表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/105

第99話 研究局と狂人(三日目)

郊外に位置する研究局直轄ラボ。そこは「魔法」という名の奇跡を、数式と回路に落とし込むための、世界で最も冷徹かつ情熱的な場所だった。

何重もの生体認証をパスし、幾つもの重厚な隔壁を越えて辿り着いたその空間には、巨大なカプセルの中で脈動する魔力結晶や、所狭しと観測モニターが並んでいる。


「なつかしいわぁ。うちの隔絶魔法『アンヴァー探索』も、昔ここで解析してもろたんよ。おかげで魔法科学として、今や世界中の拠点で使われるようになったんやから」


雅が感慨深そうに施設を見渡す。その言葉に、日本で「現場」の戦いしか知らなかった刹那と風香は、改めて総本部の圧倒的な技術力に気圧されていた。


「……魔法を科学的に発動させるなんて、凄いですぅ。私なんて、いつも『えいっ』て気合で出してるだけなのに……」

「全くだ。自分たちでさえ感覚でやってるもんを、よくもまあ解明できるもんだぜ。……なあ、ガキンチョ。お前も変な機械に入れられないように気をつけろよ?」

「んー? きらきらしてるー!」


呑気に装置の点滅する光を追いかける『さいか』。そんな一行の背後から、影のように、しかし圧倒的な存在感を放つ声が響いた。


「ふふふ。そこで重要となるのが、皆から買い取っている『魔法ポイント』なのさ。魔力の残滓、戦闘のデータ……それらすべてが我々の科学の糧となる」

「「ッ!?」」


いつの間にか、数人の助手を従えた研究局長アナスタシア・ルナが、すぐ背後に立っていた。バサリと白衣を翻し、眼鏡の奥で知性の光――というよりは「獲物を定める捕食者」のような鋭い瞳をぎらつかせている。


「局長自らお出迎えとは……。本日はよろしゅうお願いします、アナスタシアはん。……あの、念のため言うときますけど、この子らの解剖だけは勘弁していただけますやろか……?」


雅が引きつった笑顔で釘を刺すが、アナスタシアはクスクスと肩を揺らした。


「雅君、君は本当に失礼だね! 私がいつ、承諾なしに生きたままの人間を解剖したというんだい? 君の解析の時だって、皮膚を数ミリ、血液を数リッター、あとは精神の構造を少し覗いただけじゃないか!」

「……それが普通の人には『解剖』レベルの恐怖なんですわぁ……」


研究局長、アナスタシア・ルナ。彼女の指揮のもと、日本支部の魔法少女たちは白衣という名の「検体服」に着替えさせられ、総本部地下に広がる広大な実験場へと案内された。


今回のラボ訪問の主目的は明確だ。

一つ目は、風香が発現させた「対空中アンヴァー用・広域デバフ」と「味方への爆発的バフ」の効果検証と、その魔法科学による疑似再現性の確認。

二つ目は、『さいか』が日本防衛戦で見せた、A級アンヴァーの猛攻すら無傷で弾き返した『空間遮断結界』の耐久実験である。


「よし、まずは風香君。……君のその『羽』と『風』を、全力で見せてくれたまえ」

「は、はいぃっ……! い、いきます!」


風香が実験場の中央で杖を構える。撮影の疲労は残っているものの、杖を握れば透き通るような魔力が放出され、彼女の背に巨大な光の羽が顕現する。

同時に、実験場内に疑似的に発生させられていた飛翔型の標的ドローンたちが、まるで見えない泥沼に捕らわれたように動きを鈍らせ、次々と床へ墜落していった。


その光景を、アナスタシアは無数のモニター越しに食い入るように見つめ、高速でタイピングする助手たちに指示を飛ばしながら分析を口にする。


「うーん……素晴らしいね。風香君のデバフの正体は、大気そのものを操作しているわけではない。……空中に満ちる『風』、もとい『魔力素』を含んだ気体に、魔力によって強烈な【粘着性と質量】を付与している。さらに『気体』に触れた物の飛行魔法の術式に強制干渉ジャミングを行っているようだね。これでは、生半可な飛行アンヴァーは浮力と推進力を奪われ、文字通り『墜落』するしかない」

