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雨の日だった。
打ち付ける水の音が、やけに鬱陶しい日だったことを覚えている。
ルーシーと母の暮らす下町の家に、男がやってきたのだ。傘をさしていて、オフィーリアと同じ金の髪。ルーシーの家の前に立っていた。
嫌な予感がした。ルーシーは彼が誰かを直感的に理解していたのだ。
だって男の顔はオフィーリアと似ていた。だってオフィーリアから聞いていた。あの子には兄が居ると知っていた。
「ルーシー・モリエ嬢だね」
オフィーリアとは違う、褪せた青の瞳だった。
ほんの一瞬見開かれた青色がルーシーを捉えて、そうしてルーシーの名前を言い当てたのだ。
「僕はローレン・フォルジュ。オフィーリアの兄だ。妹の遺言に従って、君に会いにきた」
ルーシーは貧しいから、傘なんて持っていなかった。そんなルーシーの頭上に自身が持っていた傘をさしながら、ローレンは何かをルーシーに差し出した。
遺言。その言葉に呆然としながら差し出されたものを受け取れば、ころんと小さな白いかけらがルーシーの手のひらの上に転がった。
「…………え?」
ルーシーの、ハシバミの瞳が見開かれた。
分かった。分かってしまったのだ。どうしてかは分からない。けれどこれが『オフィーリア』だと、ルーシーは直感的に理解した。
だってルーシーはオフィーリアがどこに居ても、どんな姿をしていても、いつだってすぐに分かるのだ。
平民の学舎から見える小さな影一つさえ、すぐに分かるのだから。
はくり、と。喉から嫌な吐息が溢れた。
「これにどんな意味があったのかは分からないけれど、妹は、君に小指をと言い遺してね。随分と久々にお兄様と呼ばれたよ。それほど必死だったんだろう」
柔らかな声は、けれど全く飲み込めなかった。
彼が小指と言ったからだ。だって、それは。ルーシーが何気なく話した前世の話からきていて。ルーシーとオフィーリアはいつだって、何か約束事をするときには小指を絡めていて。
ルーシーは、柔らかな光が差し込むあの小さな裏庭で、そんなオフィーリアと約束を交わす瞬間が大好きだった。
白い肌。長い指。傷一つとしてない、綺麗なオフィーリアの指先は、宝物のようで。
こんな、無機質なものではなかった。いつも滑らかな白の肌に包まれていて、いつも柔らかかった。こんな、ものではなくて。
でも、ああ。なんで、どうして分かってしまうのだろう。
「な、んで。どうして、こんな、こんな……、」
こんなに、小さくなってしまった。
「───妹が死んだ原因は王太子だ」
「……………え?」
「何があったのかは分からない。けれどオフィーリアは、王太子に剣を向けたとして拘束、処刑されてしまった。色々な政治的思惑があって公にはされていないし、処刑自体もひっそりとしたものだった。暫くは病死として片付けられるだろう」
「けれど、真実は変わらない」とローレンは言った。オフィーリアによく似た微笑みで、ルーシーに傘を差し出したせいで、雨に濡れた髪を頬に貼り付けて。
「君は、簡単には納得してくれなさそうだったから」
「──………」
「諦めた方が身のためだ。相手は王太子。平民、それもこんな町に暮らしている娘が太刀打ち出来る相手じゃない。オフィーリアのことは、夢でも見たと思って忘れなさい」
持っていた傘をルーシーに渡して、ローレンはそのまま去って行った。
ルーシーはそれから暫く、母が帰ってくるまでの間ずっとその場に立ち尽くしていた。そのときルーシーの頭の中を埋め尽くしていたのは、彼の「忘れろ」という言葉では無い。
オフィーリアの仇があの王太子であるという、真実だけだったのだ。




