崩壊の鍵 3
――――生物兵器の群れを殲滅するのに大層な時間は掛からなかった。多くて3分程度。しかし体感時間は凄まじいもので疲労困憊と言った様子だ。息を荒らげ、呼吸をするたびに粘膜が喉に詰まりそうになる。ガスマスクを装着しているのでなおさらだ。
どこかで見ているのだろうか。ちょうどそんなとき女の声がどこからか響いた。
「生きてたの? ゴキブリみたいにしぶといわね。でも~? でも? そこの発電機君はボロボロみたい? キャハハ。オーバーヒートしちゃったのかしら?」
「心配してくれるのかい? ミュータントに心配されると力が湧いて助かるよ」
ルドルフは余裕を見せるかのように、ヘラヘラと笑顔で返答した。
しかし電撃の能力を過度に使っていたためか、彼の身体には所々焦げた後が存在している。皮膚は黒く焦げ、固くなり肉が裂けていた。見ていて痛々しい。
「威勢がいいわね~。あっ、虚勢の間違いかしら……つまらない。もっと泣き叫びなさいよ。擦り寄りなさいよ。弱さを露わにした犯罪者を殺したいの。……そうそう、死んだお友達と戦ってみるのはどうかしら? 感謝しなさい。感動の再開よ」
指を軽快に鳴らす音がした。
すると荷台の上に一つの死体が現れる。
背筋が凍るような悪寒がし、エルは瞳を輝かせた。
「……なんて、冒涜的な能力なの……!?」
リディアはソレを見ると、悔し涙を流して憤慨した。
ソレは見覚えがあるモノだった。ついさきほどまで共に行動していた。
特別な能力を持っていたわけではない。それでも冷静で、頼もしい存在ではあったかもしれない。
エレオノーラ達から信頼されているのは、だれが見ても理解できる。
「……マルコ」
誰かが呟いた。エル自身かもしれないし、そうでないかもしれない。
今は埋葬することもできないと言って、放置した結果がこれだ。
マルコは…………だったモノは立ち上がると白目でこちらを窺い、生気のない顔を浮かべている。
眼球に蠅が止まっていた。これは敵だ。死体だ。もうマルコではない。
「ああああああああああああああああああアアアアアア!!」
エルは嵐のような雄叫びを上げ、自ら鼓舞させた。悲痛な叫び声だった。そうしないと手足が震えて動けなかった。
敵だ。あいつはマルコじゃない。今、目の前に立っているモノは、腐乱し、悪臭と不快感を与える敵、コンピューターの道具の道具。敵! 敵! 敵!!
「もう、動けなくしてやる」
こいつは紛れもなく敵だ。しかし憎むべきはこのモノではない。死体を操作しているミュータントだ。今、お前が味わうであろう痛みを、苦しみを――――そいつに全て返してやる。
エルはレーザーガンで死体の足を撃ち抜いた。
死体は支えを崩され、あまりにも簡単に転倒する。
トラックから落としてやる。それでもう動けないだろう。
倒れた死体を強く蹴ると死体は抵抗することもなく落ちて行った。地面に全身をぶつけ血塗れになり、四肢が絡まりそのまま転がって遠くなっていく。
「キャハハハハ!! 仲間殺しね、さすがはテロリスト、逡巡もしないのね。感心したわ! にしても貴方達の仲間、弱すぎ。あれじゃ死体の仲でも本当にゴミのような分類ね。例えるなら有害物質のようなモノ。つかえないし…………迷惑甚だしい。キャハハハハ!!」
女はわざとらしく笑った。笑い声が耳に入ってくるたびに憤怒がマグマのように溜まっていく。
研ぎ澄ましたナイフのように鋭い眼光を放ち、エルは言った。
「もうお前らの所に着く。ヴィンツェンツもお前も絶対に殺してやる」
「面白い冗談ね。命乞いが楽しみ?」
女は最後に、甘ったるい声を吐き会話を終了させた。
トラックは発電制御施設前までたどり着き、その辺に停車する。
「…………ブライアン、平気……?」
「あぁ。もう大丈夫だ。心配かけてすまない。ありがとう」
「ううん。…………私も、平気。無事で……良かった」
エレオノーラはまだ座っているブライアンに手を差し伸べた。ブライアンはその大きな手で小さな手を優しく握ると、皆に言った。
