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第104話 VSソル・アルバレス・ロハス.1

一瞬、その場の異様な空気に呑み込まれそうになったソルだったが、戦士としての経験が彼女を即座に現実に引き戻した。隣で狼狽えるミネルヴァに向け、鋭い声を投げかける。


「ミネルヴァ、呑まれるな! はったりだ。こいつは首にアンチマジックカフスを付けられ、車椅子に完全に拘束されている。魔法が封じられたガキに、何ができるというのだ!」

「そ、そうよね……。逃げ場なんて、どこにもないはずだわ」


ソルの言葉に、ミネルヴァは縋るように頷いた。

魔法少女の魔力を根源から封じ、物理的にも強固な革ベルトで固定されている以上、抵抗など論理的に不可能なはずだ。


だが――。


――ゴキッ、バキッ、ゴリッ。


静寂のトンネルに、耳を疑うような生々しい「肉と骨の音」が反響した。


「……え?」


ミネルヴァとソルの目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。

車椅子の固定具に締め付けられていた『さいか』の手首が、あり得ない角度に折れ曲がる。……いや、自ら関節を外し、脱臼させたのだ。


するりと、まるで骨のない蛇が皮を脱ぐように拘束をすり抜け、自由になった小さな手が宙を舞う。

椅子から音もなく立ち上がった影は、何事もなかったかのように「ガコン、ゴリッ」と肩や手首の関節を力技ではめ直した。

そして、首に嵌められたアンチマジックカフスを忌々しげに指で弾いた。


「……流石に、こいつ(首の輪)だけは関節外してどうこうって訳にはいかねーか。構造的に無理だな」

「「…………っ!」」


絶句する二人。

凄まじい激痛が走るはずの所作を、瞬き一つせず平然と行ってみせた。そのあまりに手慣れた「脱獄」の所作は、到底子供のそれではない。


「離れていろ、ミネルヴァ!!」


ソルが瞬時にミネルヴァを背後に追いやり、腰のホルスターから二丁の双銃を抜き放った。黒光りする銃口が、小さなターゲットを正確に捉える。


「おい、子供。……大人しく椅子に戻れ。今ならまだ、手荒な真似は止めてやる。……命を無駄にするな」


「さいか」は、ソルの警告を鼻で笑い、完全に無視してミネルヴァへと視線を向けた。


「なあ、お姉ちゃん。……あんた、こいつ(首輪)の『鍵』持ってるか?」

「き、貴様ッ!! 立場をわかっているのか!? 魔法が封じられ、肉体強化も使えない状態で、何ができるというのだ!!」


無視された怒りと、未知のプレッシャーに対する防衛本能。

ソルが引き金に指をかける。魔力を供給せずとも、彼女の双銃は物理的な火薬によって十分に人の命を奪う殺傷能力を誇る。


めんどくさそうに、才牙の目線がゆっくりとソルへと移った。


「……あー、うるせえな。話の腰を折るんじゃねえよ」


その瞳に宿るのは、底冷えするような戦闘狂の輝き。


「わかったよ。……とりあえず、騒がしいコイツから片付けるか」

「舐めるなよ……ガキッ!!」


ソルの全身から、爆発的な魔力が噴き出した。

アンチマジックカフスを付けられた無力な幼女に、ここまで舐めきった態度を取られるなど、スペイン代表としての誇りが許さない。放たれた殺気に、背後のミネルヴァが血相を変えて割って入る。


「ちょ、ちょっと、ソル! 殺しちゃダメよ! その子は重要な情報を握っているんだから!」

「わかっている! ……死なない程度に、その生意気な手足をへし折ってやるだけだ!」


魔力による『身体強化』。

常人を超越した速度と筋力を得たソルが、一瞬で距離を詰め、その鋭い拳を、さいかの顔面へと叩き込む。銃を使うまでもない、ただの暴力による圧倒的制圧。


だが。


「……なんだそりゃ。」


――流れるような、円の動き。


さいか(才牙)は、まるでソルの攻撃軌道が最初からそこにあると知っていたかのように、最小限の動きでその腕を掴んだ。

強化された筋力による「剛」の力を、合気や柔道の要領で「柔」へと受け流し、自身の小さな体を支点に、ソルの巨体が持つ遠心力をそのまま上乗せする。


「なっ……あ……!?」


天地が逆転する。

自慢の魔力強化が仇となり、制御を失ったソルの巨体は、凄まじい勢いで冷たい床へと叩きつけられた。


ドォォン! と、トンネル内に重苦しい衝撃音が響く。

投げられた衝撃と、信じがたい「技術」の前にソルが動揺した、その刹那。

立ち上がる隙すら与えず、さいかの小さな拳がソルの鳩尾みぞおちに、一点の迷いもなく深々と突き刺さった。


「……ぐ、はっ……ふ……っ!?」

「身体強化がねーから、今の俺にパワーはねえ。……けどよ、急所ってのは、的確に芯を捉えりゃ、大人だろうが魔法少女だろうが、クソ痛えだろ?」


才牙は冷徹に言い放つ。

魔力を封じられた不自由な体。だが、相手のベクトルを利用し、防御の薄い一点を正確にぶち抜く。それは魔法でも超能力でもない、数多の修羅場と喧嘩の果てに辿り着いた、極限の「武術」だった。


