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第101話 四人目の魔法少女

WMO総本部、最上階。

事務総長ガブリエル・ハミルトンの執務室は、巨大な窓から差し込む夕陽によって、燃えるような朱色に染まっていた。


ガブリエルは窓を背にし、沈みゆく陽光を浴びながら、今日という一日がもたらした「果実」の報告を待っていた。やがて、静かなノックの音が響き、彼の有能な補佐官であるミネルヴァが姿を現した。その手には、研究局から回されたばかりの、まだ熱を帯びているかのような報告書が握られている。


「お待たせいたしました、総長。本日の日本支部・最重要検体に関する検証結果です」

「……聞こう。結果はどうだった?」


ガブリエルの声は静かだが、その奥には隠しきれない期待と、冷徹な政治家としての警戒が混ざり合っていた。ミネルヴァは報告書を開き、淡々と、けれど要点を突いた口調で読み上げ始める。


「まず、隔絶魔法『空間遮断』について。……驚異的な結果です。研究局の収束魔導砲、その出力段階4による連続射出を十発受けてなお、結界は無傷。魔力波形の乱れすら観測されなかったとのことです」

「…………」


ガブリエルは、わずかに目を細めた。


(出力4を、十発だと……?)


それがどれほどの数値か、組織の頂点に立つ彼が理解できないはずがない。だが、それが逆に仇となり、彼が手渡されたその数値ですら、アナスタシア・ルナが「無許可で行った、やりすぎ検証を隠すため」に、意図的に過小報告(隠蔽)した偽りの記録であることには、気づく由もなかった。


「想像以上だな。出力4を十発受けて無効化か……。流石は『隔絶魔法』という看板を背負うだけのことはある。これならば、対A級、あるいはそれ以上の脅威に対する決定的な『盾』になりうる。……では、もう一つの『未来予知』の方は?」


ガブリエルの問いに、ミネルヴァはわずかに声を落とした。


「……そちらに関しては、今回は一度も発動が確認されなかったとのことです。身体強化を禁じた状態での回避試験においても、被弾率は百パーセント。予兆を検知する素振りも見られなかったと報告されています」

「……そうか」


ガブリエルは椅子に深く腰掛け、組んだ指の上に顎を乗せた。室内に、重苦しい沈黙が流れる。


「……総長、どう思われますか? 『未来予知』に関しては、日本支部の誇大広告……あるいは、単なる偶然の産物であった可能性も否定できませんが」

「……いや。公表している以上、日本支部が――あの慎重な水鏡支部長が、あからさまな虚偽を報告するとは思えん。それによるリスクとメリットが釣り合わないからな」


ガブリエルは、窓の外で影を伸ばす総本部の街並みを見つめた。


「おそらく、日本支部ですら『発動条件』を完全には把握できていないのだろう。……奇跡とは往々にして、解析しようとした瞬間に指の間から零れ落ちるものだ。……だが、あの『空間遮断』が本物である以上、彼女が特別な存在であることに変わりはない」

「左様でございますね。アナスタシア局長も、引き続きデータの収集が必要だと強く主張しております」


朱に染まっていた執務室の窓も、今は深い夜の闇を映し出している。

事務総長ガブリエル・ハミルトンは、手元の古い硬貨を指先で弄びながら、補佐官ミネルヴァが投げかけた「懸念」を受け止めていた。


「……事務次官、ソフィア様の意見を照らし合わせても、今回のA級アンヴァーの件は……」

「ほぼ報告通りということだな。あまりにもタイミングが良すぎるが、奇跡とは得てしてそういうものかもしれん。……だが、懸念はある」

「というと?」


ミネルヴァが身を乗り出す。ガブリエルは窓の外、点在する総本部の光を見つめたまま、重く低い声で続けた。


「今回のA級アンヴァー、コードネーム『大鯨』。……これにS級アンヴァーの特徴である『会話』の形跡があったのは事実であろう。ともすれば、それが単なる強力な個体ではなく、文字通り人類を脅かす上位存在であったことは明白だ」

