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第37話 ノーマッド

久方ぶりに、惣菜パンの味ではない、温かい食事で胃を満たした俺は、屋上のベンチで深く息を吐いた。


「……ふぅ。生き返ったわ」


隣では、空になった弁当箱を片付けた刹那が、満足そうに緑茶ペットボトルを啜っている。 空は高く、風は心地よい。 このまま午後の授業をサボって昼寝でもしたい気分だ。

その時だった。


ピキィン。


耳ではなく、脳髄に直接響くような、硬質な音がした。


「……ッ!?」


俺は反射的に空を見上げた。 青空に変化はない。雲が流れているだけだ。 だが、俺の肌が、本能が、警鐘を鳴らしている。 空間の一部が「悲鳴」上げている。何かが、無理やりこの世界にねじ込まれようとしている感覚。


(この、空間に亀裂が入るような感覚は……)


俺が身構えた、その数秒後。

虚空から、サングラスをかけたパイナップルの妖精・パーナポーが慌てた様子で飛び出してきた。


「姉さん、来るぞ!」


その警告と同時に、第七地区全域に、不気味な不協和音のサイレン――アンヴァー警報が鳴り響いた。


『ウゥゥゥゥ――ッ!! 空間振動感知。第七地区上空に反応あり。B級と推定されます。市民は直ちに避難を――』

「ちっ! でけえのが来たな!」


刹那は弾かれたように立ち上がった。 先ほどまでの「料理好きの女子高生」の顔は消え、歴戦の魔法少女の顔つきになっている。

彼女は俺の胸ぐらを掴むと、真剣な眼差しで吼えた。


「才牙、テメェはすぐに避難しろ! 巻き込まれたら寝覚めが悪ぃ!」

「大丈なのか?」


俺は思わず尋ねた。 警報はB級と言っている。俺が倒したA級ほどではないにせよ、一般の魔法少女チームが数人がかりで挑むレベルだ。それを一人ソロで相手にするつもりなのか?

俺の問いに、刹那はニカッと、不敵で、最高に頼もしい笑顔を見せた。


「はっ! 俺様を誰だと思ってる」


彼女は屋上のフェンスに足をかけると、振り返って言い放つ。


「B級クラスなら楽勝だぜ! 安心して待ってな!」

変身メイク・アップ!」


光が炸裂する。

黒髪は眩い金髪へと染まり、地面を掃くほどの超ロング丈のプリーツスカート、伝統的なセーラー服と鉄球を携えた魔法少女・刹那が顕現した。


「ぱっといって、手早く終わらせてやるよ!」


彼女はそのまま重力を無視して空へと跳躍し、ジェット機のような速度で、空間の歪みが発生しているポイントへと急行していった。

残された俺は、遠ざかる彼女の背中を見つめ、静かに立ち上がった。


「……楽勝、ねぇ」


確かに彼女は強い。だが、なにか嫌な予感がする。


「……少しだけ、様子を見るか」


避難する生徒たちの波に逆らうように、俺は刹那の後を追った



――バリバリバリッ!!


それは雷鳴などという自然現象ではなかった。空そのものが、目に見えない巨大な刃で引き裂かれたような、鼓膜を逆撫でする不快な破裂音が第七地区に木霊した。

青空に走った赤黒い傷口から、巨大な質量の塊が地上へと落下してきた。


『ギシャアアアアアッ!!』


アスファルトを粉々に砕いて着地したのは、推定全長十メートルを超える異形の怪物――B級アンヴァー。 巨大なヤドカリに酷似したその姿には、生物的な愛嬌など微塵もない。背負った殻は汚濁した血のように脈動し、表面に無数に存在する複眼が、それぞれ別々の意思を持つかのようにギョロギョロと回転している。それは、人間の生理的嫌悪感を抽出し、巨大化させたような悪夢の具現だった。


「ヒッ、うわああああ!」


逃げ遅れたサラリーマンが腰を抜かし、絶望に顔を歪ませる。 ヤドカリの巨大な右鋏が、その男を塵芥に変えるべく無慈悲に振り下ろされた――その瞬間。


ドゴォォォォォン!!


横合いから弾丸のような速度で飛来した「黒い影」が、鋼鉄以上の硬度を誇るはずの鋏を一撃のもとに粉砕した。


『ギッ!? ギャアアアア!!』


自慢の武器を根元からへし折られ、アンヴァーが鼓膜を震わせる苦悶の雄叫びを上げる。 吹き荒れる土煙と爆風の中から悠然と姿を現したのは、棘付き鉄球モーニングスターを肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべた金髪の魔法少女・刹那だった。


「誰がてめーに好き勝手やらせるかよ。俺様が相手になってやるぜ、ヤドカリ野郎!そこのリーマン!さっさと避難しな!」

「だ、だめなんだ!この辺一帯の避難口が閉鎖されてて…扉が開かないんだ!」

「あん?(どういうことだ?)…ちっ!考えるのはあとだ!。離れてろ!ぜってえ近づくんじゃねーぞ!!」


取り合えず目の前の害虫をぶっ潰せば問題ない、刹那は不敵にニヤリと笑うと、鉄球を旋回させた。遠心力を乗せたその一撃は、空気を爆ぜさせながらアンヴァーの本体へと迫る。


「潰れな!!」


しかし、アンヴァーもB級の看板は伊達ではなかった。 怪物は瞬時に手足を引っ込め、背負った巨大な殻の中へとその身を隠したのだ。


ガギィィィィィン!!


