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第35話 マネーロンダリング

俺は、スマホの液晶に浮かび上がる「300,000 Pt」という無慈悲な数字を、穴が開くほど睨みつけていた。 諦めきれるはずがない。ここに、俺が命を懸けて稼いだ金があるのだ。俺の脳内で、悪知恵が閃く。


「……なぁ、チーポ。お前さっき、『人間側の機器で使うと足がつく』って言ったよな?」

「せやな。魔法科のサーバーは、魔法ポイントの動きを、ある程度監視しとるからな」

「じゃあ、一旦お前にこの全ポイントを『譲渡』して、俺の代わりにお前が買い物すりゃいいんじゃねーか?」


これだ。これしかない。 妖精であるチーポが代理人として決済し、商品を俺に横流しすれば、俺が直接手を下す必要はない。俺は自分の天才的なマネーロンダリング計画に、今日一番の会心の笑みを浮かべた。だが、対照的にチーポは、サングラスをずらし、ため息を吐いた。


「まあ、妖精ポイントの動きをチェックする機関なんて存在せーへんから、ワイが使ったポイントから足が付くことは無いやろな。

せやけどな才牙、最初に言うたやろ? 妖精ポイント、及び妖精が直接行使できる通貨っちゅうのはな、〈妖精卿フェアリーテール〉の経済圏でしか使えへんねん」

「あぁん? ……何が言いたい」

「つまりやな、ワイがその30万ポイントを使って何かを買うたとしても、届くのは『妖精サイズ』の物だけや。木の実を絞ったジュース一滴とか、朝露で洗った花びらのシャツ一枚とか、そういう類のもんやで? お前、シルバニアファミリーの家具で高校生活を送れるんか?」

「…………」


俺の完璧な資金洗浄計画は、物理的なサイズ差という、絶対的な壁の前に一瞬で粉砕された。 180センチを超える俺の巨体に対して、妖精サイズの商品など、もはや米粒以下のゴミでしかない。

俺は夜の公園で、星の見えない空を仰いだ。


「ちくしょう!(涙)」


絶叫が木霊する。 目の前に30万円があるのに。電子の海に浮かぶ数字は、俺をあざ笑うかのように輝いている。

その時、チーポが俺の顔の前にふわふわと飛んできて、ングラスの奥でニタニタと下品な笑みを浮かべながら囁いた。


「しゃーないなー。あまりに不憫やから、見兼ねたワイが一つだけ、この詰んだ状況を打破する『魔法の解決策』を教えたるわ」

「……なんだよ!? 出し惜しみしてんじゃねえ、早く吐け!」


俺は藁にもすがる思いで食いついた。足がつかず、魔法少女科にも怪しまれず、堂々とこの30万ポイントを行使して腹一杯飯を食う方法があるというのか。

チーポはもったいぶって空中で一回転し、これ以上ないほどのドヤ顔をキメて言い放った。


「……『サイカ』に変身して使えばええんや !」


時が止まった。 夜の公園の噴水の音さえ消え、世界から音が失われたような錯覚に陥る。


「ええか? よう考えや。『サイカ』本人が自分のポイントを使うんやったら、魔法科のサーバーにログが残ろうが、監視カメラの映像に残ろうが、誰からも文句は言われへん。不審にも思われへん。それどころか、当局の連中は『あ、消息不明やったサイカちゃんがお買い物しとる! 生きとったんやね、よかった!』って感動の涙を流すだけや! その後、魔法科職員がサイカを探しに来ても、才牙に戻っておったら足もつかへん。完璧なソリューションやろ?」


論理的には、完璧だった。非の打ち所がない正論だ。 俺が魔法少女に変身し、あの銀髪の美幼女の姿のままコンビニやデパートに堂々と乗り込み、「あの…これ、くださいっ!」と可愛らしく決済すればいい。

だが。 それはつまり、俺、辰宮才牙(180cm超の強面番長)が自らの意志で、公衆の面前にあの格好で晒され、「はじめてのおつかい」を全力で演じ切るという、男としての尊厳をドブに捨て去る「究極の辱め」を受けることを意味していた。


俺の右手に、かつてないほど濃厚で、どす黒い殺意の魔力が収束していく。 俺は無表情のまま、音もなくチーポをわしづかみにした。


「……てめえ。……絶対、殺す。今この場で、跡形もなく消滅させてやる!!」

「ぎゃああああ! 冗談やん! 冗談やって! グリップ強すぎる! 汁出る! 汁出る!!」


夜の公園に、妖精の断末魔と、行き場のない怒りを抱えた男子高校生の殺気が渦巻いていた。


※ここで、一つ、残酷な真実を明かしておかなければならない。 実は、この「魔法ポイント」というシステムには、明確な抜け道が存在する。

世の中には『ノーマッド(違法魔法少女)』と呼ばれる、組織に属さず非合法に活動する少女たちが少なからず存在する。

彼女たちは、稼いだポイントを仲介サイトや複数のダミーアカウントを経由させ、複雑に洗浄ロンダリングすることで、足がつかないクリーンな電子マネーとして現金化する裏技を日常的に、それこそ息をするように使用しているのだ。

少しネットの深層ダークウェブを調べれば、その手口は見つかるし、魔法少女専用アプリ』をインストールした才牙のスマホにもその機能を使う土台はある。

魔法科としても、買い取った魔法ポイントを魔法工学の技術運用に回しており、その流通の「淀み」をある程度は黙認している実情ですらあった。

しかし。 ここにいるのは、「機械音痴の喧嘩屋」と、「人間社会のシステムに疎い成金妖精」のポンコツコンビだけだった。――




「……ぐ、ぅ……俺の、俺の30万が……ッ!」


才牙は、スマホの画面に冷酷に表示された【300,000 Pt】という数字を、もはや涙目で睨みつけていた。

目の前には、高級焼肉も、最新のゲーム機も、親父の遺影に供えるための最高級の酒も買えるだけの財産が、確かに「そこ」にある。なのに、指一本触れることすら許されない。

そんな、抜け殻のようになっている才牙の周りを、手のひらから抜け出したチーポが、ここぞとばかりに足をバタつかせて飛び回る。


「な、せやから言うたやろ? 見兼ねたワイが有効利用してやるって言うてるんや。」

「あぁ……?」

「ワイなら妖精ネットワークを通じて、うまいこと使えるかもしれんで? まずは試しに、ワイの新しいサングラスを買うてみてやな……」

「次横領したら殺す!!!」


才牙の指が、スマホごしにバキリと音を立てるほどの握力を発揮する。


「そんなー!」


チーポはわざとらしく泣き真似をしながら、才牙の殺気から逃れるように逃げ出した。

結局、この30万ポイント(今後さらに増える予定)は、才牙がその「裏技」に気づくその日まで、電子の海で永遠に塩漬けにされることが決定したのであった。

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