「……そう……ですね……」

「それに立ち向かったのは、わずか三人の魔法少女。それも記録によれば、トドメを刺したのは『例の少女』一人だ。……普通に考えれば、にわかには信じられない話だな」


ミネルヴァは唇を噛んだ。報告書にはそう記されており、現場の映像記録にも、他の魔法少女の介入は一切確認されていない。物理的な事実は、彼女一人でS級の片鱗を見せる怪物を屠ったと告げている。


「……時に例の少女だが。単独でA級を討伐し、その直後に保護されたとあるが、実際にはその後、日本支部から逃走している」

「支部から、ですか……!?」


ミネルヴァの顔に驚愕が走った。魔法少女の管理施設である支部は、厳重なセキュリティと対魔力障壁で守られた要塞も同然だ。そこに入り込んだ子供が、外部の助けもなく、たった一人で「逃走」するなど、不可能を通り越して笑い話に近い。


「物理的な脱出経路は確認されていない。……考えられるのは、ただ一つ」

「……『転移魔法』」

「そうだ。もし、あの幼女自身か、あるいは彼女を支援する者が、対象を遠隔で、あるいは座標指定で移動させる『転移』の隔絶魔法を持っているとしたら……」


ガブリエルの瞳が、鋭い光を放った。彼の脳内では、論理的な思考が恐ろしい仮説を組み立てていく。


「あの場に、『四人目の魔法少女』がいたとするなら、すべての辻褄が合う。……その四人目が影から支援していたとしたら? ……それこそが、日本が隠し持つ真の切り札」

「……姿を見せず、転移によって戦場を支配し、幼女という隠れデコイを使って総本部の目を眩ませる……。それが、日本の『真の切り札』ですか」


ミネルヴァの背筋に、冷たい戦慄が走った。

ガブリエルは窓ガラスに映る自身の冷徹な瞳を見つめたまま、静かに言葉を繋いだ。


「あの不可解な報告、日本の意図、そして『四人目の魔法少女』の存在。……その答えのすべてを知っている人物が、ただ一人だけいる」

「……っ、それは……」

「あの幼い少女だ。その『第四の魔法少女』が実在し、裏で糸を引いているとするならば、表舞台に立たされているあの幼い魔法少女と必ず繋がっているはずだ。……であれば、我々がやることは一つだ」


ガブリエルの言葉に、ミネルヴァは表情を強張らせた。

それは、同盟国である日本支部が最重要検体として保護している『さいか』を、支部の頭越しに直接、心理的・政治的な包囲網に置くことを意味していた。


「しかし総長、それは少々手荒すぎませんか? 事と次第によっては、日本のみならず他の国からの非難も免れません。条約違反スレスレの行為です」

「S級アンヴァーの片鱗が現れた以上、世界(事)は急を要する。それに、今は都合よくあの子がこちら(総本部)にいるのだ。地の利はこちらにある」


ガブリエルはゆっくりと振り返り、不安を隠しきれない有能な補佐官に向けて、ふっと柔らかく、それでいて一切の反論を許さない絶対者の微笑みを向けた。


「安心しろ。何も拷問室へ連行するわけではないし、手荒なことをするつもりもない。……ただ、少し”お話”をするだけだよ、ミネルヴァ」


それは、紳士的な皮を被っただけの、恐ろしい宣告だった。

世界の魔法少女の頂点に立つ男が、一人の幼女の背後に潜む「真実」を暴き出すために、逃げ場のない「お茶会」をセッティングする。その対峙において、相手が幼い子供であることは、ガブリエルにとっては好都合でしかなかった。子供の無邪気さこそが、最も隙の多い「情報の出口」になるからだ。

ミネルヴァは小さく息を呑み、自らの感情を完全に殺して、影のように深く頭を下げた。


「……仰せのままに、事務総長ガブリエル・ハミルトン様」

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