崩壊の鍵 2
第二発電施設を抜け、停車していた車に乗り換え、マルコに処置を加えた。感染症にならないように消毒し、傷を縫合。失った血を足したがマルコの容態は悪化する一方だった。
「第四発電施設に行く前にこのバカを【医療治療サービスグループ】のとこに連れて行く。助かるかもしれねぇからな」
ブライアンはアクセルを踏む足に一層力を込めた。
「無理だよブライアン。街の様子を見たらわかるだろう」
マルコは窓の外を指差した。
窓の外からコンピューターが作り上げた国が崩壊する兆しが見えていた。
押さえ付けられていた人々の怒りや憎しみは先導者……【アンチテーゼ】に扇動されたことによって爆発し、感情は、暴動は伝染していったのだ。
会話室を始めとするコンピューターが管理する施設は暴徒によって襲撃され、戦争のようになっていた。
至る所で火の手が上がり、上空には飛行型の衛兵BOTとそれを撃墜するべく作られた追尾ロケット弾が飛び交っている。
なにかが爆発する音、銃声は止む気配を見せない。
コンピューターも無抵抗なわけがなく暴徒ら全てを反逆者と認知し、生物兵器等を大量投下、広範囲にショックウェーブを発生させるなどして無力化を図っていた。
「病院なんてやってないよ。諦めて第四発電施設に向かうんだ」
「けどそんなことしたら――――!」
「死ぬね。でも死に場所くらいは選べるよ」
マルコは冷静にそう述べた。
わからない。なんでこいつは自分の死を受け入れられる。
なぜこんなにも冷静でいられるんだ。
エルは不快感のあまりに眉を潜めた。
「空を見るよう頼まれたんじゃないのか?」
「代わりに見といてくれ」
「俺が見てどうする」
「感想を聞かせてくれ。偽りの空と本物の違いって奴を教えてくれ」
「ふざけるな。俺とお前はそんな大層な仲じゃないだろ」
……そうだ。ふざけるな。冗談じゃないぞ。
俺は最初から空なんて好きじゃなかったんだ。俺はティアが好きなだけだ。空の違いが分かるほど俺は上を見て生きてはいないんだ。それなのになんで……皆して託すのだ。
「ふざけてなんかないよ。あぁ、そろそろ時間が来そうだ。痛みはないけど……脱力感と眠気がする」
適当なことを言い残して逃げるのか?
そんなの許さない。
「死んだら感想も聞けないぞ」
「はは、親切にどうも。こっちも余計なお世話を一つさせて。ブライアンとルドルフは強いから大丈夫。でもエレオノーラとリディアは弱い。だからその力は守るために使ってくれ」
なにを適当なことを。もし守れていたなら、最初からこんなことやってはいない。
俺には何も守れない。
騎士ごっこなんてしたところで、どうしようもない状況になって命たやすく奪われるんだ。
人を簡単に殺せる力が俺にはあった。
けど駄目だったんだ。
エルは助けを求めるように叫んだ。今にも泣きそうであったが瞳は乾いてしまっている。涙は出せなかった。
「できない! 俺は、俺は、俺は! 自分の好きな人も守れなかったんだ!! だから――」
「だったら次は守り切れ」
「…………無茶だ」
「いいや、君ならきっと―――ごほっ! ガはッ」
マルコは咳込むと吐血した。血は変色していて恐ろしく黒い。
「……マルコ…………死なない、でよ」
エレオノーラは涙を零し優しく手を握った。
「ごめん。エレオノーラ。ブライアン。いかせてもらうよ。しばらくは一人でいさせてくれ。今度こそ付いて来るなよ。約束だ……。はは、こんな風に格好つけてもさ、永遠に何も考えられないと思うと怖いし、死にたくなかった……………………」
マルコはおだやかに、それこそ眠るように目を閉じた。以降、その目を開くことは無い。
エルは口を閉じ目線の下にいる少女に目をやった。
エレオノーラは声も出さずに泣いている。彼女とてミュータント、【アンチテーゼ】創設者の一人である以前に、か弱い少女なのだ。
「……先を急ぐ」
ブライアンは軽い黙祷をすると、すぐにアクセルを踏んだ。
街の四方八方から怒号と銃声が轟き、車をも振動させる。甲高い音が響くたびに、エレオノーラは小さな肩を震わせる。
「くそっ……。なんなんだよ」
エルは煮え返るような苛立ちを覚え、窓を強く叩き…………劇毒をいとも簡単に出せるその手で、エレオノーラの細い手を握った。すると予想外と言った様子で彼女はぴくりと身体を揺らした。
「…………ありがとう」
「礼なんかいらない。俺はマルコの言うことなんて聞かない。守れないから、守らない。だから頼れるときはブライアンを頼れ」
俺はなにを訳の分からないことを言っているんだ。
エルは頭を抱えた。
なにもしないでいると頭は勝手に物事を整理し始め、混乱していく。
考えたくない。思い出したくない。
心の中で『何も考えるな』と念じても、思考は止まることなく廻り続けた。
俺のこの力は、劇毒を生成し生物を死に至らしめる悪魔のような力はなんのためにある?
ティアの敵討ちのためか? コンピューターの糞共を殺すためか?
