第33話 魔法少女・九条刹那
今日も今日とて、放課後は探索――もとい、傍から見れば放課後の奇妙なデートの時間だ。
昨日のファンシーショップ巡りのような「お遊び」とは打って変わり、今日の優依(刹那)は本気だった。俺たちが足を踏み入れているのは、第七地区でも特に治安が悪く、昼間でも薄暗い雑居ビルが立ち並ぶエリア。室外機から吐き出される熱風と、湿ったゴミの臭いが澱む路地裏だ。
確かに、身を隠したい逃亡者が潜伏するにはうってつけの場所かもしれない――もっとも、その逃亡者本人が「ガイド」として隣を歩いているという一点を除けばだが。
「いねーなー……。まあ、簡単に見つかるとも思ってねーけどよ、痕跡の一つも見当たらねえ」
刹那は苛立ちを隠そうともせず、ガシガシと頭を掻きむしりながら、路地のゴミ箱を不満げに蹴っ飛ばした。ガランと乾いた音が響く。
俺は心の中で(そら、ターゲットが横に居るんだから見つかるわけねーだろ)とツッコみつつ、欠伸を噛み殺して話を合わせた。
「本当にこの辺にいんのか? そもそも『サイカ』ってガキ、もう別の地区に移動した可能性もあるだろ」
俺の指摘に、刹那は「あー、それな」と首を大きく仰け反らせて天井を仰いだ。
「そっちはそっちで、別の魔法少女チームが当たってるみてえだな。隣町、第八地区と第六地区の捜索だよ。こっちにいなきゃそっちに流れただろうって、本部のエリート様たちが鼻息荒くして捜索網を広げてやがる」
「……は?」
さらりと、一高校生が知るはずのない重要な作戦情報を口にする優依。
俺が何も言わずにじっと彼女を見つめていると、彼女は「あっ」とわざとらしく自分の口を両手で押さえ、眼鏡の奥でニヤリと悪い顔をした。
「……あ、今の。これも立派な機密情報な。また『抜けられない理由』が増えたな、相棒! ふひひ、運命共同体だぜ」
「…………はー、さようで」
確信した。こいつ、ワザとやってやがる。自分のうっかりを「共犯者を縛り付ける鎖」として再利用する逞しさ。魔法少女ってのはこれくらい面の皮が厚くないと務まらないのか?
刹那は機嫌を良くしたのか、鼻歌交じりに俺の肩をバンバンと乱暴に叩いた。
「でもまぁ、おめーが隣にいると、怠い野郎に絡まれなくてマジで助かるぜ。この辺は、任務を邪魔してくるような脳みそ沸いたチンピラが多いからな」
確かに、さっきから路地の奥でたむろしていた他校の不良や良くないスカウト連中が、俺の顔を認めた瞬間に顔面を蒼白にさせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。「第七地区の頂点としてのオーラ」が、彼女の捜索を妨げないための全自動セキュリティとして完璧に機能していた。
「ゆーしゅーな相棒で褒めてやるよ」
上から目線で褒め称える彼女に、俺は半眼で答えた。
「さいでっかー。そりゃ光栄なこって……」
俺はいつから、魔法少女の「魔除け(物理)」になったんだか。俺は室外機の熱風と共に、肺の中から溜め息を吐き出すしかなかった。
その時だった。
『ギチチチ……ギィ……』
湿った路地の奥、古びた配管の隙間から、背筋を逆撫でするような不快な音が響いた。金属と腐った生肉が擦れるような、生理的な嫌悪感を呼び起こす音。
「……ッ!」
刹那の纏う空気が、一瞬で変貌する。先ほどまで俺を「魔除け」扱いしていた軽口は消え、その双眸には獲物を捕食する「狩人」の冷徹な光が宿る。
「才牙、下がってろ。……仕事の時間だ」
彼女が低く、しかし熱を帯びた声で呟くと同時に、暗がりから「それ」がぬるりと姿を現した。歪な形状をした、野良の低級(D級)アンヴァー。犬と昆虫を無理やり混ぜ合わせたような、多脚の怪物がそこにいた。
「アンヴァー!? 警報はどうした、鳴ってなかったぞ!」
俺は素っ頓狂な声を上げた。通常、アンヴァーの出現には空間の歪みを感知した防衛サイレンが街中に鳴り響く。だが、今は静寂に包まれている。
「……こいつら低級(D級)は、大型が出現する際の空間の亀裂に混じって、コソ泥みたいに入り込んでくるんだよ。いわゆる偵察機だ」
目の前の怪物は、ギチギチと牙を鳴らし、複眼をぎらつかせている。
「戦闘力がひきーから、人目につかない日陰でコソコソ隠れてやがる。探知機に引っかかりにくい、たちの悪い害虫だ。見つけてラッキーだぜ、クソ虫野郎!!」
