第34話 魔法ポイント
「解除!!」
刹那が短く、鋭く唱えると、再びまばゆい光の粒子が彼女の身体を優しく包み込んだ。 伝説のスケバンを彷彿とさせる金髪とセーラー服、そして凶悪な棘付き鉄球が霧散し、そこには再び、黒髪眼鏡の地味な制服姿――「佐藤優依」が佇んでいた。
だが、その表情は「深窓の令嬢」のものではない。
「へっ! 見たかよ、才牙。あんな雑魚、楽勝だぜ!」
「流石は姉御だぜ! 鎖の引き込みから粉砕まで、まさに芸術的な瞬殺だったぜ!」
肩に乗ったパイナップルの妖精・パーナポーと、器用にハイタッチ(というか指先同士の接触)を交わし、彼女は勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべていた。
俺、辰宮才牙は電柱の陰からゆっくりと姿を現し、本心をそのまま言葉にした。
「すげえな」
お世辞抜きの、率直な感想だった。 俺――「才牙」としての戦い方が、最小限の動きで回避し、急所に重い一撃を叩き込む「喧嘩」の延長線上にあるのだとしたら、彼女のそれは獲物を確実に逃さず、圧倒的な質量で蹂躙する「処刑」のスタイルだ。
刹那は俺の賞賛を真正面から受け止めると、鼻の下を親指でグイと擦り、得意げに胸を張った。
「へへっ! だろ!? ……あー、そうだ。ちょっと待ってな!」
彼女はスマホを素早く操作し、路地裏の片隅で光る自動販売機の読み取り部にかざした。ガコンッ、という重い音が二回続き、取り出し口に落ちてきたペットボトルの一つを、彼女は俺の方へ無造作に放り投げてきた。
「ほれ、受け取りな!」
「っと……」
俺は片手で、飛んできたその塊を難なくキャッチする。 掌に伝わってきたのは、冷えた、一本のコーラだった。
「これは?」
「アンヴァー倒すと、魔法少女は『魔法ポイント』ってのが手に入るんだよ。妖精は『妖精ポイント』だったか?」
「んだぜ姉御。アンヴァーが粒子化したエネルギーを〈妖精卿〉で回収して、それを俺ら契約妖精と、魔法少女で仲良く山分け(折半)するってのが、この業界の健全な報酬体系よ!」
彼女は自分の分のカフェオレのキャップを開けながら、当たり前のように、しかしどこか得意げに説明を続けた。
「で、この魔法ポイントってのが実は現金……っていうか、電子マネーに変換できんのよ。さっきの雑魚一匹分で、ちょうどジュース二本分くらいのポイントが貯まったからな。相棒のテメーにも半分分けてやるよ! 今日の『バイト代』だ、ありがたく受け取れ!」
「……ふーん」
俺は手の中のペットボトル(200円)を見つめた。 命の危険がある路地裏探索の報酬が、これ一本。
「……バイト代、安すぎんだろ」
「文句言うな! 無給よりよっぽどマシだろーが!」
「まぁ、サンキューな。いただくわ」
俺はプシュッとキャップを開け、炭酸を喉に流し込んだ。 安い報酬だが、不思議と悪くない味だった。
その後、俺たちは近くの公園のベンチに並んで座り、それぞれのジュースを飲み干した。街灯が路面を照らし始める頃、俺たちは解散することにした。
「じゃーなー、才牙! また明日なー!!」
刹那を駅の改札まで送ると、彼女は満足げにキーホルダーを揺らし、大きく手を振って雑踏の中へ消えていった。
「うーす」
俺も短く手を振り返し、彼女の背中が完全に視界から消えるのを見届ける。
そして。 俺は一歩、また一歩と自宅の方へ歩き出し、周囲から「人間」の気配が完全に消えたことを確認した、その瞬間。
俺の表情から、一切の感情が消え失せた。
「……おい」
地を這うような、ドスの効いた声で虚空に呼びかける。
「出てこい、クソキノコ」
俺の殺気を感じ取ったのか、恐る恐るという体で、チーポが姿を現した。
「……な、なんやねん、才牙くん。ワイは今、忙しいんやけど……」
俺はチーポの胸倉(があるとしたらその辺り)を掴み上げ、静かに、しかし噴火寸前の怒りを込めて問い詰めた。
「おい、てめえ。今すぐ白状しろ。『魔法ポイント』ってのは、一体何なんだ?」
「…………っ!」
チーポの身体が、目に見えてビクリと震えた。
「あいつ……刹那が言ってたぞ。アンヴァー倒したらポイントが入って、買い物ができるってな。俺はそんな話、一度も聞いてねぇぞ、おい!!」
今まで倒してきたアンヴァーの数。 そして何より、あのA級アンヴァーという特大の獲物。 あれだけの戦果を挙げておきながら、俺の手元には1円たりとも入っていない。
一方で、目の前のキノコはどうだ。全身ハイブランドの服に身を包み、足元には純金の靴が輝いている。点と点が、線どころか極太の石油パイプで繋がった。
