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第29話 捜索開始

放課後のチャイムが校舎に響き渡り、教室がようやく一日から解放された安堵感に包まれる。俺、辰宮才牙は、いつものように周囲を威圧するような不機嫌面を隠さず、気怠げに教科書をカバンに詰め込んでいた。


(かったりー……。さっさと帰って、あのクソキノコを一発殴って寝るか)


今日はもう、精神的なカロリーを使いすぎた。あの「九条刹那」とかいう爆弾娘との屋上での一件だけで、半年分くらいの寿命が縮んだ気がする。今日はもう大人しく直帰して、自分の部屋で現実逃避に浸りたい。

カバンを肩にかけ、席を立とうとした、その時だった。


「才牙くん、そろそろ帰りましょう?」


鈴を転がすような、透き通った、それでいてどこか品のある声が、俺の鼓膜をダイレクトに叩いた。


「(…………は?)」


俺の動きが石像のように止まる。ゆっくりと視線を向けると、そこには窓辺で静かに本を読んでいたはずの「深窓の令嬢」こと、佐藤優依が立っていた。彼女は愛用の文庫本を大切そうに胸に抱き、少し恥じらうような上目遣いで、まっすぐに俺を見つめている。


「…………は?」


またしても、口から間抜けな声が漏れた。 それと同時に、教室内すべての時が完全に停止した。

放課後の解放感から雑談に花を咲かせていた女子グループも、廊下へ飛び出そうとしていた男子たちも、全員が「ありえないもの」を見た衝撃で動きを止めている。全生徒の視線が、俺たちの周囲に集中し、火花が出るほどの電圧を帯びた。

「あの深窓の美少女」が、よりにもよって「この学校の頂点に君臨する最恐の死神」に、あろうことか「一緒に帰ろう」と声をかけたのだ。


「??どうしたの? 約束したじゃない」


優依は不思議そうに小首を傾げ、さらに追い打ちをかけるような爆弾を投下した。

ザワッ……! 教室の空気が爆発的にざわめき始める。 「約束」? 「帰りましょう」? ……それってつまり、そういうこと?

俺は滝のような冷や汗を流しながら、心の中で全力の、魂のツッコミを入れた。


(あ、あ、あああ!? いやいや待てコラ! 校内で話しかけるなって言ったのどこのどいつだよ! 『お淑やかな令嬢だから気安く話しかけるな』って数時間前に俺を脅して釘を刺したのは、テメーだろ、九条刹那ァ!!)


俺が混乱と怒りで硬直し、言葉を発せないでいると、優依は俺の反応の遅さに痺れを切らしたのか、スッと俺の耳元に顔を近づけてきた。

クラスメイトたちの目には、それがまるで「親密な恋人同士の内緒話」をしているように映っただろう。だが、実際に聞こえてきたのは、地獄の底から響くようなドスの効いた恐喝だった。


「(……なーにボサッとしてんだよ、才牙? さっさと一緒に帰るぞ! 今日からさっそく、あのクソガキ(サイカ)をシラミ潰しに探すって言ったろーが。……分かってんのかぁ?)」

「(こ、この女……! 自分の作った設定キャラより、早く捜査したいという欲求(任務)を優先しやがった……! )」


どうやら、この魔法少女は「お淑やかな令嬢(笑い)」という看板を守ることよりも、一刻も早く「サイカ」を捕まえたいという焦燥が勝ってしまったらしい。

もし、ここで俺が「嫌だ」と言えば、この暴走魔法少女が次にどんな爆弾を投げるか、分かったもんじゃない。顔を引き攣らせた営業スマイルのような、絶望的な笑みを浮かべて降伏した。


「……あ、ああ。……そうだな。行くか」

「ふふ、嬉しい。早く行きましょう?」


優依は満足げに、花が咲くような微笑を浮かべると、俺の隣にぴたりと寄り添って歩き出した。俺は、クラス全員の「嘘だろ……?」「どういう関係だよ!?」「才牙くん、まさか……あんな可愛い子を……」という、嫉妬と戦慄と困惑が混ざり合った視線を全身に浴びながら、彼女と共に教室を出ていく羽目になった。


廊下に出た瞬間、教室の中から「えええええええええ!?!?!?」という地鳴りのような絶叫が聞こえてきたが、俺は振り返らなかった。


――校門を抜け、野次馬根性丸出しの生徒たちの視線がようやく届かなくなった大通りに出た、その瞬間だった。

隣を歩いていた佐藤優依――九条刹那の背中から、憑き物が落ちたように不自然な力が抜けた。今まで保っていた「儚げな少女」を演出するための猫背をかなぐり捨て、首を左右に振ってボキボキと威圧的な音を鳴らす。


「あー、かったりぃ……。マジで肩凝るぜ。優等生のフリってのは、アンヴァーと殴り合うより神経使うな」

「……お前、人目に付かなくなった途端に芝居やめたな。少しは余韻とかねーのかよ」


俺は、呆れを隠さずにツッコんだ。ついさっきまで「才牙くん、帰りましょう?」と潤んだ瞳で言っていた深窓の令嬢は、もうどこにもいない。そこにいるのは、鋭い目つきで街の隙間をねめつける、血の気の多い魔法少女の姿だけだ。


「んだよ、相棒はお淑やかな女が好みかよ?けけけ、残念だったな!」

「……んで。その『第七天使』だかの居場所に当てはあるのかよ? この広い地区を闇雲に歩き回ったって、見つかるわけねーぞ」


俺としては、一生見つからないのが一番ありがたい。だが、協力者のフリをして「探す気がある」ところを見せないと、この勘の鋭いスケバンに何を疑われるか分かったもんじゃない。

俺の問いに、刹那は鼻で笑い、勝ち誇ったように言い放った。


「はん! 決まってんだろ。相手は幼女だぞ? 考えるまでもねーわ!!」


彼女はビシッと指を鳴らし、ネオンが輝き始めた繁華街の方角を力強く指差した。


「どうせガキの好きそうな場所にいんだろ! ゲームセンターのクレーンゲーム、ファンシーショップのぬいぐるみコーナー、あるいは遊具のある公園……。とにかく、クソガキが群がりそうな場所をシラミ潰しに当たるんだよ! いくぞ、ついてこい!」

「…………」


あまりにも短絡的、かつ偏見に満ちたプロファイリング。 お前が血眼で探している「幼女」の中身は、今お前の隣で「一刻も早く家に帰って寝てぇ」と思っている、可愛げの欠片もない男子高校生だぞ、フリフリのファンシーショップなんかに用があるわけがないだろ――。

喉元まで出かかったその言葉を、俺は必死に飲み込んだ。ここで彼女の推理を否定して、別の場所を提案するのも藪蛇だ。ここは彼女の空振りに付き合って時間を潰すのが、最も安全な「逃亡策」と言える。


「……へいへい。仰せのままにな」

「返事は一回! シャキッとしろよ相棒! テメーのそのデカい図体で、人混みのガキを見つけるんだよ!」

「はいはい」


俺たちは、全く見当違いな方向へと足を進める。 放課後の街に消えていく、この珍道中が、成果ゼロ、疲労度マックスで終わることだけは、俺には火を見るよりも明らかだった。

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