刹那は、視界を邪魔だと言わんばかりに指先で眼鏡を弾き飛ばした。外された眼鏡が地面に落ちるよりも早く、路地裏がまばゆい光に包まれる。
「変身!!」
可憐な掛け声とは裏腹に、その変身は暴力的なまでの熱量を伴っていた。 荒れ狂う光の粒子が、吹き荒れる嵐のように彼女の体を包み込み、地味な制服を瞬時に「戦闘服」へと書き換えていく。
光が収まったそこには、地味な転校生・佐藤優依の影はなかった。
黒髪は眩い金髪へと染まり、その瞳は獣のような鋭さを増している。
下半身を包むのは、地面を掃くほどの超ロング丈のプリーツスカート。上衣は伝統的なセーラー服の意匠を残しつつも、激しい動きを想定して短く切り詰められており、その裾からは鍛え上げられたしなやかな腹筋が覗いている。
襟元には鮮やかな黄色のスカーフ。手には無骨な黒い指なしグローブと、スカートのサイドからは鈍く光る金属チェーンが垂れ下がっている。
そして、その手には――彼女の性格を象徴するかのような、棘だらけの鉄球が握られていた。 一言で表すなら、「スケバン」そのものである。
「さあ、俺様の時間だ!!」
彼女が鉄球をブンと振り回すと、その肩口に、ポンッという間の抜けた音と共に、小さな影が出現した。
トゲトゲした黄色い頭、不敵な笑みを浮かべる口元。そして何より、サングラスをかけた生意気そうな外見。刹那の契約妖精である、パイナップルの妖精だ。
「よう、姉御。久しぶりの変身じゃねーか。……おっと、そっちのデカい兄ちゃんは初めましてだな。俺はパーナポー、以後よろしくな」
妖精は空中であぐらをかき、腕を組みながらダルそうに、しかし親しげに俺へ声をかけた。
「……しかし、低級一匹か。姉御、これじゃあ大してポイント(稼ぎ)になんねーぜ。シケてんなー」
「文句言ってんじゃねーよ、パーナポー! 塵も積もればなんとやらだ。溜まったストレスをぶつけるには、これくらいの雑魚がちょうどいいんだよ!」
「へいへい。んじゃ、サクッとミンチにしてやりますかい、姉御!」
「キシャアアッ!!」
その低級(D級)アンヴァーは、知能こそ低かったが、生存本能だけは一人前に鋭かったらしい。 目の前の金髪の少女から放たれる、圧倒的な「暴力の匂い」を敏感に嗅ぎ取ると、戦う素振りも、威嚇する余裕も見せず、すぐさま踵を返して路地の深い闇へと逃げ込もうとした。
「逃がすかよ! ヘタレ野郎がッ!!」
刹那の怒号が狭い路地裏に響き渡る。 同時に、――ジャララッ!! という、硬質で冷たい金属音が鼓膜を震わせた。
彼女が突き出した左手、セーラー服の長い袖の奥から、太い銀色の鎖が意志を持つ生き物のように射出されたのだ。鎖は空気を切り裂く鋭い旋回を描き、逃走を図ったアンヴァーの胴体へ、まるで飢えた蛇のように幾重にも巻き付く。
「ギッ、ギィッ!?」
「こっち来いよ、オラァ!!」
刹那が細い腕に似つかわしくない剛力で左手を一気に引き戻すと、拘束されたアンヴァーは悲鳴を上げながら宙を舞い、なす術もなく彼女の足元へと引きずり戻される。
コンクリートに叩きつけられ、完全に自由を奪われた怪物の眼前に、死刑執行の宣告が降り注ぐ。
刹那の右手に握られた、凶悪な棘付き鉄球――モーニングスターが、唸りを上げて頭上高く振りかぶられていた。
「……潰れなッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
一撃。ただそれだけだった。 魔力を極限まで圧縮し、殺意と共に振り下ろされた鉄球が、アンヴァーの胴体を、核ごと無慈悲に叩き潰した。
コンクリートの地面がクレーターのようにひび割れ、激しい衝撃波が周囲を震わせる。
「……ふぅ。おっしゃ! チョロいもんだぜ!」
刹那は、爆風で乱れた金髪を無造作にかき上げると、巨大な鉄球を軽々と肩に担ぎ直し、ニッと野性味溢れる歯を見せて笑った。 粉砕されたアンヴァーの残骸は淡く輝く光の粒子となって冬の淀んだ空気の中に溶け、消えていった。
秒殺。 文字通りの「処刑」だった。
俺は電柱の陰で、その蹂躙劇の一部始終を言葉を失って見届けながら、背筋を伝う冷たい汗を感じていた。
(敵に回したくねーな。あんなの喰らったら、俺の身体だってひとたまりもねえ……)
俺は心底、自分の正体がまだバレていないという幸運に感謝しながら、獲物を仕留めて満足げな「相棒」の方へと歩み寄った。




