機械に対するアンチテーゼ 3
エルは闇市を出てこの国の端に来ていた。
地下国家なので物理的に国の端が存在する。
それは高く分厚い白い壁だ。
近づくと圧倒的な威圧感を与える物々しい壁に見えるが、遠くから見ると空の一部に見える特殊な作りになっている。
壁は圧力に耐えるために分厚く、そして湧き出る地下水を排出するためのポンプなども備えている。破壊は不可能だ。
もし仮に可能だったとしても、したら死ぬ。
そんな、国の要とも言える壁の隣に、【アンチテーゼ】の基地があるらしいとのことで、エルは壁を隣にタブレット端末を睨んでいたのである。
「ここか」
廃工場のような外観をした建物をしばらく眺めた後、鞄から厚手のコートとガスマスクを取り出し着用した。
「…………」
エルは無言で、その建物へ足を踏み入れた。
外観通りの内装で、人がいるとは思えなかった。
慎重に、周囲を警戒しながら奥へと進んで行くと不意に声がした。暗い、おどろおどろしい少女の声だ。
「あなたは……何故……ここに、来た?」
それはすぐ後ろから発せられていると察知しエルはすぐに後ろを向き、距離を取った。
しかし……だれもいない。
声は再び響いた。
「私達……捕らえに……?」
発言の内容……そして状況からして声の主は【アンチテーゼ】のメンバーであることに間違いはないだろう。
エルは両手を上げ、首を横に振った。
「違う。俺はお前らに要件が会ってきた」
「……要件?」
「俺を仲間に入れろ。俺にコンピューター信仰教会の奴らを殺させろ。俺にコンピューターを壊させろ。駄目なら信者共がどこにいるかの情報を寄越せ。俺が皆殺しにしてやる」
「……入団希望? ……なら、こうする」
次の瞬間、エルは首に違和感を覚えた。なにかを刺されたような痛みと同時に視界がグニャリと歪んだ。
なにをされた? …………いや、なにかされたのか? 戸惑い、咄嗟に辺りを見渡したがやはりなにもない。
少なくともエルにはそう見えた。
「頭が…………」
エルは首と頭を抑えよろけるとそのまま意識は暗転してしまった。
……ばたりと、糸が切れた操り人形のように倒れたのだ。
視界にはだれも映らなかった。映っていたとしても、なにかがいると認識することができなかった。
しかし彼の隣には少女がいた。慎重は150あるか無いかの子供だ。
少女は虚ろでけだるそうな瞳で倒れたエルを見下ろし、自身の黒い髪をくるくると弄った。
髪弄りに飽きたのか……少女はゆっくりとエルの肩を持ち、建物の奥へと消えて行った。
少女はエルをどこかの小部屋まで連れ込みパイプイスに座らせた。そしてカチャリと両腕を拘束する。
ついでにガスマスクや隠し持っているレーザーガン、タブレット端末等を押収した。
部屋は小さくパイプイスと机以外なにもない。
そんな部屋の隅で、一人のサングラスをした黒人の男がタバコを吸っていた。
男はがたいの良い筋肉質で、肩から背中にかけて逆十字のタトゥーが施されている。首にはロケットペンダントを掛けている。
少女は見るからに危険そうな男になんの躊躇もなく話し掛けた。
「……基地に、いた。……だから連れてきた。ブライアン……褒めてよ」
「おおーいい子だったな。よしよし」
ブライアンと呼ばれた男はサングラスで隠れていたが溺愛しきった目をしていた。
綻んだ笑顔で少女の艶のある黒髪をワシャワシャとしばらく撫で続ける。
「……すとっぷ」
少女はブライアンの太い腕を上に押し、一歩後退した。満足したらしい。
「……あとは、任せた、ぞ。私は……仕事、戻る」
少女は小部屋から去って行った。
ブライアンはニコニコと笑顔で少女の背中を眺めていた。しかし椅子で力無く倒れているエルを観ると、まるで今から戦争でも始めそうな恐ろしく真剣な表情へと変化した。
ブライアンは手を大きく振り、エルの頬を叩いた。
空気が張り裂けるような音と衝撃が、エルを起こした。
だが目は虚ろで意識はハッキリとしていない。首に力が入らないのか、頭を左側に傾けている。
「お前は今、真実薬……自白剤を注射されている。意識が混濁してあらゆる事を喋ってしまうだろう」
