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激重執事の一途な空回り〜お嬢様略奪計画〜  作者: ハチ蜜


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4/10

第4話

密室の罠という私の崇高な試みは、お嬢様の「聖母(マリア)をも凌駕する底知れぬ慈愛」によって霧散した。


だが、挫けている暇など一秒たりともない。

あの日以来、ルーカスはお嬢様と頻繁に連絡を取り合い、熱心にお茶会の約束を取り付けているようだった。


執務室の机の上で、エレノア様が手帳を広げてブツブツと呟いているのを、私は聞き逃さなかった。


「……ルーカスとの次のお茶会、どこにしようかしら。周囲の空気感とか、最新の社交界の流行を肌で感じられないと困るのよね。……でも、二人でじっくり詰めたい話もあるし」


(な、最新の社交界の流行……!?)


その時のエレノア様の表情は、どこか獲物を狙う肉食獣のように真剣で、瞳には艶やかな熱が宿っていた。


私の脳内で、即座に最悪のシナリオが構築される。


(あんな不貞を許してもらった男が、今度は二人きりで何をしようというのだ! まさか……結婚披露宴の演出相談……!? いや、それどころか、式で身につける装飾品やドレスの流行を二人で甘やかに語り合い、逢瀬を楽しもうというのか……!?)


許せるはずがない。


あの男の薄汚い独占欲に、お嬢様の清らかな時間と可憐な笑顔がこれ以上奪われてたまるか。


「お嬢様、もしやルーカス様とお茶会をなさる場所をお探しでございますか?」


私が恭しく尋ねると、エレノア様は顔を上げ、小さく息を吐いた。


「ええ、そうなのよ。公爵邸だとお父様たちの目があって落ち着かないし、かといって普通の店じゃ欲しい情報が掴めるか分からないし。華やかで、世間の流行に敏感な人たちが集まるような……そんな都合のいい場所、ないかしらね」


「左様でございますか。……私にお任せください。お嬢様にとって、最も刺激的な空間をご用意いたしましょう」


私は完璧な執事の礼をとった。

内心では、ドス黒い炎がゴウゴウと燃え盛っていた。


(任せておけ、ルーカス……! 貴様が思い描くような、甘美な二人きりのランデブーなど絶対に成立させてやらん……!!)





◆





迎えた約束の日。


帝都の一等地に佇む、貴族御用達の高級サロン併設のオープンテラス。


やってきたルーカスは、テラス席の異様な光景を目にした瞬間、入り口で完全に硬直した。


「……え、エレノア。これ、どういう状況なんだ……?」


無理もない。


テラスを取り囲むように配置された周囲のテーブルには、社交界で最も発言権を持ち、最も噂話と流行にうるさい有閑貴婦人たちのグループや、目の肥えた令嬢たちがびっしりと陣取っていたのだ。


彼女たちの扇子の隙間からは、好奇の視線とヒソヒソ声が絶え間なく注がれている。


これぞ、完璧超人執事による「衆人環視・社交界の天敵包囲作戦」


私が裏から当家秘蔵の限定茶会チケットをばら撒き、口うるさい貴婦人たちをテラス中に呼び寄せたのだ。


(どうだ、思い知ったかルーカス……!)


二人きりの甘い雰囲気など作らせてたまるものか。


これほど社交界の重鎮たちに見張られていれば、一挙手一投足が翌日のサロンのゴシップの種になる。気安く愛を囁くことなど、恥ずかしくて絶対にできるはずがない!


居心地の悪さに耐えかねて、早々に退散するがいい!


私は内心で快哉を叫びながら、冷徹な鉄面皮で二人の席の給仕についた。


しかし。


テラス席に足を踏み入れたエレノア様は――周囲の貴婦人たちを見渡した瞬間、信じられないものを見たかのように、その美しい切れ長の瞳をキラキラと輝かせたのだ。


「まあ……! 素晴らしいわ、ジーク!」


エレノア様は優雅に微笑み、私の耳元で小さく囁いた。


「こんなにも流行の最先端をいく方々が一堂に会しているなんて! 帝都の生の声がここに来るだけで全部聞けるじゃない。完璧よ、私の欲しかった環境そのものだわ!」


「……は、はい?」


私の喉から、間抜けな裏返った声が漏れ出た。

欲しかった環境……?

