第191話 Confession
「…………」
俺は隣に座った篠森と目も合わせられず、ただ黙っていた。今は何時かもわからない。この公園に来て、どれ程に時間が経ったのかも。
「……ねえ、甲斐谷」
「どうした」
「さっきのメッセージ、どう言う事……?」
俺は「そう、だよな」と零す。
当然だ。
そんなのだけで伝わる訳がない。俺が謝っただけで、全部理解する訳が無い。
俺は言わなきゃならない。
「…………」
俺に。
「ごめん、篠森」
倉世の記憶は取り戻せないと言う事を。
「……あんなに、協力してもらったのに」
何も聞かずに、ただ俺の頼み事を聞いてくれたというのに。俺は、篠森に何も返せてない。
「……俺、は」
「うん」
篠森の目を見れない。
「俺は、倉世の記憶……を」
絞り出す様な声で「……取り戻せない」と告げる。
「……何があったの?」
その問いに対して、俺の心は楽になろうとして。気がつけば口は動き出していて、もう止められなかった。
「倉世の所まで……行ったんだ」
篠森に言いたくなかった。
倉世の記憶が失われた原因の事も、取り戻すまでの事も。
「でも、無理だった」
苦しかった。
先輩と悩んで、方法が見つからなくて。
考えつく全部が無くなっていって、これが最後だった。
「篠森には言ってなかったけど……」
学園祭の日に知ったんだ。
「倉世、三谷光正に犯されて記憶失ったんだ……それで、色んな事考えたよ。衝撃はダメだったし、呼びかけてもダメだった。記憶失う前の事も」
ダメだったろ。
俺が篠森に確認しても無言のまま。
「だから、この修学旅行……覚悟して来たつもりだった」
覚悟して、篠森の記憶を取り戻すつもりでいた。ずっと、そんな気でいた。先輩の制止の声を振り払って、俺は修学旅行に臨んだ。
「でも、昨日……水戸部が来て、やらなくて良かったってホッとしたんだ」
ラーメン食べに行って、それじゃダメだって蓋したつもりになって。
「俺……怖くなったんだっ」
心臓を掴まれる様な、喉の奥がひくつく様な。
「こんな事して、記憶が戻る保証なんてなくて……! 篠森の事も! オジさんとオバさんの事も! また、全部忘れて……俺が、台無しにするって思って」
それが怖くて。
「……甲斐谷」
呼ぶ声に、俺は「……ごめん」と弱々しい声で謝る。
「ごめん、篠森。俺、お前に応えられないよ……記憶、取り戻すって約束したのに」
そう言う話だったのに。
「俺には、出来ない……」
俺が精一杯の笑顔を見せようとして顔を上げた瞬間に。
「うぁっ……!?」
身体の正面から他の誰かの熱を感じた。
首の裏にまで。
「何、してんだよ……篠森」
抱きしめられてる。
首の裏に腕を回して、篠森が正面から俺を包んでいる。
「……甲斐谷、大丈夫だから」
柔らかい声で諭す様に。
「何言ってんだよ、何の話だよ……!」
突き飛ばす事はできない。
「ごめん、甲斐谷」
俺は篠森が何故こんな事をするかが分からない。
「何で、篠森が謝るんだよっ」
悪いのは俺だ。
勝手に苦しんで、無理だ、となって逃げ出して。後から馬鹿みたいに吐き出した、俺が悪い。篠森に責任はない。
「俺は……っ! 俺は! 責められる覚えはあっても、慰められる覚えなんて」
無い。
言い切ろうとして、篠森がより強く俺を抱きしめてくる。それが原因なのか。心の奥底から溢れ出てくる。
「っ……何で、こんな事」
何で、俺にこんな事してる。
「甲斐谷が、辛そうな顔してるから」
俺は、今どんな顔をしてる。
自分の顔は見えない。
きっと、碌でもない顔をしてるんだろう。
「寂しそうで、不安そうで」
だとしても。
俺に、男に、異性相手に。手を繋ぐと言うのなら、まだしも。
こうして抱きしめるなんてのは。
「それに……私」
俺の疑問は、届いていたのか。
俺が聞きたかった事は伝わっていたのか。
篠森の震える声が耳元で。
「甲斐谷の事が────」
────好き、だから。
囁く様に、篠森が言った。
空に解けていくような声量。俺の耳に微かに残る言葉。聞こえた声は本当にあったのか、と疑いたくなるほどだった。
「こんなタイミングでする事じゃない……と思うけど」
俺の身体を覆っていた熱が離れる。離れて篠森の顔が見えた。
顔は暗くてよく見えないがほんのりと赤くなっているように見える。
潤んだ瞳は少し伏せがちに。それでも俺の方を見てくる。
「私は……甲斐谷が、好きだから。それは本当だから」
俺は、その告白に。
「────ごめん」
答えられない。
今、その告白に答える事はできない。
「……うん。知ってる」
俺がこう答えるのを篠森は分かっていたと言う様に笑う。まるで気にしていない様に。
「よいしょ……っと」
篠森が俺から完全に離れて、ベンチから立ち上がる。
「ね、甲斐谷。ホテル、戻ろ」
直ぐに切り替える事などできない。
だから、俺は篠森の告白を断った。
倉世の記憶を取り戻せないのに、俺は倉世の事を忘れられない。倉世に対して抱いていた想いを忘れられない。
「ちょっと肌寒いし……」
「そう、だな」
秋の夜、風が冷たい。
俺も立ち上がり、篠森と並んで公園を出る。




