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第41話 VS魔法少女2

「――っと、ほっ、と」


三人のキリカが繰り出す、呼吸の隙間さえ許さない絶え間ない連撃を、サイカは演武のように回避し続けていた。死神の刃が鼻先をかすめ、真空の刃が頬を撫でる。だが、死角からの不意打ちすら、まるで背中に目があるかのように最小限の足運びで躱していく。


(……化け物め、三人同時でも一撃も入らないわけ。まあ、あの『八岐大蛇(A級アンヴァー)』は八人同時攻撃みたいなもんだったし、この程度は想定内っちゃ想定内ね)


キリカは内心で激しく舌打ちしつつも、すぐに次の一手を打った。彼女の目的は正々堂々と勝つことでも、技を競うことでもない。「サイカ」という獲物を、いかなる手段を使ってでも無力化することだ。


「やるじゃん! さすがは英雄様。……じゃあ、これならどうかな!?」


三体のうち一体が、唐突にさいかへの包囲を自ら解き、瓦礫の下で脚を挟まれ身動きが取れなくなっている一般人(逃げ遅れたサラリーマン)へと、鎌を構えて向き直った。


「た、助けてくれ……! 誰か、誰かぁぁぁ!!」

「あは! 死んじゃえ❤️」


漆黒の大鎌が、高く振り上げられる。


「――ッ!!」


サイカの動きが止まる。 「魔法殺し」の特性を持つあの鎌の前では、バリアを張って遠隔で救出するなど不可能。ならば、物理的に、この体一つで止めるしかない。

さいかは爆発的な加速で地面を蹴り、キリカと一般人の間に弾丸のごとく割って入った。そして、その小さな拳に全体重と魔力を乗せ、キリカの無防備な顔面へと叩き込む。


「失せろ、オラァッ!!」


スカッ……。


拳は、何の抵抗もなくキリカの顔面をすり抜けた。霧のように揺らぐ輪郭。熱量も、質量もない残像。


「――幻影フェイクかッ!」


刹那が深手を負わされたのと全く同じ手口。完全に虚を突かれたさいかの背後から、心底楽しげな嘲笑が響き渡る。


「あははは! あんた達みたいな馬鹿は、わかってても引っかかる!!」


本物のキリカは、既にがら空きになったさいかの背後、完全な死角を制していた。遠心力を最大に活かした大鎌のフルスイング。


「見捨てれば良かったのにねぇぇぇ!! 」


ザシュッ!!


「……ぐっ!!」


超感覚による回避行動を取るも、僅かに遅れた。 鋭利な刃が、さいかの華奢な左肩から二の腕にかけてを無慈悲に切り裂く。白磁のような幼い肌に鮮烈な赤い一文字が走り、鮮血が飛沫を上げ床に舞った。


さいかは激痛に顔をしかめることすらなく、バックステップで即座に距離を取ると、すぐさま傷口に右手をかざした。


(……止血ッ!)


極薄のバリアを、高密度の絆創膏のように傷口へ密着させる。ドクドクと溢れ出ていた血が、ピタリと止まる。


「あーあ、浅かったかなー」


キリカは鎌の刃に付着した銀髪の少女の血を眺め、心底うんざりしたように肩をすくめた。

「それにしても治癒魔法まで持ってるなんて、本当ムカつく。チートかよ、化け物め」

キリカは、それが「ただの荒っぽい応急処置」だとは気づいていない。

距離を取ったサイカは、ズキズキと熱を持って脈打つ二の腕の痛みを完全に意識から切り離し、冷ややかな視線をキリカに向けた。


(人質を狙われると、流石に厄介だな。バリアが効かねえ以上、俺が盾になるしかねえ)


どんなに個人の戦闘能力が高くても、守るべき対象が増えれば増えるほど、動きの選択肢は削り取られていく。相手はそれを利用して、確実に、そして残酷にサイカという駒を消耗させるつもりだ。


(どうする……? このままじゃジリ貧だ。何か、ひっくり返す手は……)


最強の喧嘩屋の脳裏で、高速の思考が回転を始めた。



戦いは膠着――いや、一方的な消耗戦の様相を呈していた。


ザシュッ!


