闘う者たち 4
あまりの勢いにエル自身が吹き飛んでしまいそうになったところをルドルフがなんとか受け止める。
「これが君の能力か。さすがミュータントだ。見てみろよ。あのざまを」
ルドルフは生物兵器を指差した。生物兵器はのた打ち回っていた。痛みに苦しむように叫び声を上げている。そう時間の経たぬうちに絶命するだろう。
段々と離れて点のようになっていく生物兵器をエルは傍観し、呟いた。
「ティアを殺した罰だ。死んだら全部なんだよ」
「……第六感反応……あり。距離……500。【軍事防衛サービスグループ】…………建物内」
「このまま突撃だ! 全員、衝撃に備えろよ!」
ブライアンの叫び声が偽りの空まで響く。
PZ300は増々速度を上げていく。隣にあった景色は一秒後には数十メートルも後ろにあった。目の前の建物が段々と大きく見えてくると、副砲である機銃を用いて、発電管理施設の壁を壊し始めた。コンクリートが砕け散る音と機銃から弾丸が一発一発放たれるたびになる轟音、空薬莢の落ちる金属音が相まって耳に痛みを与える。
「全員! ここからが本番だぜ!」
次の刹那――――壁を撃ち破り、砂煙と強い衝撃を上げながら建物内部へと侵入した。
エルは前転し、PZ300から降りながら、近くの遮蔽物に見を隠す。
侵入した部屋は広いが、机や椅子しかない。壁には自動販売機が埋め込まれており、それによってここが発電施設の食堂であることが理解出来た。
「……敵、衝撃を感知し…………接近中。数、多い」
「どうする? 邪魔をする荒波は…………避ける? それとも打ち破る? どのみちただで済むとは思えないよ」
マルコは二つある食堂からの出口のうち一つに、レーザーガンを構えながら、隣で同じく銃を構えるブライアンに尋ねた。
「エレオノーラの第六感で検知できないレベルの数だ。避けた方がいい。だが――――」
会話は爆発音によって掻き消された。
すぐに全員が身を伏せ、回避行動を取る。
赤い光線と鉛玉が頭を掠めるように何発も飛来しており、とてもじゃないが、身動きが取れそうにない。
「全員目を閉じて伏せろ」
アーロンはそう言うと、腰に掛けていたグレネードを投擲した。
数秒後、部屋は閃光と爆発音とはまた違う、耳に障る高音を発した。
「今だ。行け」
アーロンはブライアンの背中を強く叩いた。
「俺は、こいつらを全員ぶっ殺す」
彼は異常なまでに、狂喜し瞳を爛々と輝かせていた。
「すまない、助かる。……行くぞ! リディアとエレオノーラは死んでも守れ! そしてオレ達の計画を成し遂げるんだ!!」
ブライアンがもう一か所の出口まで駆け抜け、エルも同様に走り抜けた。
食堂を抜けた先の廊下に二人の敵兵がいた。
ガスマスク、防弾チョッキを着用し、実弾銃であるサブマシンガンを持っている。構えてはいなかった。
エルは腰に掛けていたグレネードをピンも外さずに投擲し、同時に敵兵の一人に馬乗りになった。
「なにをする!」
「……殺すんだよ」
そう言って敵兵のガスマスクを強引に引き剥がすと、手を押し付け毒を放った。
口の中に直接、猛毒を流し込まれた敵兵は譫言を吐き痙攣すると、そのまま動かなくなった。
殺した。
殺してやった。でもダメだ。怒りが収まりそうにない。心が晴れない。
エルは何事も無かったかのように立ち上がった。
ふと隣を見下ろすと、毒で死んだ敵兵とは別に、もう一人の死体があった。死体はレーザーガンで撃たれて。ティアのように腹部に大穴を開けている。エルは目を伏せた。
あの時の光景が脳内に写り、気分が悪くなりそうだったからだ。
だれが殺したのかと思い、皆の持っているレーザーガンを見ると、マルコの銃口からまだ音が鳴っている。彼が撃ち殺したようだ。
「くそ、小賢しい。エレオノーラ、リディア。怪我はしてないな?」
「…………私、平気。だいじょーぶ」
「私も平気よ。発電施設を使い物にならなくさせるための道具もね」
リディアは微笑むと、USBメモリーのような物を取り出して見せた。
どうやらそこに、発電施設を停止させるコード、プログラムが入っているらしい。
「ならいい。発電制御室は建物の三階にある。急ごう」
廊下を少し進むと、階段はすぐに見つかった。エルたちは警戒しながら進んで行く。
