9-19.神界へ
転生したら転生してないの俺だけだった
~レムリア大陸放浪記~
9-19.神界へ
「父の元へですか…。うーん。今まで一度もそんな事はした事がありません」
アヌビスは思案顔だ。
俺は最初、例の世界の果ての宿屋から出航して冥界に行けば、オシリスやセトの居る所へ行けると思っていた。
だが、冥王イマーは一人であっても信じる神によって冥界の神は異なる。大東人には閻魔。ヤクスチラン人にはシバルバ。バクロンではネルガル。そして醍醐教徒には地蔵菩薩。という様に。
俺達が見つけた世界の果ての宿屋は、主にヤクスチラン人と大氷原の民のための冥界への入り口であり、迎える冥王はシバルバの姿をしている訳だが、俺達には別の姿に見えた。これは俺達が最早人間の範疇に入らないからであり、神のための冥界はまた別の世界で、冥王はイマーの姿で現れる。ただ一般に冥王が現す『人を裁く』側面の威嚇的な姿(閻魔様的な)ではなく、有能な官吏の様な姿だった。
例外は師匠で、初めて冥界を訪れた時、彼には冥王はバクロンの冥界の神ネルガルとその妻の美しき女王エレシュキガルが並んでいる様に見えたと言う(※この夫婦についても、また機会があれば紹介したい)。今は師匠の神性も高まり(ワタリガラスの神コリナンクリンの事実上の夫となったため)、俺達と同じイマーが見える様になった。
「コンコンさんは死んで冥界の住人だから問題ありません。ステルちゃんは神なのでこれもフリーパス。パーサはそもそも生物ではありません。結局ウラナさんとオコさんの『死者の書』の発行の必要があるのですが」
聞いた事がある。エジプトでは死者をミイラにし、オシリスの元に送る時に、送り状の様な物をつける。実際に墓から発見されるが、ある意味神社の『祝詞』の様な物で、祭司がいちいち個別にオシリスに当てた手紙を書くのだ。
日本だと新車を買った時、『〇〇所有なるホンダNボックス名古屋へ30-30の安全を祈願し』とかやるらしいが(適当)、ナイラスの死者の書では、『〇〇さんが高潔で神々に対して罪を犯さず、マァト神の羽根よりも魂が軽い事を示している(先に言い切っちゃう)ので、どうぞ天国に送って下さい』とか書くらしい。
「しかも死者の書は別名『陽の元に戻る書』と言われており、ミイラに魂が戻れるための品質保証書でもあるのです」
つまり片道切符ではなく、往復と言う事か。
「一度、生きている人のための『死者の書』と言うのを考えてみますね。ちょっと相談をします」
アヌビスはパーサに
「ちょっと馬の姿になっててね」
と頼む。どう言う訳だ?
パーサが美しき牝馬に変身すると、俺とオコにサングラスを渡した。大氷原の民が使っているスリット型遮光器ではなく、色ガラスを使った本格的なものだ。
「これをかけて下さい。人間は目を痛めます」
侍霊を呼び出して何事かを告げる。
神界の神殿なので、立派なレナウン杉の一枚板の扉が嵌っており隙間などないはずだが、それでも僅かな隙間から光が漏れている。
「お呼びでしょうか?」
扉が開き、物凄い光量の光が差してきた。サングラスを付けていないと目をやられてしまう。
パーサ(馬)は一度経験しているので、目を背けている。コンコンは神界では霊力を消費しないので子狐は帯にしまい、妙齢の仙女の姿なので無問題だ。
「これはこれはアヌビス様。また愚連隊の様な者を連れて」
いやこのグラサンは。と言おうと思ったが、アヌビスは大笑いしている。どうも二人の間のお気に入りのギャグらしい。神々の笑いのツボはよくわからん。
エジプト絵画に出てくる女神姿と同じ。ただその素顔は漆黒の肌で、キャーリーにもよく似ている。そして周りを取り囲む大光量の後背。まるでYoutuberになろうと思う人が、コンデンサマイクと共にまず買いそうな、あの照明リングの様だが、とんでもないルーメンだ。
この眩さが裁判の時、被告に嘘を付けなくすると言う。
「まるで皆既日食…」
「よく分かりましたね。私は太陽神ラーの娘。日食の神、マァトと申します」
太陽神ラーは天を渡る船に乗って天空を回るが(天動説)、途中激しい嵐に遭い、存在自体が滅せられる危機に瀕した事がある。
その時、彼を捕らえようとする虚無の女神からラーを連れ戻したのがセトだったので、ラーはセトに恩義を感じたと言う。
ちなみにラーは虚無の女神との間に子を成し、成人してからラーの元に送られたが、悪事を見逃さない光輪と、深い漆黒の思慮を持つこの娘マァトは、冥界の審判を任されオシリスの元で働いている。
同僚のアヌビスは、この
「クールでホットな美女」
に一目惚れして、猛アタック中である。
ちなみに天動説では日食の計算は困難なので、ナイラス人は日食が月が太陽を覆う現象である事は知らない。
「苦労されたんやなあ。親御さんから遠く離れて、冥界で」
コンコンが同情する。
「そんな事はありませんわ。素敵な同僚にも恵まれて」
アヌビスの耳がピンと立つ。
「でも、もう少ししっかりしてくれると良いのですが、無断欠勤が多くて。なんか悪いお友達がいるらしく」
アヌビスの耳が萎れた。パーサは隠れてしまった。
「マァト様はペンジクのキャーリー様に似ておられますね」
「パトゥニー様のお嬢様ですね。前にオリビアでお会いした時は、随分突飛な格好をしておられましたが」
キャーリーの暗黒史時代のヤマンバ姿か。
「今は慈悲深き漆黒の女神として、信仰を集めておられますよ」
「そうですってね。やはりお母様の愛が働いたのでしょう。羨ましい事です」
ちょっと寂しそうな顔になって、周りの光も少し暗くなった。
「わたくしには、母がおりませんので」




