第28話 共同戦線
屋上の冷たいコンクリートが、膝の皿に食い込んで痛い。 俺、辰宮才牙は今、転校生の佐藤優依――もとい、魔法少女・刹那に見下ろされながら、微動だに許されない完璧な「正座(SEIZA)」をさせられていた。
(ちくしょう……! なんで俺が…、俺が一体何をしたってんだ……!)
刹那は腕を組み、仁王立ちのまま「あー、終わった……」「いや、まだいけるか?」と何やらブツブツ不穏な独り言を繰り返していたが、やがて意を決したようにカッと目を見開いた。
「………おい!」
「はいっ!!」
背筋が跳ね上がる。自分でも情けないほどの条件反射だ。なんでヤクザとの抗争やアンヴァーの突進より怖いんだよ、この女。
「くそ……。いいか、よーく聞け。俺の本名は九条刹那。登録もされてる正規の魔法少女だ」
彼女は眼鏡を乱暴に押し上げ、観念したように、しかし脅すような口調で語り始めた。
「テメーもニュースくらい見てるだろ? 世間じゃ『第七天使』なんて呼ばれてる、クソ生意気なガキ魔法少女を探してる。あのガキ、あろうことか世界政府直属の『魔法科日本支部』から、警備をすり抜けて逃げ出しやがったんだ」
(はい、存じております。というか、今あなたの目の前で正座してる俺です)
内心で滝のような冷や汗を流しながら、俺はただ神妙な顔をして、コクコクと深く頷くしかなかった。
「恐らくこの第七地区に潜伏しているだろうから、俺が『佐藤優依』として潜入捜査で転校してきたってわけだ。わかったか?」
「は、はぁ……」
そこまでは予想通り。だが、問題はなぜそれを一般人の俺にペラペラと喋っているのかだ。これ、絶対国家機密の類だろ?
すると、刹那はニヤリと、映画の悪役でもやらないような下品な笑みを浮かべ、俺の胸ぐらを強引に掴み上げた。
「……んでだ。これからは、テメェにも協力してもらう」
「な、なんでだよ!?!?!?」
思わず素っ頓狂な裏返った声が出た。ふざけるな一般人を巻き込むな!
「へへへ、ここまで具体的な機密情報を知っちまったんだ。もう逃げられねぇぞ。もし協力しねぇってんなら、今すぐ『機密漏洩による隠蔽対象』として報告してやる。そうなればテメェは国際指名手配だ!」
「こ、この……権力の私物化だ! 魔法少女あまつさえ公務員のやることじゃねえぞ!」
「うるせえ! 俺だって、任務中に正体がバレた上に、一般人に情報をペラペラ喋ったなんて本部に知られたら、再教育刑だ! だから、テメェが俺の『専属協力者』にならねぇなら、証拠隠滅のためにここで処分するしかねーんだよ!」
彼女の論理は完全に破綻し、暴走していた。
「一蓮托生なんだよ、俺とお前は!!協力者になるのか、『Yes』か『はい』で、さっさと答えろ!裏切るなよ!!」
「ひでえ! 勝手に喋っておいて!!そもそも選択肢がねえじゃねーか!!」
俺の魂の抗議は、顔を真っ赤にした彼女の絶叫によって掻き消された。 よく見ると、眼鏡の奥の目はぐるぐると渦を巻いており、額からは冷や汗がダラダラと流れている。
(こ、こいつ……。あまりの事態に、テンパってヤケクソになってやがる……!)