「……生物兵器…………種類、T80…………1匹。二階の廊下に、いる」
エレオノーラの警告を耳に入れるや否や、エルは階段を駆け抜けた。
廊下には黒色の虎のような化け物が一匹。牙と爪は刀のように長く、空気をも斬れそうなほどに鋭利だ。
生物兵器はエルを見るなり雄叫びを上げて、飛び掛かった。
エルはすぐに手を向け、毒を生成した。手から出された物はガスではない。水に触れることで強い熱を生み出し、肉を溶かす……美しい蒼をした水晶のような槍だ。それはちょうど飛び掛かった生物兵器の胴体に深く突き刺さった。
生物兵器は跳躍し、壁を蹴って急後退した。
『ボォォォォォォ!!』
生物とは思えない呻き声を轟かせ、生物兵器は再び飛び掛かった。
エルはもう一本、蒼い槍を作り出し鋭利な牙が並ぶ悍ましい口に突き刺した。しかし生物兵器の勢いは止まらなかった。視界の目の前にまで来た生物兵器を回避することはもはや不可能で、エルは生物兵器の下敷きとなってしまった。
「があああああ!!」
叫び声に混ざってバキボキと軽快だが痛々しい音が響いた。
「大丈夫か!? エル!」
痛みに苦しむ叫び声を聞き、ブライアンたちはすぐに駆け付けた。
「見てわからない!? すぐに助けなきゃ!」
リディアは生物兵器の四肢を掴み、全身に力を込め、引っ張り上げた。
「…………T80、重さ……約300kg。つまり、凄く重い……。リディア一人では、無理。……私も、手伝う」
見えない力が生物兵器を持ち上げようとした。だがやはり動かない。
「……助かる。ただ、蒼いそれには触れるな。危険だ」
「ったく世話が焼けるな」
愚痴を溢しながらブライアンも生物兵器を引っ張り上げた。歯を食い縛り、なんとかエルを助け出せる程度の隙間を作り出す。
ルドルフはエルにしか聞こえないように、囁いた。
「固体も出せるのか……。素晴らしいミュータント能力だ。待ってて、すぐにこんな錘退かして見せよう。ちょうど下水も消えてたところだしね」
彼の瞳が輝くと、身体から小さな紫電が走った。
「負担が多いけど、電気は慣れれば便利だ」
三人でようやく持ち上がっていた生物兵器を軽々と持つと、それを壁に放り投げ、強い電撃を放った。
骨やら肉が潰れる音がしたと思うと、電撃による閃光と衝撃、熱が生物兵器を焦がし、肉塊へと変えた。
一仕事終えたように、ルドルフは溜息を付くと、エルに手を差し伸べた。
「ミュータントを傷つけるようなやつは殺してやった」
エルはどう返答すればいいかわからず、無言で立ち上がった。すると肋骨辺りに激痛が走った。
折れたのだろうか? しかし痛みがあると支障が出てしまう。
エルはどこかから赤い錠剤を取り出すと、それを三粒ほど飲み込んだ。無痛剤と呼ばれる、【β-shelter】では簡単に買える薬の一つだ。痛みをほぼゼロにできる便利な薬だが、副作用として、五感が低下するのと効果があるうちは怪我をしても気づかなくなってしまう危険な物でもある。
「……大丈夫?」
「平気だ」
エレオノーラは、エルの服の裾を引っ張り、不安そうに尋ねた。
反してエル素っ気なく答えると、三階の階段を上がり始めた。するとマルコは険しい表情を浮かべながら並走した。
「コンピューターが合法として渡す薬は、効果こそ凄まじいが副作用も尋常じゃない。それを複数錠も飲む時点で、君は大丈夫なんていう状態ではない」
「……だからなんだ? 俺に惚けてろでも言いたいのか?」
「そうじゃない。ただ無理をしないで欲しい」
「なぜ? 今は無理してでも殺し合うべきだ。俺の能力はそのためにあるんだぞ?」
「…………本当にそう思ってしまっているのか。そうか。ならいいよ。時間を取ってしまったね。……エレオノーラ、上の階に敵意はあるかい?」
「敵意、一階に多数…………三階、安全…………不自然、もしかしたら……感知出来てない、だけ、かも…………連続使用、性能落ちる……から。その、ごめん……なさい」
「平気だ。ありがとうエレオノーラ」
マルコは三階へ上がった。三階の廊下は不自然なほどに静かで不気味だ。
ブライアンはエレオノーラを信用しながらも慎重に廊下を進んでいく。
「……変だな。一番大切な場所を守る物がないなんて」
