機械に対するアンチテーゼ 2
エルは血に汚れた服を替えた後、会話室と呼ばれる場所に足を踏み入れた。
会話室は国を管理し結果としてディストピアへと変えている原因であるコンピューターと会話ができる場所でいたるところにある。それこそ下水道にさえもある。
内装は簡素で床、壁、天井の全てがネズミ色をしている。
置いてある物も少なく、椅子とこちらの様子を監視するためのカメラ、場合によっては処刑するためのレーザーガンが装填されていた。
エルは死体を雑に落とすとカメラに向かって話し掛ける。
「コンピューター様。お話しよろしいでしょうか?」
『はい、もちろんです。どうかされましたか?』
……あぁ、お前もいつか絶対にぶっ壊してやる。
けどそのために今は耐えなければならない。
ヘラヘラと、いかにも幸福そうな表情を浮かべ模範的な市民を装う。
これだけでコンピューターは機嫌を良くする。そうなれば行動しやすくなる。
「コンピューター様。私の友人、ティア-Rは反逆者でした。彼女は模範的な市民であるアデル-Bをミュータントの力で殺害してしまいました……」
『そうですか……。その反逆者はどうしましたか?』
エルは唇を僅かに噛み締め、答える。
「私がキチンと処分しましたよ」
『素晴らしい!!』
拍手と歓声がスピーカーから鳴り響いた。
無駄な機能だ。
『あなたの模範的な行為を表彰し地位を上げることを検証しておきましょう』
コンピューターが女性の合成音でそう言うと、不愉快なことにスピーカーからクラッカーの音が鳴り響いた。
エルは爪が食い込むほど手を強く握り締め、必死の思いで怒りを抑える。
そうでなければこの部屋にガスを充満させ爆破しているだろう。
「……ありがたき幸せでございます」
幸せ?
そんな馬鹿な。
『そして反逆者処刑法に基づき、あなたに資金を提供します。これでより社会に貢献すると良いでしょう』
ピロン! と機械音。クレジットが溜まる音がエルのタブレット端末から鳴り響いた。
エルはニヤリと、自分でも恐ろしく感じてしまうような笑みを浮かべ、カメラの前に跪いた。
「ありがたき幸せです。私は必ず社会に貢献いたします。約束いたしましょう」
『はい。楽しみに待っております……』
エルは一礼し部屋を出た。
ティアを殺した張本人はもうこの世にはいない。原形が残らないまでにグチャグチャにしてやった。しかしエルの心は暗く分厚い暗雲に閉ざされている。
ティアが死ななければならない社会を築き上げた奴らを皆殺しにする。そのためだけにエルは動いた。
「仇は討ってやる……」
そう口ずさむと、心がキリキリして泣きたくなった。
エルは唇を噛み締めぐっと堪えた後、毅然とした足取りで闇市へと向かった。
…………闇市は違法でありそこに関与した全ての人間が処分対象だ。
しかし、闇市がなければ生活がやっていけないような状況であるために誰も密告はしない。
唯一例外であるコンピューター第一教会の信者共はその信仰ゆえに侵入できない。
証拠を得られないようになっている。
奴らは平気で人を殺すくせに、信仰上の問題でほとんどの人間が白色の床を踏めないのである。
そのため闇市は『闇』であるにも関わらず様々なところが白いペンキで塗られている。そうでなくとも闇市周辺は厳しい交通規制が行われており、撮影器具とある程度のクレジットをそこで押収する。タブレット端末は撮影アプリのロックをされる。こうすることで利己主義者も告げ口が出来ないのだ。
エルは白い床を見て何かを思い出し涙を流しながら歩き進んで行った。
闇市なんて言われているが店は屋台のようなものではなく全てコンクリートの建物だ。
そして全ての店主は自由商会……物品の流通と価格を違法に管理する組織に加盟し、共に物価の均一を保っているのである。
売られている物は様々……旧時代の書物もあれば銃器や食料もある。売り物として存在している物やデータの八割が所持しているだけで処刑対象になる。書物と薬、武器に対しては特に厳しい。
エルは数多くある店の一つに入る。
店は公衆便所のような見た目と大きさで、立て掛けられている看板には『情報屋』と書かれていた。
自動扉がエルを中に入れ、エルは奥へと進んでいく。
薄暗い白い階段を下るとやがて一つの部屋へとたどり着いた。
小さな部屋に机と椅子が二つ。エルはそのうちの一つに座り、机に置いてあるベルを鳴らした。
金属同士がぶつかり合い甲高い音が数回、部屋で鳴り響いた。
すると、初老の男性が奥の部屋から現れエルを眺めた。
「久々の客だなぁ……なにが知りたいのかね?」
「コンピューター信仰教会の幹部リストだ」
住所さえ分かればそいつらの住む所に毒ガスを散布すれば簡単に殺せるだろう。飯に毒を仕込んでもいい。そうすればゴキブリみたいに死んでくれる。
人を簡単に死に追い込む能力が、殺そうと思えばいつでも殺せる力が、エルにはあった。
男はエルに近づき、じっと見詰める。
「高いぞ。最低10000ドルだ」
「7000払う。その代わり詳しい情報を確かなデータとしてちゃんと寄越せ」
「10000ドル以下にはできない。文句なら自由商会に言ってくれ」
エルは大きな溜息をし冷徹な瞳を男に向ける。
深紅の瞳が光るのを見て、男は身体中から冷や汗が出るのを抑えられそうになかった。
「ミュータント…………!?」
恐怖に身体を震わせた。しかしそれでも、値段は変えられないと……男はキッパリ言い切った。変えたらどのみち死んでしまうと付け足しながら。
エルはしばらく無言で威圧した。しかしどうにも強情で死んでも値段を変えられないと言った態度だったので諦めて別のことを聞いた。
「革命組織【アンチテーゼ】の基地を教えてくれ」
【アンチテーゼ】……コンピューターと真っ向対立し、コンピューターが支配する国など正気ではないと武力で訴え、教会の奴らを暗殺、爆破などをするテロリスト集団である。
彼らなら教会連中の情報を知っていてもおかしくはない。エルはそう考えた。
「それなら300ドルでいい」
「安いな」
なぜ? エルが疑問に思うと、心でも読んだのか男は答えた。
「奴らにそう頼まれているからだ」
「なにを頼まれてるんだ?」
「企業秘密だ。教えられん」
エルは怪訝な表情でしばらく悩んだが、
「買った。この端末にデータを送ってくれ」
そう言ってポケットからタブレット端末を取り出した。
男はそれを受け取るとポチポチと操作し始める。
『ピロン! 支払いが行われました。データをPDFで保存します』
中性的でゆったりとした合成音が部屋で響いた。
エルはデータがきちんと入っているかを確認すると、引いた椅子を戻しもせずに部屋を出て行った。
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