「……私、ただ『落ちろぉ!』って念じてるだけなんですけど……」


本人の「気合」という曖昧な感覚を、数式レベルで解体していくアナスタシアの目は、完全に狂気と知性のハイブリッドだった。


「そして味方へのバフ効果の方は、その真逆だね。対象の周囲の空気抵抗をゼロに近づけ、発動時に生える『羽』から魔力的な推進力を直接ブーストさせている。……なるほど、あれだけの速度で刹那君が動けたのも納得だ」


観測室では、刹那は腕を組み「理屈はともかく、使い勝手は悪くなかったぜ」と鼻を鳴らす。

しかし、アナスタシアは顎に手を当てて深く思案する素振りを見せた。


「……だが、問題は魔力消費量だ。どちらの魔法も、大気そのものに干渉する以上、暴力的なまでの魔力を必要としている。風香君のその『精霊の契約者』と呼ぶにふさわしい魔力タンクがあってこそ成立する魔法だね。……魔法科学として機械的に再現することは可能だろうが、実戦配備のコストパフォーマンスという意味では、現段階では厳しすぎる」

「……それは、残念ですぅ。」


風香がしょんぼりと羽を収める。だが、アナスタシアの目は死んでいなかった。


「ふふふ。だが、収穫は十分にあるよ。……『推進力の増加』という機構だけなら、魔力を抑えた出力ブースターとして、現行の魔導バイクや飛行ユニットに応用できそうだ。風香君、君のデータは、世界の魔法兵装を一つ上のステージへ押し上げるよ」

「ほ、本当ですかっ! やったぁ、少しはお役に立てたんですね!」


実験場内では、アナスタシアの指示のもと、迅速かつ緻密なデータ収集が進められていた。風香の特異な魔法には、即座に研究局公式のコードネームが与えられる。


『エアリアル・ドミニオン(空域の支配)』:広域空力粘着デバフ。

『エアリアル・ドライブ(空域の疾走)』:自己・他者への空気抵抗排除バフ。


「いいよ、風香君! そのまま維持だ。一回の発動における有効半径、および魔力の減衰率を測定する。……助手! センサー感度を上げろ、彼女の『羽』から出る魔力の粒子一つも見逃すな!」


風香が必死に杖を掲げ、実験をこなす傍ら。

アナスタシアの瞳には、既に別の「獲物」が映っていた。彼女はゴクリと喉を鳴らし、獲物を前にした獣のような、あるいは未知の真理を渇望する巡礼者のような、危うい熱を帯びた笑みを浮かべる。


「ふふふ。それじゃあ、さいか君。いよいよ……本命といこうか。君のその『空間遮断』、見せてもらえるかな?」

「ん? いいよー!」


『さいか』は、お菓子を飲み込んだ口元を袖で拭うと、なんでもないことのように承諾する。

試験室を移動し、中央に精密な観測用の多目的プローブを設置する。アナスタシアから「プローブを囲うように展開してほしい」と頼まれると、幼女は首を傾げた後――


――パチン。


短く、小気味よい音を立てて指を鳴らした。その瞬間、観測用プローブを取り囲むようにして、淡い虹色の光が走った。

それは、どこか儚げな、シャボン玉の膜のような薄い障壁。しかし、それが展開された直後、制御室内のモニター群が、一斉に「異常」を知らせるアラートを叩き出した。


「…………なっ!?」


アナスタシアがコンソールに身を乗り出す。その眼鏡の奥の瞳が、驚愕で見開かれた。


「観測機から……何のデータも得られない。いや、視認はできている。そこにあるのは確かなのに……。重力、熱量、電磁波、そして魔力反応。あらゆる走査スキャンが、あの膜に触れた瞬間に『消滅』している……!?」