「な……舐めるなあああああ!!」


ソルが屈辱に顔を真っ赤に染め、強引に力でねじ伏せようと腕を伸ばす。

だが、才牙はその懐に滑るように潜り込み、再びソルの重心を根こそぎ奪い取った。


――二度目の、豪快な一本背負い。


「ぐあああああッ!!」


背中からコンクリートの床に沈み、肺の空気を強制的に吐き出させられるソル。

さいか(才牙)はその上に悠然と仁王立ちし、地に這う獲物を見下ろすような、獰猛な笑顔を浮かべた。


「おいおい、どうした? さっきまでの威勢はどこへ行ったんだよ」


首元の拘束具カフスを鎖ごとジャラリと鳴らし、才牙は不敵に挑発する。


「そんなんじゃ、ガキ一人捕まえられねーぞ。……ほら、立てよ。それとも、スペインの魔法少女ってのは、床の掃除が専門なのか?」

「…………ッ!!」


床に這いつくばるソル。

その光景を、ミネルヴァは震える足で、信じられないものを見るかのように凝視していた。


(……あり得ない。アンチマジックカフスを付けているのよ!? 肉体強化も、予知も、空間遮断も……すべての魔力供給は遮断されているはずなのに!! なぜ、ソルが子供に遊ばれているの……!?)


屈辱に顔を歪めたソルが、ついに腰の双銃を抜き放った。黒光りする銃口が、小さな少女の眉間を冷酷に捉える。その剥き出しの殺気に、ミネルヴァが悲鳴のような声を上げた。


「ソル!! やめなさい!!」

「黙ってろミネルヴァ。……ガキ、調子に乗るな。これが最後のチャンスだ。大人しく頭を垂れて椅子に戻れ。今なら、これ以上の手荒な真似はしないで『見逃して』やる」


銃口を突きつけられてなお、『さいか(中身:才牙)』は怯えるどころか、愉快そうに口角を釣り上げた。


「……いよいよ、丸腰のガキ相手に鉄砲まで持ち出したのかよ。プライドもクソもねえな、スペインの魔法少女様よぉ」

「……貴様ッ!!」

「あ、貴方も煽らないで! 本当に死ぬわよ!!」


必死に止めるミネルヴァを無視して、才牙は一歩、また一歩と死の射程へと踏み込む。


「折角銃を抜いたんだ。勿体ねえから撃って来いよ? それともなんだ、引き金も引けねえほど度胸がねえのか?」


――パァンッ!!


乾いた破裂音がトンネルに反響した。

ソルの放った魔道弾が、さいかの頬を掠め、背後の壁を穿つ。幼い肌に赤い筋が走り、一筋の血が滴り落ちた。


「きゃあ!! ソル、なんてことを!!」

「……私は本気だぞ。これ以上無駄口を叩くなら、次は外さない。分かったら――」

「……良いぜ。撃って来いよ。次は外すなんて無駄な心配、すんじゃねえぞ?」


頬を拭い、指先についた血を眺めながら、才牙の瞳がさらに鋭くぎらついた。その圧倒的な威圧感に、ソルは逆に冷静さを取り戻していく。


(……ふん、撃てないとでも思ったか。魔力を極力抑えれば死にはしない。あの舐め腐ったガキの口を、力ずくで黙らせてやる!)


「……その減らず口、二度と開けないようにしてやる。『ディス』ッ!!」


――パァンッ!!!


ソルの魔力が込められた、鋭く赤い弾道が放たれる。

回避不能の至近距離。魔力は極限まで絞られてはいるが、当たれば間違いなく重傷は免れない。ミネルヴァは恐怖に目を逸らした。


しかし。


――スッ。


「「!?」」


それは、戦士の常識を覆す光景だった。

さいかは、まるで弾丸の軌道をあらかじめ知っていたかのように、最小限の予備動作で首をわずかに傾け、弾丸を完全に回避したのだ。


アンチマジックカフスによって魔力は封じられている。

『未来予知』も『空間遮断』も、魔法としての機能は一切発動できないはずの状況で、彼女は「物理的」に魔道弾をかわしてみせた。


驚愕に染まり、思考が完全に硬直したソルとミネルヴァ。

そのわずかな隙を逃すほど、数多の死線を潜り抜けてきた伝説の喧嘩屋は甘くない。


弾丸を避けた勢いを殺さず、そのままの動きで、さいか(才牙)は一瞬にしてソルの懐へと、影が滑り込むような速さで潜り込んだ。

魔力による強化はない。だというのに、その踏み込みの鋭さは戦士であるソルの目にも異常に映った。


全体重を乗せた、捻り込むような鋭い一撃。

それが再び、ソルの鳩尾へと正確無比に突き刺さる。


「うぐぁっ……!! ごほっ、は……っ!!」


今度は先ほどのような手加減はない。呼吸を完全に止められ、絶望的な酸欠状態に陥ったソルが、その場に崩れるように膝をついた。

その手から溢れた二丁の双銃は、持ち主の敗北を告げるように無残に床を滑り、乾いた音を立てて遠ざかっていく。


静まり返った隔離エリア。

そこに響くのは、幼女の愛らしい肉体から放たれるにはあまりに不釣り合いな、低い「怪物」の笑い声だけだった。


「言っただろ。パワーはねえが、急所はいてえんだよ。……魔法に頼りすぎて、自分の体の使い方も忘れたか、スペインの魔法少女さんよぉ」


才牙は、冷徹なまでの勝利者の瞳で彼女を見下ろした。

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― 新着の感想 ―
これまでの鬱憤を晴らすかの様な才牙の大活躍! まさか仲間から切り離し、人の目を無くすことで中から猛獣が出てくるとは予想もつきませんよね。 しかも魔法を封じてるのに!
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