老害とは何か
歳をとり、知識経験が蓄積し、老獪になると、若者に比べて世界をありのまま理解できるようになる。
より現実主義的になり、現実とはこういうものだ、それを受け入れたいかどうかではなく、受け入れざるを得ないものなのだ、という立場をとりやすくなる。
人は多かれ少なかれ理不尽な現実を年月を経て理解していくものだ。
飲み込めた現実の量の差が、そのままジェネレーションギャップとなって相互理解を困難にする。
一方で若者は、前へ進まなければならない。
あまり怖いことばかり考えていられない。
嘘でも希望をもって歩みを進める。
そのとき興味のあることに一生懸命尽くして生きる。
そして歳をとり、振り返ってみて、やはり希望は嘘だったと認め、傷つくことになる。
傷つけられた、と認知を歪め、モノを知らない若気の至りを嘆くと同時に、若者は現実を知らないと嘲るようになる。
生きることは怖い。
赤ん坊の笑顔に癒されるのは、生きることの素晴らしさを信じ切った顔をしているからだ。
自分だけでは疑ってしまう。
だから誰かに肯定してもらいたい。
苦しく、陰惨で、馬鹿馬鹿しい人の生き様をいくつも眺めているうちに、自分もまたその人と同じ種類の動物なのだと気づく。
自分は違う、特別であると思いながら、そうでないと動かない足を引き摺りながら、ただ前へ時間を進める。