意識はハッキリとせず、エルは反射的に返事をした。
「はい……へいきです」
呂律が回っていないのを確認し、ブライアンと呼ばれた男は独り頷いた。
「よし効いてるな。では質問する。なぜお前はここに来た」
「ふひ……それはですね。コロすためです」
ピクリと、ブライアンの眉間が寄る。
「だれをだ?」
「それはですねぇ。こんぴゅーたーをです」
「なぜコンピューターを殺そうと考えたんだ?」
「それはですね……へへ………………」
エルは精神が後退したような虚脱な表情を浮かべヘラヘラと笑みを浮かべていたが、なにかを思い出したかのように静止した。
ブライアンは胸ポケットに忍ばせていたレーザーガンに手を付け、警戒する。
自白剤の効果が切れた? いやまさか、あれは最低でも六時間は意識を朦朧とさせ、理性、自制心を無くさせるものだぞ? ではなんですぐに答えない。ブライアンは思考し困惑する。
…………いくらか沈黙の時間が過ぎ去った。
エルは震える口を動かし、涙を流した。
「…………ティあ」
「ティア? 人の名前か? 答えろ」
「………………あぁ、そうだ。彼女は誰よりも美しい、こんな国には似つかわしくない人間だった。彼女は空に憧れていた。でもコンピューターに翼を折られたんだ。俺はティアのために……コンピューターを破壊し、教会の奴らを皆殺しにしたい」
「お前……意識が!?」
ブライアンは驚きながらも瞬時にレーザーガンを取り出し、エルの額に突き付けた。
しかしエルは余裕そうに微笑を浮かべる。
「大丈夫だ。俺はお前らの敵じゃない。俺の敵は、いやコンピューターの敵は俺だ」
「どうやって自白剤の効果を解除した!? 歯に解毒剤でも挟んでいたか?」
「違うね。まぁ見てもらった方が早い」
エルは手に力を込める。すると、エルの瞳は深紅の輝きを見せ、微光を放った。
同時に氷に熱湯をかけたような音が聞こえ拘束具が床に落ちた。金属製の拘束具は白い煙を放ち腐食していた。
「ミュータントか」
ブライは見慣れているのかさほど驚かない。
むしろ理由を訊いて、納得し冷静になっているように見えた。
「あぁ、そうだ。だが毒が完全に効かないわけではない。耐性と治癒が早いだけだ」
「自白剤が最初から聞いてなかった可能性があるからな。まだお前を信用するわけにはいかない。下手に物事を信じればなにかを失うからな」
ブライアンはぎゅっとロケットペンダントを握り、表情に暗い陰りを差した。同時にどうしようもないほどの悔しさと憎悪が汲み取れた。
「そうだな。誰も信じないほうがいい。こんな世界だからな。ティアに信じろなんて……言わなきゃよかった…………あいつにもっと慎重になれと言うべきだった……」
「そういえば名前を訊いてなかったな。すまない。あの方法で尋問するのはまだ慣れてないんだ。名前なんて言うんだ?」
「……エル‐Rだ」
「オレはまだお前を信じることはできない。それでもさっき言ったことが本当ならば、オレたちはきっと同士となることができるだろう。だから信じさせてくれ」
「俺はなにをすればいい?」
「自身がコンピューターの忠実な親友でないことを証明してくれ。つまりはだな、こいつを殺せってことだ」
ブライアンはポケットからタブレット端末を取り出し、殺害対象者の詳細を提示した。
そこには名前や地位、所属サービスグループまで書かれていた。そして最後に『コンピューター信仰教会と関連有(所属)第四発電施設責任者』と書かれていた。
「こいつを殺していいのか?」
「あぁ、むしろ殺せ。方法は問わない。できるか?」
コンピューター信者…………。ティアを殺した社会を築いてきた屑共。
そいつらを殺せるなら、大歓迎だ。いくらでも殺してやる。
すっと息を吸い、エルは目を輝かせた。
「俺をだれだと思っている」
狂気に歪んだ笑顔と紅く妖しい微光を放つ瞳は、恐怖を与えるには十分過ぎた。
ブライアンは臆するようにごくりとつばを呑み込んだ。
「……お前から取った装備は小部屋を出たところにある。着いて来な」
すっと立ち上がり、ブライアンは部屋を出た。
エルもそれにただ付いて行った。




