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第40話 もう一つの戦い

場面は変わり、建物の外。 そこでは、もう一つの死闘が続いていた。


「はぁ……はぁ……、っ、だ、らしねえぞ、俺……ッ!」


刹那は荒い息を吐きながら、震える膝を根性だけで叩き、何とか体を支えていた。 視界が断続的に暗転し、手足が水中にいるかのように重い。あのキリカの鎌――『吸魔の鎌』に奪い去られた魔力量はあまりにも甚大だった。今、この場に変身を維持して立っているだけで精一杯。先ほどのように鎖を白熱させ、敵を内側から焼き殺すような高出力の魔法など、もはや望むべくもなかった。

目の前では、殻の一部を黒く焦がされたB級アンヴァーが、煮え湯を飲まされた怒りに狂い、残った巨大なハサミをデタラメに振り回している。


「ちっ……。どうする」


ここで撤退し、安全圏まで逃げればどれほど楽になれるか。だが、刹那の剥き出しのプライドが、その選択肢を全力で拒絶していた。 あいつ――サイカに、背中を預けられたのだ。「アンヴァーをお願い」と。 自分より遥かに小さな子供に「皆を守って」と言われておきながら、無様に背中を見せて逃げ帰るなど、九条刹那の、そして魔法少女の名折れだ。


『ギシャアアアアアッ!!』


アンヴァーが、もはや動くことすらままならない刹那への興味を失い、近くの街路樹の陰で身を寄せ合っていた避難民の方へとその醜悪な頭部を向けた。巨大な右バサミが、死の宣告のように高く振り上げられ、悲鳴を上げる人々へと振り下ろされようとした――その、直前。


「てめえ!!余所見してんじゃねえぞ!!」


ジャララッ!!


射出された銀の鎖がアンヴァーの胴体と、振り上げられたハサミの付け根と体に複雑に巻き付き、その凶行を力技で強制停止させる。だが、今の彼女には焼き殺すための「魔力」はない。ただ止めるだけでは、いずれ鎖ごと引きちぎられるのは時間の問題だ。


(どうする。硬い殻を砕くパワーはねぇ。魔力もほとんど底を突いた。)


刹那は朦朧とする意識の中で、必死に周囲の地形を、使えるものを死に物狂いで見渡した。 視線の先――半壊した隣のビルの壁面。剥き出しになった太いH鋼の鉄骨が、歪な形で空中に突き出ているのが見えた。


(……あれだ! あれしかねえ!!)


刹那の曇った瞳に、起死回生の閃きが走る。 彼女はさらに鎖を限界まで伸ばし、アンヴァーを拘束している鎖の余剰分を、上空の突き出た鉄骨へとガッチリと、幾重にも絡みつかせた。


ガギンッ!!


固定(支点)は確保した。あとは――重力と、この命を乗せるだけだ!


「うおおおおおおおおおおっ!! 持ち上がれぇぇぇッ!!」


刹那は残存する魔力のすべてを「筋力強化」へと一点集中させ、自身の体重をのせて鎖を一気に引き絞った。 滑車の原理を応用した物理的拘束、そして魔法少女の意地が生み出した怪力。 推定数トンの質量を持つB級アンヴァーの巨体が、ズズズと不快な音を立ててアスファルトから浮き上がり、そのまま空中へと吊り上げられていく。


『ギッ!? ギギギッ!?』


地面という支えを失い、空中で無様に多脚をバタつかせるアンヴァー。 そして、その「逆さ吊り」の体勢になったことで、今まで硬い殻に守られ、地面に隠されていた唯一の弱点が白日の下に晒された。 外敵を想定していない、白く、柔らかく、ブヨブヨとした腹部だ。


「……ハッ。下はずいぶんと、無防備で柔らかそうじゃねえか!!」


刹那は大地を強く蹴った。 無防備な腹部の真下へと潜り込み、モーニングスターを、渾身の力で突き上げる。


「くたばれぇぇぇぇッ!! 」


ズドォォォォォンッ!!


嫌な、生々しい手応えと共に、鉄球が柔らかな腹肉を易々と食い破り、その奥に隠されていた魔石コアを粉砕した。 アンヴァーの絶叫が、音もなく途切れる。 空中に吊り下げられた巨体は、内側から青白い光を放って崩壊を始め、無数の光の粒子となって第七地区の空へと霧散していった。


ジャララ……。


役目を終えた鎖が、乾いた音を立てて地面に落ちる。 再び静寂が戻った広場。避難していた人々が、呆然としながらも、英雄の背中に安堵の表情を向けている。


「はぁ……、はぁ……、っ……」


刹那は、折れそうになる膝を気力だけで堪えていた。全身の細胞が、これ以上の活動を拒絶するように悲鳴を上げている。


(……ガキのところに、……戻らなきゃ……加勢、しねえと……)


あいつは今も、あの狡猾なノーマッドと一人で戦っている。 行かなくては。姉御として、守ってやらなければ。

刹那は一歩一歩、泥沼を進むような足取りで踏み出した。 しかし、限界をとうの昔に超えて酷使されたその体は、もう言うことを聞かなかった。

プツリ、と。 張り詰めていた意識の糸が、静かに切れる。


「……わりぃ」


刹那はそのまま、糸の切れた操り人形のように、その場にどうと倒れ伏した。アスファルトの冷たさも感じぬまま、彼女は深い、深い闇の底へと落ちていった。

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