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「?なぁに、ルーシー。そんなにジッと見つめて」
こてりと首を傾げる、この世で一番綺麗な少女。ふわりと風に靡く黄金の髪があまりに美しくて、ルーシーは目を細めて「何もないわ」と微笑んだ。
「ただオフィーリアが綺麗だっただけ。見惚れてたの」
「はいはい、もう。そんなに言わなくても知ってるわよ。ルーシーがいつも言うから慣れてきちゃった」
「ふふ。いいことね。オフィーリアはもっと称賛に慣れないと。それに相応しい女の子なんだから」
「ルーシーったら……」
困ったように下げられた眉。苦笑の形の笑み。けれどその実オフィーリアの頬はほんのりと嬉しそうに色付いていて、「贔屓目よ」と話す声は嬉しそうだった。
花のような女の子。宝石のような乙女。
こんなにも綺麗で、純粋で、輝くようなひとを蔑ろにするなんて。あの男は全く見る目がない。
あの日、ルーシーとオフィーリアが出会った日。オフィーリアがあんなくだらない男のために泣いていたことを思うと、はらわたが煮え繰り返りそうだった。
オフィーリアがフォルジュ家の娘だから。
たったそれだけの理由で、オフィーリアを蔑ろにして傷付ける男のことが、ルーシーは心から嫌いだったのだ。憎んでさえいた。
奥歯をぐっと噛みしめる。そんなルーシーにオフィーリアは暫くきょとんとした後、何か合点がいったのが、「ふふっ」と嬉しそうに綻んだ。
「……オフィーリア?っきゃ!もう、オフィーリア!」
「ふふ!ルーシー、ルーシー!」
「もう、いきなり飛び付いたら危ないでしょう。怪我をしたらどうするの」
「だって嬉しかったんですもの。貴女が私のこと、すごく、すごーく心配してくれているのが分かって!」
オフィーリアを庇うように倒れ込んだ草の上。オフィーリアは、ルーシーの上に寝転がりながらそう言った。
首元に擦り寄られて、「大好きよ、ルーシー」と幸せそうに言われてしまうと、それ以上怒ることも出来ない。ぐっと赤い頬で黙り込んでしまったルーシーを、オフィーリアの柔らかな緑の瞳が見つめていた。
「あのね、ルーシー。私ならもう大丈夫よ。もう、気にもしてないわ」
一瞬、息を呑んだ。何のことだかすぐに分かった。オフィーリアはいつもルーシーのことを見透かしてしまう。まるで元々ひとりの人間だったかのように、ルーシーの全てをわかってしまうのだ。
オフィーリアはそれを、『貴女の全部を知りたいって願っているからかも』と言っていた。であれば、オフィーリアは素晴らしく神に愛された娘だと思う。
ルーシーだって同じことを願っているのに、まだオフィーリアについて、オフィーリアの心について、わからないことは沢山だ。ルーシーだって、オフィーリアの全部を知りたいのに。
オフィーリアが今どんな気持ちでいるのかを知りたい。そうしたら、この子が本当に平気なのか分からなくて、こんな胸を掻きむしりたいような不安を覚えることもなかったのに。
「……本当に?だって、傷付いたでしょう。これまでずっと、オフィーリアは、あの男に傷付けられてきたじゃない。いつも一人で泣いていたんでしょう」
「、ルーシー」
「私はそれが不安でたまらないのよ、オフィーリア。貴女が私の知らないところで泣いてやしないかと思うと、いつだって足元の見えないような不安に襲われる」
けれどそんなことを願ったところでどうしようもないから、ルーシーは結局言葉にして、尋ねることしか出来ないのである。
「何をしていてもそう。私が平民学者で呑気に授業をしている間、貴女が傷付いてやしないか心配で、男のことを考える度心臓を掻きむしられるような苛立ちに襲われるの」
「……そう」
「私、あの男が大嫌い。憎んでさえいるわ。いつもいつも貴女のことを侮辱して、嘲って、いつだって私はらわたが煮えくり返る思いよ。ああ、本当に、」
そして柔らかなオフィーリアの緑の目に見つめられる内、いつもルーシーは、心をこぼしてしまうのだ。
「殺してやりたい……」
きゅ、と引き寄せた眉。ルーシーがこぼした本音。
オフィーリアは暫く黙っていた。優しい緑の瞳で、ただルーシーだけを見つめていた。
「ルーシーって、相変わらず心配性ね」
話す言葉は、ただひたすらに、幸せの色をしていた。
「ね、ルーシー。私本当に平気なのよ。だってもう殿下のことは何とも思っていないの。だって……」
ルーシーの上に寝転がるオフィーリア。彼女が動くたびに百合の香りが広がって、それがどうしようもなくルーシーの心を安心させる。
オフィーリアはいつだって花の香りを纏う少女だった。
「あのね、ルーシー。もういいの。殿下が私をどう思っていようが、嫌われても、憎まれていたってどうでも良いの。だって、この世でいちばん綺麗なものがそばにあるのだもの」
ルーシーの上に寝転がっていたオフィーリアは、そう言ってルーシーの上を退いた。
だからルーシーも自然と、オフィーリアを追いかけるように上半身を起き上がらせて、草の上を座り込む。
するとオフィーリアはまた嬉しそうに笑って、ルーシーの頭についた草を取ってくれた。それから、白い手の長い指先が、そっとルーシーの頬を包む。
「ね?」と、教えてくれるような少女の声。
「こんなにも綺麗なひとが、私のそばにあるのだもの。これ以上、私が望むことなんてひとつもないのよ」
そばに居て、とオフィーリアは微笑んだ。
そばに居るわ、とルーシーは、頬に添えられたオフィーリアの手を確かに握ったのだ。
百合がそのまま人の形になったような少女の、薔薇のように赤い唇は、まるで夢のように柔らかかった。
オフィーリアの全ては、きっと花で出来ていた。
───幸せだった。どこまでも。
学園に入って、二度目の長期休暇の時。
オフィーリアが処刑されたと知るまでは。




