闘う者たち 5
「エル、下の階に可燃性のガスを充満させてくれ。僕が火を付ける」
三階への階段の近くまで駆け抜けると、ルドルフは青白い電気を見せた。
爆発させて一気に仕留めるということか。素晴らしいじゃないか、それでコンピューターの協力者を殺せるなら乗ってやる。
エルは階段に手を向けた。瞳が輝き笑みを浮かべると、手から可燃性の毒を噴出した。少しすると階段を上がって行く足音が聞こえ、すぐに後退する。
「充満するには時間が足りない。やってくれ」
ルドルフは頷き放電しようとし……やめた。
「電気じゃ僕らも巻き込まれちゃうね」
そう言ってレーザーガンの引き金を引いた。
赤い光が放たれると同時に、強い衝撃と熱が発せられ爆発。
2階と3階を繋ぐ階段から眩い閃光が零れた。
「これで全員死んだかな? 残ってるとしても衛兵BOTだけだろうし、僕見てくる」
ルドルフは手すりを跨ぐと二階へ降りて行った。
残されたエルとマルコは黙したまま、先へ続く廊下に手を、銃を構える。
「今のでほとんど殺せたみたいだよ。死体だらけだ。あと残骸もね。生き残りと使えそうな衛兵BOTがいないか見てくるね」
下から緊張の解けた声が響き、エルは手を降ろした。ちょうどそのときだった。なんの予兆もなく突如として壁が吹き飛んだのだ。
衝撃によりコンクリート片と金属の支柱が砂煙を舞い上げながら弾丸のように飛来していく。
何があった? エルは必死の思いで目の前を見据える。砂煙の奥、大型車ほどの大きさをした黒い影が飛んでいた。蠅が近くを飛び回るような音も聴こえる。
「キュィィグィィィグィィ!!」
この世の物とは思えない頭に響く不快な鳴き声。これは機械じゃない。生物兵器だ。
そう理解したエルは歯を食い縛り手を向け、毒を放とうとした。
しかし出せなかった。何故――――? 疑問に思いエルは自らの腕を確かめる。
生物兵器に対し向けた腕には、鉄骨が突き刺さり肘から手のひら近くまで貫通してしまっていた。壁が破壊されたときに飛んできたのだろう。
無痛薬の所為で痛みに、違和感に気付けなかったのだ。エルはすぐさま無事な方の腕を向けようとするも……明らかに遅かった。
生物兵器の強烈なタックルを直撃。エルは全身を壁に打ち付け拘束された。
間近で見て初めて生物兵器の全体像を捕えることが出来た。
昆虫のような節のある身体。ゴキブリのような羽根。電柱のように太く頑強な六本の脚。それらを巧みに使いエルの四肢を抑え、逃げ道と攻撃手段を失わせている。
生物兵器は幾つもの黄色い複眼がエルを捕え、ギロチンのような顎をカチカチと鳴らした。
まずい。なにか手段はないのか? エルは苦し紛れに使える手から毒を出すも抑えられているからか勢いが悪い。間に合わない。
「くそっ――――!! 虫のくせに……!」
思わずそんな言葉を吐いた。死ぬ? そう考えるとやはり恐ろしくてガスマスクに涙が溜まる。
「エルを……! 離せ!!」
誰かがそう叫ぶと、生物兵器は大きく身体を揺らした。
一瞬の隙を見てエルは拘束から脱出し、生物兵器と距離を取る。
叫んだのはマルコだった。
彼は鬼のように顔を歪め、口から鋭く荒い息を吐いて自らを鼓舞し、レーザーガンを構えている。
「キュィィグィィィグィィ!!」
生物兵器は再び雄叫びを上げると、標的をマルコに変えた。羽根を広げ飛翔すると風を切るようにマルコに接近していく。
マルコは息を荒らげながらも冷静に近づいて行く生物兵器の頭部と胴体の関節部分を撃ち抜いた。
それでも生物兵器は止まることは無かった。腹部に付いた鋭い針を構え、マルコを刺突し、そのまま壁に押し付けた。
人とは思えない絶叫を上げ、マルコはレーザーガンの引き金を何度も引いた。レーザーガンは生物兵器の固い甲殻さえも穿いてくが拘束は外れない。むしろ掛かる力は強くなっていった。
「このっ……!!」
エルは狂った獣のように生物兵器に抱き着くと、ゼロ距離で関節部分を撃ち抜いた。生物兵器は紙屑のように何度も転がり、今度こそ動かなくなった。
エルは無痛薬を取り出し強引にマルコの口に入れた後、針を引き抜いた。針はマルコを貫通し、壁にまで突き刺さっていた。
引き抜くと赤くぬめりとした血が噴水のように溢れ出した。
「…………こういう時は、コンピューターの薬も役に立つね。ここまで痛みがなくなるとは……おかげで普通に喋れる」
朗らかな笑みを見せるマルコに、エルは憤慨した。
「なにがおかしい。このままだと死ぬんだぞ」
「おい! なにがあった!?」
ブライアンの声が聞こえ、二人はそちらを向いた。
惨状を目にし、事態の深刻さを瞬時に把握したブライアンはなにかを言う前に服の一部を破り包帯代わりに巻き、数種類の薬を飲ませた。エルに対しても鉄骨を抜いた後、同様の処置を行った。
「駄目じゃないか……。エレオノーラたちを置いて行ったら……」
