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第190話 口先だけの覚悟

 昼の自由行動が終わり、大阪にあるホテルに戻り、夕食まで済ませる。

 

「…………」

 

 そして、夜が来る。

 山邉とホテルを出る。

 外に踏み出した瞬間にカウントダウンを急激に意識する。

 少し離れた場所、辺りに俺たちを見ている人は居ない。ここなら、山邉と別れても問題はないだろう。

 

「じゃ、甲斐谷。後は頑張れよ」

「……ああ」

 

 邪魔は入らない。

 山邉のお陰だ。今日は水戸部が俺達に付いてきているという事はない。だから、ここから俺の計画が始まる。

 これ以上の延期はない。

 そもそも、これが最後のチャンスだ。

 だから。

 

「……やってやる」

 

 俺も。

 去っていく山邉を見送って、俺はポケットからスマホを取り出す。篠森に『俺の方は大丈夫だ』とメッセージを送れば『了解』と返ってくる。

 

「『ちょっと待ってて』……か」

 

 俺はスマホの画面から目を離し、夜空を見上げる。

 ここまで。

 ここまで巻き込んだ。

 知らせていないとは言え、こんなにも巻き込んだ。

 

「結果……結果だ。倉世の記憶を」

 

 取り戻さなければ。

 篠森にはそう言ったのだから。そう、言ってしまったのだから。確信は無かったというのに。それを嘘にしない為にも。

 

「…………」

 

 篠森から今、倉世が居る場所の情報と一人になっているという情報が送られてくる。走って向かった方が良いだろうと思っても、どうしてか身体が重い。

 気持ちが晴れない。

 

「記憶、戻すんだろ……!」

 

 これで。

 

「取り戻したいんだろっ」

 

 自分を励ます。

 なら、走れよ。そう言う様に。これではまるで、俺が倉世の下に向かうのを避けてる様で。

 

「早くしろよ、早く……」

 

 折角。

 こんな機会はもう二度となくて、これが最後で。それで全てが終わって。

 

「俺は」

 

 元通りを望んでいて。

 重たい足を前に進めて、俺は篠森が教えてくれた場所に向かう。

 そんな中で考えてしまう。

 

「でも……」

 

 先輩が言っていたのは可能性の話で、それをやろうと決めたのは俺で。

 それで、これは本当に倉世の記憶を取り戻せるのか。

 

「そんなの……っ」

 

 俺だって。

 

「違っ……止めろ。動け、今は動け」

 

 考えるな。

 こんな事をした所で。

 

「違う」

 

 否定する。

 頭の中に浮かび続ける可能性を。

 

「違う」

 

 考えるな。

 これで倉世の記憶を取り戻せる。取り戻せなきゃ、ダメだ。取り戻せなせれば、この世界は何処までも。

 

「…………っ」

 

 振り払って、前に進む。

 目を閉じて、蓋をして。そう思ってもしきれないまま。寧ろ、そう考えるほど俺の中で最悪が膨れ上がっていって。

 

「……倉世」

 

 そんな状態で、一人で居る倉世の近くまで来た。倉世は俺に気づいていない。

 

「…………」

 

 このまま、俺が倉世を襲えばこの計画は終わる。

 

「……ぁ」

 

 倉世を押し倒して、叫ぶ声を止めて。

 俺が。

 

「篠森、遅いなぁ」

 

 今だったら出来るんじゃないのか。

 俺は右腕を上げて、忍び寄ろうとして。

 

「……誰かいる?」

 

 振り返った倉世から、また、隠れた。

 

「……っ」

 

 倉世と顔を合わせない様にすると言うのが染み付いている。

 

「誰もいない、か」

 

 倉世の呟きが聞こえた。

 

「篠森、まだかな」

 

 一瞬、俺がこのまま計画を続行した場合の、続行できた場合のビジョンが見えた。

 倉世が苦しむ顔を想像してしまった。瞬間に、俺の心の中でポキリと折れる様な音がした。

 

「……あ、ああ」

 

 俺には、できない。

 これで記憶が取り戻せなければ、倉世を苦しめるだけだ。これで、もし。

 

「記憶が、また消えたら……」

 

 その可能性だって、俺は気づいていた。

 もし、記憶が消えたら。

 ここまで篠森が、オジさんとオバさんが再び積み重ねてきた全てを。俺が崩す事になって。

 そしたら、皆んな。

 そんな未来を考えて。

 

「…………」

 

 自分本位だと分かってる。

 でも、そうだろ。

 散々、味合わされてきてる。俺は、俺は結局。何処までも倉世を傷つける事を許容できない。

 

「出来る訳、ない」

 

 俺が倉世を避け続けていたのは、そう言う事なんだ。

 

「ごめん」

 

 俺は蹲って、吐き出す。

 倉世には気が付かれていない。

 

「……ごめんなさい」

 

 俺は、口先だけの覚悟で。

 覚悟を決めた様な顔をして、先輩にあんな事を言ったというのに。俺はこの手で倉世を傷つけられない。

 

「…………」

 

 準備は整っていて。

 俺がここまで来ることは決まっていた。ただ、俺は弱かった。スマホで篠森に『ごめん』と一言だけ送れば、直ぐに既読が付く。それでも返信はなかった。

 

「…………」

 

 篠森に『無理だった』と続けて送って、俺は逃げ出す様に歩き出す。

 

「…………ははっ」

 

 嫌になる。

 逃げる自分が嫌になる。ここに来るよりも足取りが軽くて、嫌になる。所詮は俺の覚悟なんて、その程度だ。

 卑屈に笑う。


「何で……」


 倉世の記憶を取り戻せないのに。

 諦めたのに、俺はどうして心が救われた様な気になっている。

 そんなのは、余りにも最低過ぎる。

 俺は誰もいない夜の公園の中に足を踏み入れてベンチに腰を下ろして。


「…………」


 ホテルに戻らずに、一人で。


「────甲斐谷」


 そうしていれば、どうしてか俺の場所が分かったのか、篠森が歩み寄ってくる。


「……倉世は、どうした」

「先に部屋に戻らせた」


 俺は目を伏せて「そうか」と小さい声で言う。


あと二話で終わります。


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