「まぁ楽でいいんじゃない? 僕としては衛兵BOTがいてくれたほうが良かったけどね」
反してルドルフは、エレオノーラ……ミュータントを完全に信用しスタスタと三階廊下を進んで行った。
靴が床を踏むたびに音が鳴り、反響していく。
本当に敵はおらず、エルたちは発電制御室の前までたどり着いた。
「電子鍵が掛かってるね。壊す? エルが腐食性の毒を出して、僕が電撃をすれば開くと思うよ?」
ルドルフは分厚い金属の扉をコンコンと叩いた。
「やめなさい! 下手な衝撃を与えて、奥の装置が壊れたらどうするのよ! ったく、ミュータントだからって調子に乗らないでよね。私が開けるわ」
リディアは荷物からタブレットを取り出し、ケーブルを扉に繋ぐと操作をし始めた。
30秒ほどして、扉に取り付けられたスピーカーから音声が響いた。
『権限者アカウントを認証しました。扉を開きます』
小さな摩擦音が聞こえると、扉は床に収納され始めた。段々と扉の向こうの光景が見えていき、ブライアンが気づいた。
「自立固定砲だ!」
扉のすぐ目の前、光学センサーで標的を察知し、自動で機銃掃射を行う無骨な殺人兵器の存在に気づき、そう叫んだ。エルたちはすぐにセンサーの死角、壁に身を潜める。
「…………敵意……ない。たぶん……電源切れて、る」
「そうか。なんで電源が切れてるかは知らないけど……これなら大丈夫だね」
皆が半信半疑の中、ルドルフだけはすぐに立ち上がり、セントリーガンに面と向かい合った。
リディアは思わず顔を伏せた。しかし機銃が弾丸を放つ音も、ルドルフが木端微塵になるような音も衝撃も聞こえない。
「なんで皆、信じてあげないんだか。特にブライアンさんは信じるべきだと僕は思うよ」
ルドルフは呆れるような仕草をわざとらしくすると、口を歪め嘲笑を浮かべた。
「…………ブライアンを……悪く、言わないで……慎重なだけだもん」
「いや、エレオノーラ。お前を完全に信じることが出来なかったオレが悪い。すまなかった」
「…………平気。それよりも、発電施設を停止、させよう」
エレオノーラの発言を聞き、リディアは我に帰った。すぐに発電制御室の中へと入り、部屋に置かれたパソコンにUSBメモリーを刺し込むとキーボードを打ち込み始めた。制御室は薄暗くパソコンが数台に三つのロッカーが置いてある程度の小さな部屋だった。
「少し時間が掛かるわ。ブライアンたちは三階の安全を確保して。エレオノーラ、二階に敵意はある?」
「…………いる。一階にいた敵意が、一人以外……三階に上がる階段、エレベーターに…………接近中、こっちに、来る」
「細かい種類は分かるか?」
「ごめん……なさい」
エレオノーラは息を荒らげ、ぬるりと姿を現した。涙を浮かべ、自らの無力さを悔いるように裾を強く握り締めている。
「……数が多い。連続使用、しばらく……無理」
「大丈夫。そんな奴すぐに蹴散らしてくるから、ね?」
ルドルフはエレオノーラを慰め頭を撫でると部屋を出た。
マルコ、エルもそれに続いて行く。ブライアンも部屋を出ようとすると、エレオノーラがそれを引き留めた。
「行かないで」
「でもオレがここにいたって――――」
「いてあげなよ。こっちは三人で大丈夫だから」
マルコは笑みを浮かべ、刃渡り30センチほどの大きなナイフを手渡した。
「なんのつもりだ?」
「騎士が主君と一緒にいないでどうするんだ、って言っただけさ。間違っても付いて来ないでね?」
マルコはレーザーガンのエネルギー残量を確認すると、部屋を出て行った。
残されたブライアンはおもわず溜息を付いた。
「……リディア。発電施設の永久停止コードはいつ終わるんだ」
「まず最低2分。これはセットアップにかかる時間ね。これだけは私も短縮しようがない。その後停止コマンドに掛かるから……良くても合計5分は必要よ」
「オレに何かできることはないのか?」
「分かってて聞いたわよね? ブライアン、あなたの仕事は生き残ることとエレオノーラを守ることよ。コンピューターが崩壊したらあなた以外に国を指揮できる物や人がいると思ってるのかしら?」
「はぁ……。畜生。これで死んだらゆるさねぇぞ。あいつら」
□□□□□




