足には自信がある、醜い笑みがその顔に浮かぶ。


しかし。


「あん?」


目の前に、虹色の壁があった。 いつの間にか、キリカの周囲――半径数メートルの空間が、巨大なシャボン玉のような虹色のバリアによって完璧に包囲されていたのだ。


「今更、こんなもので何を!!」


キリカは鼻で笑った。 学習しないガキだ。私の鎌は、あらゆる「魔法」を斬る。こんな檻、紙切れ同然だ。


「邪魔ぁ!!」


キリカは疾走の勢いを乗せ、渾身の力で鎌を横薙ぎにした。 刃がバリアに触れ、切り裂く――はずだった。


ヌチャッ……。


「……は?」


刃が、止まった。 いや、切り裂いてはいる。だが、裂けた端から瞬時に、まるでスライムのようにバリアが再結合し、刃を飲み込むようにまとわりついたのだ。


「な、なんで!?斬れてるでしょ!? なんで裂けないのよ!?」


キリカは慌てて鎌を引き、再度切りかかる。しかし再び強烈な粘着力に阻まれる。 割れない。裂けない。砕けない。 ただ、ねっとりと絡みつく。


背後から、コツ、コツ、と足音が近づいてくる。 絶望の死神の足音だ。


「……切ったそばから、くっつく様に『バリアの性質』を変えた」


さいかは、ゆらりとキリカの背後に立った。


「それなら、割れねえだろ?」

「!?!?!?」


キリカは戦慄した。 「バリア=硬い壁」という常識を捨て、あえて「高粘度の流体」として再構築したというのか? 魔力そのものを断つ鎌であっても、水や泥を切ることができないように、この「高粘度の流体化したバリア」を破壊することはできない。


周囲を見渡す。 虹色のドームは、キリカと、サイカだけを閉じ込めていた。 外部からの干渉を絶ち、内部からの逃走も許さない。

今再び*絶対脱出不可能な『決戦場ケージ』*へと姿を変えた。


「さあ……」


サイカが、一歩ずつ間合いを詰めながらポキポキと指の関節を鳴らす。その音が、密閉されたドーム内に不気味に反響する。 その愛らしい幼女の顔には、この世の全ての暴力を煮詰めたような、凶悪な笑みが張り付いていた。


「タイマンの時間だ……!!」

「ひ、ひぃっ!!」


キリカは、腰を抜かした。 目の前にいるのは魔法少女ではない。 皮を被った、話の通じない怪物だ。


ドームの中で、絶望に満ちた悲鳴と、肉が潰れる重い打撃音だけが、しばらくの間響き続けることになった。

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