それは、単なる強固な壁ではない。

そこに存在するはずの空間を、世界の物理法則のネットワークから完全に切り離し、文字通り「なかったこと」にしている――絶対的な拒絶の証明だった。


「あはは……。いやー、不思議ですよねぇ。うちも初めて見た時は、自分の目が腐ったんかと思いましたわぁ」


雅が、冷や汗を流しながらも「いつものことですよ」という風を装って、扇子で口元を隠す。内心では「(……やっぱりエグい。総本部の最新鋭機でも、指一本触れられへんのか)」と、改めて『さいか』という存在の異質さに戦慄していた。


「素晴らしい……。素晴らしいよ、さいか君!!」


絶望的なデータの沈黙を前に、アナスタシアはむしろ狂喜に満ちた叫びを上げた。彼女は震える手でモニターを愛撫するように触れ、恍惚とした表情を浮かべる。


「視認できるのに隔離されている……。物理的な接触を一切許さず、情報すらも遮断する。……これは『盾』なんて生易しいものじゃない。……文字通りの【不可侵領域】だ!!」


アナスタシアはバッと振り返り、助手に叫んだ。


「総員、フェーズ2へ移行!! 最大出力の収束魔導砲を準備しろ! この『虹の膜』が、どれだけのエネルギー干渉に耐えられるのか……その限界点を見極めるんだ!!」

「「は、はいッ!!」」


実験場の空気は、さらに緊張感を増していく。アナスタシアの指示により、試験室の奥から巨大な砲身がせり上がり、重厚なチャージ音と共に魔導砲が発射準備へと取り掛かった。

まずは「出力1」。

B級アンヴァーの全力砲撃に相当する、一介の魔法少女ならば防壁魔法を粉砕されかねない一撃が、真空の実験路を突き抜けて虹色の膜に直撃した。


――しかし、結果は「無」だった。

衝撃音すら響かない。エネルギーの奔流は虹の膜に触れた瞬間、どこかへ吸い込まれるように消え去った。モニターに映し出される波形は、凪いだ海のように平坦なままだ。


「ふむ、まずは想定内だね。A級の攻撃すら防いだというなら、当然の結果だ。……次は飛ばして、『出力3』で行こう」

「か、かしこまりました!」


職員たちの手際よい操作により、即座に次なるチャージが完了する。「出力3」。先ほどとは比較にならない光の太さが虹色の結界を飲み込んだが、結果は先ほどと全く変わらなかった。観測機を取り囲む薄い膜は、微動だにせず、ただそこに在り続けている。