周囲のビルの窓ガラスを震わせるほどの凄まじい金属音が響き、火花が散る。 アンヴァーを肉片に変えるはずだった鉄球が、硬化されたその殻に完全に弾き返された。


「ちっ! なんて硬さだ!」


刹那は苛立たしげに舌打ちをする。 あの殻は単なる外骨格ではない。魔力によって強化された「絶対防壁」だ生半可な攻撃では傷一つ付かない。だが、彼女の攻撃はそこでは終わらなかった。


「――だが、あめえんだよ!」


弾かれた鉄球を鎖の反動で手元に戻すと同時に、彼女は鋭い踏み込みと共に左手を突き出した。


ジャララララッ!!


左腕から射出された銀色の鎖が、まるで獲物を追う大蛇のように空中で複雑な軌道を描く。鎖は殻に篭ったアンヴァーの周囲を瞬く間に取り囲み、がんじがらめに拘束した。


「捕まえたぜ。引きこもりが得意みてぇだがな……」


刹那の腕に、紅蓮の魔力が灯る。


「こいつには耐えられるかよ!?獄炎連鎖デス・チェーン!!」


鎖を経由して、猛烈な炎の魔法が注ぎ込まれた。 銀色の鎖が瞬時に赤熱し、アンヴァーの殻を外側から焼き上げる。 いわゆる、IH調理器のような超高熱伝導攻撃だ。


『ギ!? ギギギギギギッ!?』


防壁であったはずの殻は、地獄の釜へと変貌していた。中からは、断末魔に近い悲鳴が漏れ聞こえる。


「おらおら! 出てこねえと、このまま蒸しちまうぞ!」


刹那は鎖を握りしめ、サディスティックな笑みを浮かべてさらに火力を上げた。 パワーだけではない。相手の防御を利用した的確な戦術。 戦況は、誰の目から見ても刹那の圧倒的有利に進んでいた。


勝利は目前、のはずだった。 白熱した鎖がアンヴァーの殻を焼き、耐えきれず出てきた本体を鉄球で、トドメの一撃を叩き込むだけ――。

誰もが、そして刹那自身も勝利を疑わなかったその瞬間。 彼女の背筋に、氷柱を直接突き刺されたような鋭利な悪寒が走った。


(――ッ!? )


思考するよりも速く、本能が警鐘を鳴らす。 刹那は勝利への執着を捨て、即座に鎖の魔力供給を断ち切り、地面を蹴って後方へと跳躍した。


ヒュンッ!!


空気を切り裂く鋭利な風切り音。 次の瞬間、刹那がコンマ一秒前まで立っていた場所のアスファルトに、巨大な漆黒の鎌が深々と突き刺さっていた。

もし、わずかでも回避が遅れていれば。刹那の体は今ごろ、両断されていただろう。


「あれー? 絶対やったと思ったのにー。意外と勘がいいんだねぇ」


鈴を転がすような、しかし底冷えするほど無邪気な声が響いた。 鎌の柄を握り、ひらりと降り立ったのは、フリルとレースが何重にも重なったゴスロリ衣装に身を包んだ、小柄な少女だった。 だが、その愛らしい瞳の奥に宿っているのは、先ほどのアンヴァーすら霞むほどの、底知れない狂気だ。

刹那は冷や汗を拭いながら、鉄球を構え直して吼えた。


「てめえ、人間か!? その姿、お前……『ノーマッド(違法魔法少女)』だな!?」

「あは!あったりぃー」


少女は、巨大な鎌をまるで羽毛のように軽々と振り回し、ぺろりと毒々しい舌を出した。


「一応、自己紹介してあげるね。キリカだよー! ……あ、勿論これは『偽名』でーす❤️ 」


人を食ったような、あまりにも軽薄な態度。 アンヴァー討伐という、人類の存亡を懸けた現場に乱入し、あろうことか正規の魔法少女を背後から襲撃する。紛れもない重罪人だ。


「ふざけやがって!! なんでアンヴァーの味方をしやがる!? テメェも魔法少女の端くれなら、この街の連中を守るって矜持はねえのか!」


刹那の怒号に対し、キリカは腹を抱えてケラケラと笑い飛ばした。


「あはは! 勘違いしないでよ。私は別に、アンヴァーの味方なんてしてないよー。こんなキモい害虫、大嫌いだもん!」


キリカは背後でまだ燻っている巨大ヤドカリ(B級アンヴァー)を、指先でツンと指し示した。


「けどね、こいつを『餌』にすれば、あの『サイカ』って魔法少女が釣れるかもしれないでしょ?」

「はぁ? てめぇ何を言ってやがる!」

「あのA級殺しの英雄様なら、街がピンチになれば必ず現れるでしょ? だから、こいつにはもっと盛大に暴れてもらわないと困るのよ」

「…おい、まさか避難口が開かねえってのは…」


キリカの口元が、三日月のように細く、残酷に歪んだ。


「だから……さっさと片付けようとする『邪魔な魔法少女』には、ここで死んでもらわなきゃ。ね?」


鎌の刃が、光を反射して不気味に煌めく。その狂気的な論理の前に、刹那はこれまで感じたことのない悍ましさを感じた

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