この衆人環視の針の筵(むしろ)が、お嬢様の欲しかったもの……!?


エレノア様は扇子を口元に当て、ルーカスに向き直ると――ふわりと、息を呑むほど甘やかな、愛らしい笑みを浮かべた。


「お待たせしたわね、ルーカス。……今日はお招きくださって嬉しいわ」


「あ、ああ……! 僕こそ、君とこうしてお茶ができて幸せだよ、エレノア」


ルーカスもまた、ぎこちなさを隠すように優しげな笑みを浮かべ、エレノア様の手を取って恭しく席へとエスコートした。


(な、なんだ……この茶番のようなイチャつきは……!?)


私の背筋に冷や汗が流れる。

周囲の貴婦人たちも、扇子の影で「まあ、なんて仲睦まじいこと」「お似合いのご婚約者同士ですこと」と色めき立っている。


二人とも、衆人環視のプレッシャーに怯むどころか、完璧な「熱愛中の婚約者カップル」を演じきっているのだ。


二人はテーブルに並んで座り、顔を寄せ合ってメニューを眺め始めた。

私は給仕としてすぐ傍らに控え、全身全霊で二人の会話と周囲の気配に耳を研ぎ澄ませた。


その時である。

すぐ隣のテーブルに座る貴婦人たちの、ヒソヒソとした囁き声が風に乗って流れてきた。


『――ねえ、聞きましたの? 南方の海を越えた未開の島に、夜空の星のように光を弾く、極上の絹布(シルク)があるらしいのですわ』

『まあ、あの幻の織物ですの? どんな貴金属よりも美しく輝くとか……』

『ええ。もしあんな布でウェディングドレスを仕立てられたら、社交界中の羨望の的になりますわよねえ……手に入らないかしら……』


その会話が耳に入った瞬間――エレノア様の切れ長の瞳が、獲物を狙う鷹のようにカッと見開かれたのを私は見逃さなかった。


お嬢様は口元に扇子を当て、隠された唇をニヤリと吊り上げたのだ。


(お、お嬢様……!?)


エレノア様はすぐさま表情を可憐な婚約者のそれへと戻し、身を乗り出してルーカスに甘えるように囁いた。


「……ねえ、ルーカス。今のお話、聞こえたかしら? もし……そんな素敵な布で、純白のドレスを仕立ててもらえたら……私、世界で一番幸せな花嫁になれそうだと思わない?」


その声はとろけるように甘く、乙女の純真な憧れに満ちていた。

だが、その瞳の奥にはギラギラとした野望が燃え盛っているように見える。


ルーカスもまた、エレノア様の意図を瞬時に察したように、破顔して顔を近づけた。


「もちろんさ、エレノア! 君のためなら、どんな海の果てからでもその布を取り寄せてみせるよ。……君には、世界で一番美しく輝いてほしいからね」


「まあ、嬉しい……! あなたって本当に頼もしい人ね」


エレノア様が頬を染めて微笑むと、ルーカスは懐から小さな革表紙の手帳を取り出し、テーブルの上でそっと開いて見せた。


そこには、色鮮やかな宝石の絵柄と原産地の一覧が描かれていた。


「それなら、その特別なドレスに合わせる装飾品も選ばなきゃね。……エレノア、君はどれがいいと思う?」


ルーカスが甘やかな眼差しで、手帳のページを指差す。


エレノア様は細い指先で、帳面の一箇所――南方の海原を思わせる、深みのある濃紺のサファイアをトントンと軽く叩いた。


「そうね……。輝く布に合わせるなら、絶対にこの『深い青』の宝石がいいわ。この気品ある青なら、周囲の視線を確実に釘付けにできるもの。……ふふ、最高に価値のあるものを、一番いい形で手に入れなきゃね」


「やっぱり青か! 僕も絶対にそれが一番映えると思ってたんだ。……君に選んでもらえて本当によかったよ」


顔を見合わせ、満足げに微笑み合う二人。


その光景を至近距離で目撃した瞬間――私の心臓は、鋭い氷柱で一気に貫かれた。


(どれがいい、だと……!?)