なるほど、理解した。彼女は「不覚にも本性を見られた」という失態に動揺し、それをどう誤魔化すか考えた結果、テンパりすぎて「相手を共犯に仕立て上げて口を封じる」という最悪の暴挙に出たのだ。
思考回路が完全に「追い詰められた小物チンピラ」のそれである。
ここで断れば、パニック状態の魔法少女に何をされるかわかったもんじゃない。俺は深く、深く、人生最長レベルの溜め息をつき、ガックリと頭を垂れた。
「…………分かったよ。やればいいんだろ、協力」
「ぐへへ……最初から素直になれば良いんだよ。な?」
刹那は勝利の笑みを浮かべて見せたが、その口元は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
「(た、たすかったぁぁぁ……! これで報告書には『現地の情報屋を確保』って書けば誤魔化せる……!)」
「(その心の声、ダダ漏れだぞ…)」
屋上での「脅迫」という名の強引なスカウト交渉がようやく終わり、俺が死んだような顔で協力を承諾すると、刹那はようやく正気を取り戻したらしい。ぐるぐるとパニックで回っていた目も元の位置に戻り、いつもの獲物を狙うような鋭い眼光が復活する。
彼女は、パンパンと制服のスカートに付いたコンクリートの埃を払いながら、改めて俺に鋭い視線を向けた。
「いやーお互い話の分かるやつで良かったな!んで……。改めて聞くけど、オメーの名前は?」
俺は一瞬、偽名を使うべきか迷った。だが、現役の生徒としてこの学校に通っている以上、出席簿を見れば一発でバレる嘘をつくのは、逆に不審を煽るだけだ。俺は腹を括って、本名を名乗った。
「……辰宮 才牙」
「は?」
刹那の眉がピクリと跳ね上がった。
「……さいか?」
屋上の空気が、再びマイナス百度まで凍りつく。まずい。発音が似すぎている。漢字は違えど、耳に入ってくる音は、今まさに彼女が血眼になって探している「あのガキ」そのままだ。名前の響きだけで、俺が『さいか』本人であることがバレる事は無いだろうが余計な詮索されるのもマズい――!?
「さ・い・が! 『が』だ! 濁点の『が』だよ! さいかじゃねえ、さいがだ!!」
「…………ああ、さいが、な」
刹那は溜めていた息を大きく吐き出し、これ以上ないほど露骨に胸をなで下ろした。
「驚かせんじゃねーよ。あのクソガキ(サイカ)と同じ名前かと思って、と同じ名前かと思って身構えちまったじゃねーか、紛らわしいんだよ」
「はー……こっちはいい迷惑だ。そのせいで変な勘ぐりをされる身にもなれ。……だいたい、そんな名前だけで疑うとか、お前パニくりすぎだろ」
「がはは! 違げぇねぇ! 確かにそうだな。すまんすまん、変なところで運命感じちまったわ!」
刹那は豪快に笑い飛ばすと、ニカッと白い歯を見せた。さっきまで俺を殺そうとしていた殺気はどこへやら、その笑顔はどこまでもカラッとしていて、嫌になるほど屈託がない。
「じゃあ、オメーのその『迷惑』を晴らすためにも、早くクソガキ捕まえねーとな! この俺様が直々に引導を渡してやるよ」
「……ああ、そうだな(絶対捕まるわけにはいかねえけどな)」
利害が完全に不一致なまま、俺たちはスマホを取り出した。 「協力者」としての連絡手段を確保するためだ。 QRコードを読み込み、連絡先を交換する。
画面に表示された『佐藤優依』という文字が、この奇妙な関係の現実味を否応なしに突きつけてくる。
「よし、登録完了っと」
スマホをポケットに放り込むと、刹那は屋上のドアに手をかけた。そして、思い出したようにニヤリと振り返る。
「じゃー、またあとでな、相棒! ……あっ、そうそう」
彼女は人差し指をピシッと立てて、俺に最後の釘を刺した。
「教室に戻って『佐藤優依』の時は、読書好きでお淑やかな、誰もが羨む深窓の美少女を演じてんだ。……だからよ、あんまり気軽に声なんてかけんじゃねーぞ? キャラがブレるからな!」
「…………」
俺は半眼で、文字通り白い目で彼女を見つめ、投げやり気味に答える。
「……はいはい。わかったよ」
(自分で美少女言うな、恥ずかしくねえのかよ……。まぁ、そのツラだけは、悔しいが確かにそうだけどよ……)
刹那は満足げに大きく頷くと、ドアを開け、一瞬にして「地味な転校生」の気配に塗り替わった。もはやさっきまで吠えていた魔法少女の影はない。そのままスルスルと階段へ消えていった。
屋上に残されたのは、俺と、そして足元に転がっている砕けた金ピカのサングラスだけ。俺は大きく溜め息をつき、どんよりとした曇り空を見上げた。
「……前途多難なんてレベルじゃねえだろ、これ」
こうして俺は、「サイカ(自分自身)を捕まえるための、現地協力者」として、自分を追う魔法少女と奇妙なコンビを組むことになった。
世界広しといえど、自分がターゲットである捜索に、自分自身が協力するという地獄のマッチポンプに陥っているのは俺くらいだろう。
俺の望んでいた「平穏な学園生活」は、屋上に吹き抜ける乾いた風と共に、粉々に砕け散ったのだった。