「おい!! 説明しろオラァ!! 俺の命懸けの稼ぎ、どこへやった!!」
それに対し、チーポはスッと明後日の方向を向き、これ以上ないほど不自然に口を尖らせた。
「ふぃー……ふぃー……」
ススカ……ススカ……。 音になっていない、あまりにも下手くそな口笛が、静寂に虚しく響く。
「吹けてねえんだよ!!!」
俺はチーポの首根っこ(らしき弾力のある部分)を万力のような握力で締め上げ、無理やり俺のスマホに『魔法少女専用アプリ』とやらをインストールさせた。
認証は、あっさりと通った。(そもそも妖精経由でしかインストール出来ないので、認証はガバガバという、合理的なのか適当なのか分からない仕様らしい。)
やがて画面が起動し、ログイン後のマイページが表示される。 そこにデカデカと踊っていた数字を見て、俺の目玉がこぼれ落ちそうになった。
【保有魔法ポイント:300,000 Pt】
「……さ、30万……だと?」
先ほどの刹那の話では、D級の雑魚一匹でジュース2本分程度と言っていた。それが今、俺の手元に「30万」ある。単純計算で30万円相当だ。 A級アンヴァー。あの街を壊滅させかけた化け物を討伐した報酬がいかに破格なのか、その一目で理解できた。
だが、俺の驚愕と怒りは、そこでは終わらなかった。 俺は震える指先で、恐る恐る「ポイント利用履歴」の画面をタップした。
そこには、『妖精譲渡』という名目で、見たことのない桁の数値のポイントが、既に根こそぎ引き出された無残な形跡が並んでいた。
つまり、今表示されているこの30万は、こいつが散々贅沢三昧をして横領しまくった後の「残りカス」ということだ。
「……てめえ、死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」
俺の手のひらで、「グエッ、グエッ」とカエルのような声を出し、今にも握り潰されそうになりながらも、チーポはふてぶてしく言い訳を並べた。
「ちゃ、ちゃうねん! 妖精ポイントの話の時に、自分、何にも聞かへんかったやろ?」
「あぁん?」
「せやから、ワイはてっきり『才牙くんは金に無頓着なハードボイルドやから、ポイントなんかいらんのやな! ほなワイが有効活用したろ!』って思ったねん! 親切心や!」
「どの口が言ってんだこのクソキノコめ……!! そもそも魔法少女の仕組みすら分かってねえ俺が、そんな専門的な事を聞く訳ねーだろ!! 」
俺はスマホを持つ手が震えた。 親切心? 強欲心の間違いだろ。俺が命がけで稼いだ金を、こいつは……!
「……おい、覚悟しろよ。キノコは焼くか煮るか、どっちが好みだ?」
俺が本気でコイツをどうにかして始末しようと魔力を込めかけた時、チーポは急に真面目な顔(サングラス越しだが)になり、スッと人差し指を立てた。
「ま、まあ、落ち着きーな、才牙くん。実際な、そのポイントは使わんほうがええんや。これはワイの、相棒としての忠告や」
「あぁん? なんでだよ。俺が稼いだ、俺の正当な報酬だろ」
「それがな……」
チーポは声を潜めた。
「魔法ポイントは、妖精ポイントとちごうて、人間側の組織――魔法科と共同管理してるシステムや。つまり、使用履歴は人間側の機器で完全にログが残る」
「……!」
「その気になれば、いつ、どこで、何を買ったか、個人の足取りを追いやすいんや。ええか? よう考えや。今、魔法科が血眼で探してる伝説の魔法少女『サイカ』の物と思わしきポイントが、第七地区の強面の男子高校生(辰宮才牙)によって、コンビニのレジやゲーセンの筐体で使われたら……どないなると思う?」
「ぐぬぬぬぬ……」
俺は唸り声を上げ、スマホを握りしめた。チーポは、獲物を罠にかけたハンターのような顔でニヤリと笑い続ける。
「監視カメラに顔が映らんでも、『なんでこの屈強な男子高校生が、魔法少女専用アプリを使って魔法ポイントを平然と使ってるんだ?』って、一発で不審に思われるわ。即、特定班が飛んできて、君の平穏な生活はジ・エンドやでー」
正論だ。悔しいが、あまりにも正論すぎる。
「……つまり、この30万は」
「いわゆる『絵に描いた餅』やな! 画面越しに見て楽しむだけの、虚無の数字や!諦めて、おとなしく焼きそばパン齧りーな!」
「お前……っ!!」
目の前に大金があるのに、ジュース一本すら買えない。
俺は、夜の静寂に包まれた公園で、ひとり天を仰いだ。 A級アンヴァーを倒し、第七地区を救った最強の英雄の懐事情は、今日も今日とて、購買のパン代を10円単位で計算する有様だった。