実験の緊張感が張り詰める制御室とは裏腹に、背後の観測スペースでは、この世のものとは思えないほど「ゆるい」光景が広がっていた。


「さいかちゃん、このクッキーも食べる? チョコチップが入ってるのよ」

「ん! 食べる! おねえさん、ありがとー!」

「あらぁ、なんてお行儀がいいの……! もっと持ってくるわね!」


本来なら厳格であるはずの総本部の研究員たちが、もはや実験そっちのけで『さいか』を囲み、デレデレになりながらお菓子を与えている。

『さいか』はふかふかの椅子に座り、足をパタパタさせながら、遠隔で維持している自分の結界が撃たれている光景を、まるで他人のニュースでも見るような目で見つめていた。

刹那は、お菓子に囲まれて堕落しきっている『さいか』を見て呆れ果てていたが、ふと前方のモニターに映る「出力3」を無効化したデータを見て、雅に素朴な疑問をぶつけた。


「……雅さん。あの魔導砲ってのは、具体的にどのくらいの規模なんすかね? さっきから局長があんなに鼻息荒くしてるってことは、相当なんだろうけどよ」

「うーん……。うちは現場主義やからなぁ、学術的な数字はわからへんけど……」

「『5』は、A級アンヴァーの全力砲撃と同等だよ」


振り返りもせず、アナスタシアが淡々と答えた。その言葉に、刹那と風香の背筋に冷たいものが走る。


「「A級……」」

「……ま、マジかよ。それ、もし防げなかったらここごと吹き飛ぶんじゃねーの!?」

「そのための二重防壁シールドだよ。それに……」


アナスタシアは狂気的な笑みを湛え、観測機の周囲で優雅に揺らめく虹色の膜を見つめた。


「彼女なら、平気な顔で受け止めるんだろう? 4を経由する必要などない。……出力『5』で行く。全回路を最大出力で接続したまえ」

「し、しかし局長! 5段階の砲撃実験には事前許可が必要ですし、万が一防げなかった場合の周囲への余波が……!」

「”全部”・”今”・”局長である私が”許可を出した。これでいいだろう?」


アナスタシアの圧倒的な「圧」に、ベテランの職員たちも息を呑んで沈黙する。彼女の知的好奇心は、すでに官僚的なルールを完全に超越していた。


「は、はい……! 収束魔導砲、全励起を開始! 出力『5』、チャージ完了まで180秒!!」


実験場内、魔導砲の砲身が眩い青白さに発光し始める。空間が軋むような唸り音が響き、総本部の地下深くにある膨大な魔力貯蔵庫から、文字通り「街一つを更地にする」エネルギーが一本の砲身へと凝縮されていく。


「――全システム、グリーン。……発射まで、10秒前!!」


魔法科学の粋を集めた究極の「矛」と、正体不明の幼女が展開する絶対の「盾」。いよいよ、その激突の瞬間が訪れようとしていた。


――ズガァァァァァァンッ!!!


実験場を震わせる轟音と共に、出力『5』の収束魔導砲が放たれた。A級アンヴァーの攻撃と同等とされるそのエネルギーは、純白の閃光となって真空の空間を突き進み、観測機を守る「虹色の膜」へと激突した。


あまりのまばゆさに、制御室の職員たちは一斉に腕で目を覆う。刹那も、そして雅でさえも「ヒッ」と声を漏らして目を細めた。ただ一人、ちゃっかりと特殊な偏光ゴーグルを装着していたアナスタシア・ルナだけが、食い入るようにその衝突の瞬間を見届けた。


やがて、閃光が徐々に収まっていく。焦げたオゾンの臭いと、空間に残留した魔力の余波が制御室のガラスをビシビシと鳴らしていた。


「な……」「嘘、だろ……?」


光が完全に晴れた後、職員たちが息を呑む音が重なった。

そこには、何の影響も受けた様子のない――本当に、表面の虹色の揺らめき一つ変わっていない――シャボン玉のような薄い膜が、変わらず観測機を守り続けていた。モニターに表示される内部の観測機のデータは、依然として「完全な無(遮断)」。A級の砲撃は、この薄皮一枚の障壁を、ただの「光のショー」へと貶めたのだ。


「………………」


沈黙。アナスタシアはゴーグルを外し、微動だにせず考え込んでいた。その表情は、絶望でも驚愕でもなく、未知の難問に直面して血を滾らせる研究者特有の「狂気」に染まっている。

研究員たちは、その結果に騒めいている


「……信じられない。エネルギーの相殺でも、反射でもない。完全に『なかったこと』にしている……!!」


そしてアナスタシアは、まるで神の領域を覗き見してしまったかのように、その場に立ち尽くしていた。しかし、絶望など微塵もない。彼女の口から飛び出したのは、周囲の全職員を凍りつかせる暴論だった。


「……今、このラボで使える魔導砲の数は?」

「……え?」


主任研究員が、間の抜けた声を出す。あまりにも場違いな問いだった。


「聞こえなかったのかい? 今、何台の魔導砲を並行起動できるか、と聞いているんだ」

「え、ええと……バックアップを含めれば3台は即座にフルチャージ可能ですが……ま、まさかッ!!!」


職員の顔から血の気が引く。アナスタシアは、まるで「お茶のおかわり」でも要求するかのように、極めて冷静に宣言した。


「今すぐに、その3台を全基配置したまえ。……一斉掃射だ」

「局長ッ!!? それはダメです!! もし、万が一アレが破られたら、このラボはおろか、地上のD地区まで消し飛びますよ!!」


アナスタシアの瞳には、一切の躊躇がなかった。


「……これは、世界の法則に対する挑戦だ。私は、あの『虹色』の限界を知りたい。……全砲門を開け!!」


狂った王女の命令に従うほかなく、研究員たちが悲鳴に近い声を上げながら急ピッチで魔導砲の再配置と点検を進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
才牙は自分の意識をバリアで閉じ込めたのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