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旅立ち(1)

転生したら転生してないの俺だけだった

〜レムリア大陸放浪記〜


1-32.旅立ち(1)


背中の痛みはほぼ無くなった。

まだ走ったりすると痛みを感じるが。

余り宮殿に長居はまずい。備蓄した食料は旅行用の物だから、これを食い尽くすと厨からこっそり掠めて来るしかなくなるが、余りやると、幽霊騒ぎとか起きそうだし。

「幽霊ってごはん食べるの?」

それもそうだな。だが、仲間内で盗難騒ぎもまずいだろう。

あと水。旅行用の水は携帯用(と言っても5Lくらい入る)の甕に入れているが、2日で足りなくなった。


ヨウコの結界は練習の結果、荷物(お骨袋)を半日程見えなくする事はできる様になったが、自分を隠すには至っていない。昨夜は門が締まる直前にそっと宮殿外に出て、麓の泉で甕に水を汲み、山を上って門外に潜み、日の出の開門と同時に気付かれぬ様入ると言う離れ業をヨウコがしてくれたが、能率が悪いし、心配で眠れなかった。


ヨウコは俺が大街道(地域により塩の道、銀の道、絹の道とも言われる)と言う交易道をしっかり歩ける様になるまでは、この秘密の部屋に居るべきと主張するが、俺は早く出立した方がいいと思う。

出来るだけ早く、自分達を知らない土地に行った方が安全だから。


乗り合い馬車などはないが、金を払えば商人の荷馬車には乗せてくれる。ただそうするには俺たちの顔が売れすぎている。

多少無理しても、歩いて行くしかないのだ。

ヨウコを説得して、なんとか出発したのは5日目の早朝だった。


宮殿の門は夜明けとともに開く。木の葉隠れで門まで行くと、知ってる顔が開くのを待っていた。侍女の一人だ。一番若い子だった。

「今日は嬢ちゃんか」

と門番に言われてるので、交代で水汲みをしてるらしい。イジメじゃなくて良かった。


「はい、まだヨウコ様の5歳の時の桶ですけど」

「普通だぜ、その大きさ。あのお方が化けも…いや特別な剛力だっただけさ」

「お二人に毎日綺麗なお水をお供えしようって、みんなで決めたの」

「泣かせるじゃないか。本当に惜しい方々だった」

厨の水を盗まないで良かった。と俺は思った。


スジャと言う名のその侍女は、結構安定した足つきで天秤を担いで山を降りて行く。俺たちは、そっと後を歩く。

やがてスジャは麓の泉に辿り着く。そこには見知らぬ女性が草を抜いていた。


俺たちより少し年長か。色目人は成長が早いので、同じくらいかもしれない。金髪碧眼。前世で見た月刊P誌(米国版)のグラビアに出ていた様な、ゴージャスな美女だ。勿論服は着ているが。


木の葉隠れは、体の触れている人も隠すが、お互いは術にかかっていないので見える。ヨウコに掴まれている俺の腕が血圧計の様に締め上げられる。

「痛い痛い。お前の方が可愛い」

口だけで話す。

どうやら俺には、転生者の夢、ハレム展開は無理のようだ。


「おはようございます。貴女は宮殿の侍女の方ですね」

「はい…貴女は儀式のお手伝いをして下さった魔法塾の風魔法士さん」

あの場にいたのか。


ってあの青い目!

「泉のお掃除をしていると、ヨウコ様が今にも声をかけて下さる気がして…」

「貴女も…」

なんか目と目で通じ合っている。ファン同士の麗しい交流だ。


「ところで…旅支度をなさってますね」

「はい、この後塾頭に挨拶をして、 町を出ます。商会の荷馬車が2時間後に出るので」

「そうでしたか。旅の安全を。そしてヨウコ様が貴女と共にあらん事を」

「ありがとう。貴女もヨウコ様の祝福があります様に」

もうファンクラブ通り越して宗教になってる。


美しき(痛て!)魔法士は去っていき、スジャはその場にへたり込むが、懐ろからマグを取り出す。

『あの凹み、昔ヨウコが癇癪を起こして俺のおでこに投げつけた時のだ』

「みんなで形見分けをした時に私のところに来てくれたヨウコ様のマグで水を飲んだら、元気になるかしら」

スジャは顔を覆って泣き出した。最愛のヨウコを失ったショックから、立ち直れないのだ。


ヨウコはぐいぐい俺を引っ張ってスジャの元に行き、かがんで耳元に

「私は貴女と共にいる」

と囁く。

ハッとして立ちがったスジャは周りを見回す。

やがて我に返ったスジャは、泉の水を汲み始める。

ヨウコはスジャの後ろに立ち、桶を沈めようと屈んだ刹那、一瞬だけ手を離す。泉にヨウコの顔が浮かぶ。すぐに俺の手をつかんで消える。


眼を瞠ったスジャは後ろを探すが、誰もいない。

マグで泉の水を汲み、スジャは恭しく捧げてから、腰に手を当て銭湯牛乳スタイルで一気に飲み干す。

そして桶に水を汲み終わると、確かな足取りで山道を登って帰っていく。

その目には一切の迷いも無かった。


ちなみに聖典によれば、スジャは宮殿に戻り、この奇跡の事を皆に話した。

現実主義者のベンガニーは、お前はヨウコ様に会いた過ぎて夢を見たのだと言った。

スジャは穏やかに

「見ないで信じる者は幸いです」

と言い放った。


大いに恥じたベンガニーは、この美しい奇跡を題材に短編小説を書き、翌年のアクタ神(がみ)賞を受賞している。

泉は恋人達の聖地として、今も訪れる人が多い。


なお、スジャは後に請われて大山脈山中の渓谷の国、ククドゥの王に嫁ぎ、聖国母としてボーサット信仰と聖狐天の慈悲をかの地に広めた。

数世紀の時が過ぎ、ククドゥが滅亡し、その遺跡の正確な位置が不明になった後に、多くの冒険家が

「聖狐天の聖杯」

を求め、山中を彷徨ったと言う。

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