また一つ、さいかの透き通るような白い肌に、無機質な赤い線が刻まれる。 これで何度目か。腕、太腿、脇腹。急所こそ本能的な超感覚で避けているが、降り積もる雪のように、着実にダメージが蓄積し、魔力を削り取っていく。


(……チッ。敢えて致命傷を避けて削ってやがるな、舐められたもんだぜ)


さいかはバックステップで距離を取りながら、冷静に戦況を分析していた。相手の鎌の異常な切れ味なら、本気になれば手足を切断することなど容易いはずだ。それをしないのは、あくまで「生け捕り」が目的という組織の命令か、それとも弱った獲物が絶望する様をジワジワと楽しむサイコパスな趣味か。


(まあ、どっちにしろ……解決策は出来た)


サイカは流れ出る血を親指で乱暴に拭い、銀色の前髪の隙間から、獣のような鋭い視光を放った。


「あはは! ボロボロだねー! 英雄様も形無しじゃん。学習しないねー!」


キリカが再び三人に分裂し、嘲笑を響かせながら襲いかかってくる。もはやお決まりのパターンだ。一体が正面から陽動をかけ、一体が人質への攻撃で俺の足を止め、そして最後の一体が死角から本命の「魔法殺し」を叩き込む。


「ほーら、そっちの子が死んじゃうよー? 助けなくていいのー?」


分身の一体が、崩れたコンクリートの下で震えるOLに向かって、巨大な鎌を死神さながらに振り上げた。


「……ッ!」


さいかは迷わず動いた。一陣の風となり、人質の目の前へと躍り出る。


(また身体で庇う気ね! 馬鹿(偽善者)はこれだから楽でいい! 今度こそアキレス腱をズタズタにして、歩けなくしてあげる――!)


キリカは勝利を確信し、本物の鎌を分身を攻撃した隙を狙って振り抜こうとした。 しかし、今回のサイカは分身へ攻撃を行わなかった。代わりに、身体強化の魔力を一点に集中させた右拳を、天高く振り上げて、真下へと殴りつける――


「―オラァッ!!」


ドゴォォォォォン!!


目の前の敵でも背後のキリカでもなく、足元のアスファルトを全力の正拳突きで打ち抜いた。


「な!? 何を――」


爆音と共に、爆弾が炸裂したかのように地面が隆起した。砕け散ったアスファルト片、土砂、そして視界を完全に遮断するほどの粉塵が、指向性を持った爆風となって周囲一帯に吹き荒れた。


「きゃあ!?!?」


予期せぬ全方位からの衝撃波とつぶての雨。キリカの体勢が大きく崩れる。質量を持たない幻影の分身たちは物理的な土砂の衝突でノイズのように揺らぎ、実体を持つ「本物」は、顔面を保護するために反射的に腕を上げた。


その一瞬の隙。砂煙が舞うゼロ距離の視界の中で、「実体」がどこにあるか。 魔力感知ではない、数千回の路地裏喧嘩で培われた「気配(殺気)」の察知能力が、標的を正確に捉えた。


「てめーか!」

「っ!? しまっ――」


粉塵を強引に突き破って現れたさいかの拳が、ガードを上げたことで完全にがら空きになったキリカの鳩尾みぞおちに、深々とめり込んだ。


「ガハッ……ッ!?」


くの字に折れ曲がる体。肺の中の酸素を強引に全て絞り出され、キリカの体は衝撃波を置き去りにして後方へと吹き飛んだ。

瓦礫の山に背中から激突し、血反吐を吐きながらキリカは苦痛に顔を歪める。


「ゲホッ……ゲホッ……! ぐっ、あ…ッ!」


人生で初めて受けた、「生」の暴力。彼女は信じられないものを見る目で、土煙の中からゆっくりと歩み寄る幼女を睨みつけた。


「……人質を見捨てた? いや!」


砂煙がゆっくりと晴れていく。そこには、飛んできた土砂の一粒すら触れることなく、無傷で呆然としているOLの姿があった。彼女を包み込んでいるのは、虹色に輝くシャボン玉のバリア。サイカが地面を殴るのと同時に展開した防御壁が、土砂や瓦礫(物理攻撃)を完璧にシャットアウトしていたのだ。


「なるほどね……! 確かに、その空間遮断を貫けるのは『私の魔法殺し』だけだものねー……!」


キリカは口に溜まった鮮血を忌々しそうに吐き捨て、震える脚で立ち上がった。彼女の鎌は「魔法」を斬る。だが、さいかが物理的に巻き上げた「土砂」や「衝撃波」は、単なる質量だ。そして、さいかのバリアは、それこそA級アンヴァーの攻撃すら跳ね返す鉄壁を誇る。

人質をバリアで物理から守り、自分は「土砂崩れ(物理範囲攻撃)」で分身ごと本体を炙り出して、拳を叩き込む。

サイカは拳に付いた砂利をパラパラと払いながら、冷徹に言い放った。


「ちまちま本体を探すのは面倒だ。……ぶっぱ(範囲攻撃)すりゃいいんだよ!」


その姿は、可憐な魔法少女というより、完全に解体業者のそれだった。

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