崩壊の鍵 4
――――防戦一方だ。
苦し紛れに天井を崩落させ壁を作ることを試みるも転移の能力が働き一瞬にして消え去り、転移とヴィンツェンツ自身の身体能力によって対処不能な傷が背中、腕、脚と様々な場所に刻まれて血を吹き出していく。
ふとヴィンツェンツは動きを止めると首を傾げて尋ねた。
「そろそろ毒が効いてもおかしくないはずなのだが……もう10分は経つぞ。……考えて嫌な予感がした。君は毒に耐性があるのか?」
毒……? そうか。刀に仕込んでいたのか。だから即死するような斬り方はしなかったのか。
「毒を使うやつが耐性を持ってないわけないだろう。勘でしか動かないと頭が悪くなるのか?」
エルは虚勢を張った。血飛沫がいたるところに付着し、身体は鉛のように重かったが悟られないようニヒルな笑みを浮かべる。
「なら、傷を深くするしかなさそうだな」
軍刀を構え、エルを睨んだ。
――――硬直。互いに睨み合い、動こうとしない。
なぜヴィンツェンツはいきなり動かなくなった? 疑問は浮かぶと同時に解決した。
「…………エル!!」
力強い声が上から響いた。声の主はエレオノーラだろうか。
「…………エル! ユリアーナを倒した。すぐ、助け、る」
「よそ見をするほどの余裕が貴様にあるか?」
エレオノーラの声を掻き消すように彼は大声を張り上げた。
軍刀の先端でエルの腹部を狙い澄まし、ヴィンツェンツは地面を蹴りあげた。転移に引けを取らぬ瞬間的な移動で目視を許さない。
このまま直進してくる!?
エルは手を正面に向けた。しかし――――
「勘が外れたようだな。私は背後から刺すつもりだったぞ」
冷徹な声と共に、背骨の隣を冷たい金属が通り過ぎた。
鋼色をした鋭利な刃はずぶずぶと肉を突き刺し身体の内側に入り込み、やがて腹部から飛び出た。飛び出した刃は紅く染まり、鉄臭い。
刺された箇所からダラダラと暖かい血が滝のように流れていた。痛みはない。しかし確実に死へ近付いている。それでも嬉しかった。
これでヴィンツェンツは――――
「捕まえたぞ」
エルは刀を掴み誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。僅かに瞳を輝かせ刀を抜かせないように蒼い結晶を生成する。
蒼い結晶はエルの血に触れると、強い熱と腐食を発生させエルの身体を傷つけていった。だがこれで刀を抜くことはできない。ユリアーナももう死んだ。
――――逃げ場はない。
もし軍刀で突きではなく斬撃をしていれば、俺はどうすることもできずに殺されていただろう。ヴィンツェンツは油断したんだ。
「……? 抜けない?」
「これでおしまいだ。永遠に黒を――――」
右手を地面に向け、劇毒を放つために力を込める。すると瞳は自然に輝きを増し周囲をハザードランプのように紅く、恐ろしい光で照らした。
ガスマスクが外れてしまっていたが関係ない。俺自身も毒で苦しむだけだ。
「だあああああああああああああああああああああああ!!」
瞳が自身の光で床すら視認できなくなったそのとき、劇毒は放出された。
口、耳、鼻、皮膚、目……。五感が悲鳴を上げ、一瞬にして無痛薬ですら緩和しきれないほどの激痛が走った。
爪の端から身体の中心全てが灼熱の炎に焼かれるような痛みを発し、皮膚と血管を切り裂いて身体のどこかからか血が大量に噴き出した。
視界が血で赤く染まる。
背後でヴィンツェンツの断末魔が轟きエルの脳に刻み込まれていく。
想定していた毒じゃない。なぜだ? ……ともかく出血毒はマズイ。これ以上血を失うと…………。
意識が黒く塗られていく、睡魔に襲われるような感覚。死ぬ? 嫌だ。俺は、俺は……!