「オレらの目的はコンピューターの破壊! そのための発電施設停止だ!! あんな女、殺す価値もないが戦闘が免れないのであればやるしかない。それがマルコへの弔いにもなるだろう。ここから先、誰も欠けないように!! いいな?」
各々返事をし様々な感情を露わにした。焦り、怒り、期待、悲しみ……。
自分もそうすべきなのだろうか。エルは返事をすることに逡巡し――――悩んだ末、曖昧に頷いた。
「エレオノーラ、姿を隠して第六感に反応があるか試してくれ」
「……敵意、2。ヴィンツェンツと……MY9、生物兵器。通称、ユリアーナ。能力……転移と死体操作。…………ヴィンツェンツは二階に、いる」
死んだ人間を玩具にして、バカにして、嘲笑っていた奴はユリアーナと言うのか。
絶対に忘れない。殺してやる。
エルは殺意を滾らせながら発電制御室へ入った。
広く白い廊下が真っ直ぐと伸び、奥には上への階段がある。途中途中には食堂や仮眠室への扉があった。
そんな数あるうちの一つの扉から、くすんだ銀の髪をした男が現れた。吹っ飛んだはずの腕は再生している。エレオノーラは二階にいると言っていたが、あの女の能力で転移したのだろう。
「私が貴様らテロリストを根絶してやろう。サディストではないからな。苦しむことなく殺してやる」
ヴィンツェンツはニヒルな笑みを見せると軍刀を構えた。
エルは何も言わずに淡々と瞳を輝かせ毒を噴射した。毒は突風のような勢いで放たれ廊下を汚染していく。
もう一人はやはりどこかで見ているのかヴィンツェンツは毒が身体に当たる直前に姿を消した。転移だ。
どこに消えた? 脳裏に疑問が過ぎる。
「後ろだ。これで貴様らは理解するだろう。我々には勝てないとな」
背後から声がした。見てみると、ブライアンと会い対峙しており、その軍刀で利き手の指を斬り飛ばされていた。
これで彼は銃を撃つこともできない。
「ユリアーナを殺してきてくれ。それまで俺が耐える」
「できるのか?」
ブライアンは指を抑えながら尋ねた。苦痛を堪えるような顔を見ると、彼が無痛薬を使っていないのが分かる。
「俺以外、戦えるやつがいるなら、残ってくれ」
いない。いるはずない。ルドルフは過度なミュータント能力の使用によって現在使用不可能に近い状態にいて、ブライアンは利き手を斬られた。
リディアとエレオノーラは戦力にならない、させてくれないだろう。
「……分かった。すまねぇ。助かる。すぐ戻ってくるからな。リディア!」
リディアは呼ばれて頷くと、グレネードを投擲した。
直後、目を開けられないほどの閃光が廊下を包み込み、ブライアンたちは姿を消した。
「耐える? いいね。僕にとっても都合がいい。君以外が死んで、君はコンピューター様に引き渡される。心理状況の観察とミュータント遺伝子の抽出に使われてくれ。わざわざ待っててあげたんだ。閃光手りゅう弾が来ることぐらい『予感』できたからね。…………エルと言ったか? できる限り大人しく沈んでくれ。刀で刺した後すぐに治療してやるから死ぬことはない」
ヴィンツェンツは鋼色をし光沢を放つ軍刀をこちらに向け、高圧的な口調でそう言った。
エルは手を伸ばし半液状の毒を放った。ヴィンツェンツに当てるのが目的ではない。その毒は物を溶かし滑りを与える。
行動を制限させ、そもそも転移が出来る場所を無くしてしまえばいい。
「舐めた真似をするな」
ヴィンツェンツは刀を振りかざした。ただそれだけで地面が割れ、壁が崩れる。刀に触れたわけでもないが、エルの身体は斬られたように血を流し、傷ついた。
――――直後、背後から空間が歪むような圧迫感。
咄嗟に振り向き、転移が行われるであろう場所に手を向ける。しかしなにもない空間に現れたのはヴィンツェンツではなく、金属で出来た……錆で汚いロッカーだった。
「私はこっちだぞ?」
脳を這い蹲るような声が耳に入るとその耳を斬り飛ばされた。衝撃でガスマスクが外れ、地面に落ちる。
「すまんな。仮面をしながら話されるのが気に食わなかったんだ」
駄目だ。転移がいる限り攻撃はできない。回避もできない……。
□□□□□