そうだ。それで合っている。全ての元凶とそれに加担する者が罰を受けずになにを受ける。俺はティアと同じ苦しみを他者に与えることができるんだ。しなくてどうする……。
もしティアが殺されなければ、もしティアが生きていれば俺はこの力をどうしようとしていたのだろうか。
思い出せない。約束したはずなのに、記憶が黒い靄に覆われて、思い出せない。
「エル、泣いて……る?」
確かに目頭は熱かった。エルは確かめるように目を拭った。
しかし涙は出ておらず乾いた空気を払っただけだ。
エルは瞳を紅く灯し呟いた。
「泣いてない。もう一生分泣いたんだ。泣くことなんて許されない」
エルは手を離し、ポケットに入れた。
「俺の手は汚れている。コンピューター共の汚らしい血でだ。血塗れのナイフを持たせるような真似をして悪かった」
「そんなこと……ない、よ」
慰みなんていらない。
気遣っているのだろうが、そんなこと無意味だ。
「エレオノーラ。無理はしなくても――――」
エルの言葉は車の急停止による衝撃で途切れてしまった。
「ちょっと! なにしてるのよブライアン!」
「暴徒鎮圧用の罠が作動しちまった! フロントタイヤによくわからん物が絡まってやがる! エレオノーラ! 能力を発動させてくれ」
「了解。…………油断してごめん、なさい。…………敵意感知。生物兵器、L35、二匹……上から来る」
エルは誰よりも先に車を降り、空を仰いだ。
「キュィィグィィィグィィ!!」
聞き覚えのある耳に障る虫の声。蠅が飛ぶような音。
昆虫のような身体に太い脚。マルコを殺したのと同じ種類の生物兵器だ。
「殺してやる。羽虫共め」
エルは瞳を輝かせ空に手を向けながら毒を噴射した。勢い凄まじく、毒は突風のように舞い上がり生物兵器を瞬時に蝕んだ。
「キィィ…………ギュィイイイイイ!!」
耳に残る断末魔を上げ、虫は力無く地面に落ちた。痙攣するように脚や羽根をピクピクと動かしている。
――――ィアと同じ苦しみを与えてやったんだ。そう遠くない内に動かなくなる。
エルは力尽きた虫を眺め、仮面のように強張った笑顔を浮かべた。
「ブライアン、車は動きそうか?」
「無理そうだ。けど幸いにも第四発電施設まで徒歩でも時間は掛からない。歩いて行くぞ。エレオノーラ、敵意の感知はあるか?」
「私たちへの敵意は…………ない。生物兵器、衛兵BOT。ほかの暴徒の相手……してる」
「こいつはいい。さっさと向かっちまおう」
「……マルコはどうするの?」
リディアが尋ねた。
「今はどうしようもできねぇ。第三、四発電施設を停止させてからじゃねぇと、余裕がない」
「そんな…………」
「行くぞ。早く終わらせれば、それだけ苦しまなくて済む」
リディアはその言葉を飲み込むと最後に一度、マルコの冷たい手を握り覚悟を決め車に背を向けた。
「エル、あなたはなにもしなくていいの? 」
「そのほうが考えないで済む」
余計なことを思い出したくない。覚えたくない。
エルは何かを言われる前に足を動かした。
街は車内から見たときよりも荒れているように見える。道には物や瓦礫、死体が散乱し、すぐ近くで建物が燃えている。業火は黒い煙を空高く上げていた。そんななか人々は鉄パイプや銃、火炎瓶などを持ってスクラップとなった衛兵BOTを叩き壊している。近くでは装甲車が炎に包まれていた。
「…………500メートル先、【軍事防衛サービスグループ】第十七治安部隊、生物兵器T170…………戦闘中」
エレオノーラの声がした。能力を使っているようで、どこにいるかは誰にも分からない。
「お前ら!! この道の先にコンピューターの支持者と我らが革命軍が戦っている! 加勢して、敵を殲滅しろ!!」
耳が張り裂けるような叫び声が暴徒を動かした。
彼らは手に持った武器を掲げ、叫んだ。
「コンピューターを潰せ!! 正しき罰を! 権力者に!!」
「そうだ! こんな社会は間違ってるんだ! 今こそ【β-shelter】に栄光を!」
「軍人どもを殺せ! 殺せ! これは天誅だ!!」
溜まっていた激情を露わにし、唸り声を上げると彼らは狂心に身を任せ獣のように標的を目指し突進して行く。
「オレらは裏路地を通って行くぞ。あいつらが暴れてる限りはバレないだろう」
「…………あの人たちは……どうなる、の?」
「それは彼ら次第だ。オレらが成し遂げなければ彼らが生きても死んでも、意味が無くなっちまう。多少の犠牲は目を瞑るしかねぇ」
そう言い切ると、ブライアンは路地裏へと入って行った。
路地裏にも点々と死体があった。黒い炭になっているのもあれば、腕や胴体が存在しない物も転がっている。エルたちはそれらを踏みながら路地裏を駆け抜けていく。
すぐ近くでも何度も悲鳴や怒号、生物兵器の雄叫びや銃声が発せられていた。
耳を抑えたくなるほどの轟音であったが、誰一人として手足を止めることなどしなかった。
「助けて! 熱い、目が焼ける!! 助けて!」
肉を焼くような臭いと共にまだ年若い少女の声が響いた。
刹那、ブライアンは足を止めた。しかし首を横に振ると再び走り出した。
「すまねぇ。すまねぇ! できないんだ!」
「助けて! だれか、お願い! 助けて」
「くそっ…………オレの所為だ。子供も巻き込まれるって分かってた上で皆を扇動した所為だ。多少の犠牲……!? くそっ! クソっ! 、畜生……!!」
ブライアンはこの世界を恨み、何も変えることのできない呪詛を唱えた。腹部をナイフで突き刺されたかのような重苦しい顔をして自らを悔やみ、軽蔑しながらもその足は目的地に着くまで決して止めなかった。