「黙ってろバカ野郎! クソっ! ルドルフの奴はこんなときになにやってるんだ!!」
苛立ちを壁にぶつけ、怒りに声を上げた。
「……呼んだか?」
下の階から声がするとルドルフは階段を上がり姿を現した。瞳は充血している。
「マルコが重傷を負ってるときに、テメェはなにをやってたんだ!?」
「僕の仲間が一人死んだ。衛兵BOTの自爆攻撃を自分に向かうようにして……そう連絡が来た。僕がいればそんなこと、間違えなく事前に防げたはずなんだ……!」
ルドルフは俯いて、そのまま何も言わなくなってしまった。彼の足元は水滴が落ちている。
ブライアンは罵倒中傷を浴びせようとしたその口を押え、言葉を止めた。
憤りの無い怒りは腕を震わせ、転がっていた生物兵器の死骸を蹴り飛ばした。
「すぐに治療すれば助かるかもしれねぇ。お前はもう喋るな! 痛くなくてもだ! エル、お前も手伝え」
ブライアンはマルコの肩を背負った。エルは無言で頷き同様のことをする。
傷をこれ以上悪化させないように慎重に、かつ素早く移動し発電制御室にたどり着いたときには5分をとうに超えていた。
「遅いじゃない……って! マルコ!? 大丈夫なの?」
リディアはすぐにマルコに駆け寄り、怪我の具合を見た。エレオノーラも姿を現し、不安そうに恐ろしそうに、その薄暗い瞳でマルコを見詰めている。
「発電施設の停止コードは完了したか?」
「えぇ。これで私がコードを再入力しない限り絶対に動かないわ」
「よし、すぐにここを出るぞ」
ブライアンは皆を急かし声を荒らげる。
「……ブライアン、自分は手遅れだよ。自分の身体だから分かるのさ。この身体は毒で蝕まれている。有毒だったみたいだね」
マルコは優しくエルとブライアンを引き剥がし、自らの足で直立した。そのまま部屋を出て階段の前まで歩いた。
「どうせなら自分の足で歩きたい」
「……お前がそう決めたならオレは止めない。エレオノーラ、第六感はもう平気か?」
「……平気。一階、二階。敵意反応……無し。それよりも、マルコは……平気なの?」
「自分は大丈夫。一見すると苦しそうだけど全然痛くないさ」
マルコは服で傷を隠し階段を降りて行った。
服は赤黒く染まっていた。
三階から二階、一階まで降りて行く。
食堂まで辿り着くことは容易であった。食堂は敵兵の死体が至る所に転がっている。
「pz300を自動モードにして下の階にいる敵を機銃掃射するようにしてたんだけど、壊されたみたいだね……」
ルドルフは俯いたままそう言った。
PZ300は水浸しの状態で粉々になっていた。
「アーロン! いるなら返事しろ!」
ブライアンは大声で名前を呼んだ。しかし誰も返事はせず、廊下の方で声は木霊していく。
「私が連絡してみるわ」
リディアはタブレット端末を取り出し耳に当てた。
……沈黙。やがて彼女は首を横に振った。
「行こう。第一発電施設も停止コードの入力を完了したみたいだ」
脳内通信で連絡を受けたのだろう。ルドルフは移動を促した。
ブライアンはしばらく悩んだがやがて頷いた。
重い足取りで穴の開いた壁から外に出ると車はすぐに見つかった。中型のワゴン車だ。
「発進ヲ許可セヨ」
ルドルフが能力を使うと、車は鍵を刺されずともエンジンが掛かった。ブライアンが運転席に乗り込み、エレオノーラは助手席へと向かう。
リディアは席の一つを可能な限り傾け倒すとそこにマルコを座らせた。
「寝てなさい。あのバスなら最低限の治療ができる道具があるはずだから。毒が云々とか言って諦めるなんて許さないからね」
「……ありがとう」
「なんで助けたんだ?」
エルは質問した。
ずっと考えていた。彼が命を張ってまで助けた理由を。
俺の能力が便利だから? 否、その程度の理由で命を差し出すような人間はいない。
いるはずがない。
口だけは達者で命を掛けても守るなどと言う奴は多いだろう。
――――俺もその一人だった。
普通、実行できるか? 無理だ。俺にはそんなことできないから……分からない。
……俺にはマルコという人間が理解できない。
「理由が必要かい? そんなのいくらでも作れるよ。例えば――君がまだ若いからとか、可哀相に思えたからとか……」
「ふざけるな」
エルはおもわずマルコの胸倉を掴んだ。
「止めなさい!」
リディアの剣幕に押され、そっと手を離した。
「ブライアン、もう一度だけアーロンに連絡してもいいかしら?」
「あぁ。構わない」
許可を貰うと再びタブレット端末を耳に当てた。
『これから私たちは第四発電施設に向かうわ。もしこれを聞いたら基地に向かって頂戴』
「……いいわ。発進して」
「あぁ……」
車は人気のない発電施設を走り出した。
皆、喋ろうとせずサイレンの喧しい音だけが偽りの空に溶けていった。
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