手袋の下の指先が、ガタガタと震え出す。


――そんな素敵な布で、純白のドレスを仕立ててもらえたら。

――君のためなら、海の果てからでも取り寄せてみせる。

――ドレスに合わせる装飾品は、どれがいい?

――あの深い青の宝石がいいわ。最高に価値のあるものを手に入れなきゃ。


(け……結婚式で身につける……ウェディングドレスと……特注の宝石の相談……ッ!?)


頭の中で、恐ろしい雷鳴が轟いた。


隣の席の貴婦人たちの話をきっかけに、お嬢様はあの男に「世界一のドレス」をおねだりし、男はそれに合わせて「世界一の宝石」を贈ると約束したのだ。


人前で仲睦まじく顔を寄せ合い、二人の甘い婚礼の衣装を、あんなにも幸せそうに語り合っている……!?


(お、おのれ……ルーカス……ッ!!)


私の奥歯が、ギリギリと音を立てて軋んだ。

胃の腑が焼け爛れ、目頭から熱い血の涙が滲み出る。


あんな男からの施しなど、お嬢様にふさわしくない!


お嬢様のあの白く滑らかな肌を包むドレスも、あの気品ある胸元を飾る宝石なら――!


(俺が……! 俺が生涯の給金をすべて投げ打ち、命を削り、地の果ての海原を越えて幻の布を買い占め、鉱山を素手で掘り返してでも、世界で最も気高く美しい青き宝石を捧げて差し上げたかった……ッ!!)


なぜだ。なぜ私にはそれが許されない。


なぜ私は、ただ黒衣を纏い、他人の男からドレスと宝石を贈られて頬を染めるお嬢様を、給仕として指をくわえて見つめることしかできないのだ……!


『愛する主の肌を包む純白の布を、私は触れることすら許されない。

 私の命をどれほど捧げようとも、主の胸元を飾るのは別の男が買い与えた青い光。

 私は影だ。眩い光に手を伸ばすことすら許されぬ、哀れな闇の僕に過ぎないのだ……』


脳内で止まらない激重ポエムの奔流。


あまりの絶望と自己憐憫に、私の精神は再び臨界点へと達しかけていた。


「ジーク、お茶を注いでくれる?」


不意にお嬢様の澄んだ声に呼び戻され、私は寸前で感情を仮面の奥に押し込め、震える手で銀のティーポットを傾けた。


「かしこまりました、エレノア様」


「ふふ、ありがとう。ねえジーク、あなたが手配してくれたこの席、本当に最高だったわ」


エレノア様はカップを手に取り、心底嬉しそうに私の顔を見上げた。


「周囲にこんなにも目が肥えた方々がいてくれたおかげで、最高の発見ができたわ。何が一番求められているのか、肌で実感できたもの。……さすがは私の優秀な執事ね」


「…………」


言葉が出なかった。

お嬢様は、私を褒めてくださっている。


だが、その実態は――。

自分が嫌がらせで送り込んだ口うるさい貴婦人たちの噂話すらも、披露宴で自分が身につける最高のドレスと宝石選びのインスピレーションとして利用され、そのお膳立てをした「優秀な手配師」として感謝されているのだ。


(尊い……。お嬢様のその慧眼と美しさは、天上の星より尊い……。だが、残酷だ……! 拷問よりもなお残酷すぎる……ッ!!)


「……勿体無きお言葉でございます」


私は血の涙を飲み込み、完璧な角度でお辞儀をした。

だが、顔を上げた私の双眸の奥には、ドス黒い執念の炎が怪しく揺らめいていた。


(……まだだ。まだ私は負けてはいない)


どれほど人前で仲睦まじい恋人を演じようとも、どれほど甘いドレスや宝石を約束し合おうとも、あのルーカスという男の心の奥底には、あの女騎士への未練が渦巻いているはずなのだ。


(次は……小細工など弄さない。あの男自身の『動かぬ証拠』を、お嬢様の目の前に直接突きつけてやる……!)

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