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フォルジュ家と言えば、言わずと知れた悪徳貴族。
不正、殺人、横領。人間が思いつくような悪事は大体やっているという専らの噂で、逆らえば命はないというのも有名な話だ。
実際、フォルジュ家との対立を選んだ家の人間が、何度も不審な死を遂げたというのもある。証拠不十分かつ、フォルジュ家の権力が大きいせいで、誰も糾弾できない。
絵に描いたような悪徳貴族。
フォルジュ家の人間が通れば誰もが道を開ける。
オフィーリア・フォルジュは、そんな悪名高いフォルジュ家のたった一人のご令嬢。
嫉妬深く、冷徹で、齢16にして魔女と呼ばれる娘であった。
「お隣、よろしいかしら」
影になった視界。ルーシーがふと本から顔を上げれば、そこには百合のような乙女がいた。黄金の髪を耳にかけながら、ふわりと微笑む。
世には悪辣と知られ魔女とも呼ばれる娘。
けれどルーシーは、どうにもオフィーリアのことが花の乙女に思えて仕方がなかった。
「どうぞ。狭くてもよければ」
ルーシーは貴族のことが嫌いである。けれど、オフィーリアのことは嫌いにはなれなかった。
最初に見た姿が泣いた顔だったということもあるのだろう。白々しいまでの礼儀作法に則った話し方をして、傷付いた顔をされたということもあるのだろう。
公爵家のお姫様だというのに、平民でしかないルーシーに、気安い話し方をしてほしいと願うような女の子なのだ。
ルーシーはどうにもオフィーリアのことが放っておけなくて気になってしまった。有り体にいえば、ルーシーはオフィーリアのことが好きだった。
だからルーシーはオフィーリアが現れると僅かに表情を緩ませて、決まってベンチを少し右にずれるのである。
すると、オフィーリアは「ありがとう」と淡い色に染まった頬。嬉しそうに綻ぶ少女は、そのままルーシーの隣にぴったりとくっついて座るのだ。
高貴な百合の香りがふわりと鼻に届く。
ルーシーはそれが心地よくて、本に目を落としたまま、こつんとオフィーリアの方へ頭を傾けた。
「、ふふ」
オフィーリアの幸せな笑い方。鈴の鳴るような声とは、こういうことを言うのである。
あの日。オフィーリアがこの裏庭に泣いて現れた日から、ルーシーとオフィーリアはよくこの場所で会うようになった。
正確には、オフィーリアが来るようになったのだ。ルーシーはいつもここで本を読んでいる。だからオフィーリアがここに来てさえくれれば、自然と会うことになったのである。
最初は碌に話もしなかった。
ルーシーはよりによって面倒な相手の弱みを知ってしまったと頭を抱えたし、オフィーリアもオフィーリアで怯えている感情もあっただろう。
言いふらされるかもしれない。そうでなくとも脅されるかもしれないと、考えなかったわけではなかった。
それでもルーシーに会いに来たのは、指先の感覚が忘れられなかったからだとオフィーリアは言った。
誰かに優しく涙を拭われたのははじめてで、ずっとそばに居て貰ったのもはじめてだった。
だから近付きたくて、けれどそのやり方がわからなかったのだ。だってオフィーリアには今まで、友人という友人がいなかった。平民なんて関わったこともなかった。
だからただ今よりも硬い表情、硬い仕草で『ご機嫌よう』と言ったのだ。
ピンと伸ばした背筋で、『お隣、よろしいかしら』と。
指先が白くなるほど強い力で組まれた手。目に見えてわかる緊張。赤くなった耳に、少し彷徨う視線。
あまりにもひたむきで、あまりにも健気な姿。ルーシーはつい胸を打たれて、胸を貫かれてしまったのである。
お偉い貴族様。公爵家のお姫様。
平民が下手に関われば、面倒ごとに巻き込まれかねない相手。下手に不興を買えば家族にも影響が及ぶかもしれないほど、権力を持ったひと。
悪辣と知られるフォルジュ家の娘。王太子の婚約者。
奇跡のように美しい女の子。
ルーシーに話しかける前、いつだって緊張して、草陰の中をおろおろと彷徨っていた金の髪。
オフィーリアがおずおずとこの裏庭を訪れるようになって、何日が経った時だろう。
気が付けばルーシーは、『……ご機嫌よう』と笑っていた。不恰好なお姫様言葉。オフィーリアを真似して、歩み寄るように。
『お目にかかります』でもなければ、『今場所を空けます』でもない言葉。ルーシーが言ったのはそれがはじめてだった。
するとオフィーリアはパッと瞳を開いた。泣きそうなほどに、こみ上げる感情に胸元を握りしめて、花の綻ぶように微笑んだのだ。
ルーシーとオフィーリアに友情が生まれたのは、それがきっかけだった。
ルーシーはいつしか公爵家のお姫様相手に随分と気安く接するようになり、オフィーリアもまた、完璧なご令嬢としては考えられないような振る舞いを見せてくれた。
オフィーリアがはじめて、声を上げて笑ってくれた時を覚えている。ルーシーはそれが一番嬉しかったのだ。この子はこんな風に笑うのだ、と思った。
それからはますます楽しくなった。肩を寄せ合って一つの本を読んだり、ルーシーが差し出したクッキーを、ルーシーの指ごといたずらに口に含んだり。
オフィーリアは、ルーシーが思っていたよりも余程快活な少女であった。
ひどく眩しい、太陽のような女の子だった。
「?ふふ。どうしたの、ルーシー。そんなにじっと見て」
「んーん。ただオフィーリアが綺麗だっただけ」
「もう、ルーシーったらいつもそればかり。そんなこと言ってもクッキーしか出ないんだから」
「あははっ。やった、ちゃんと出た。私はサンドイッチを作ってきたから、交換こしましょ」
「!うれしい!たまごのもある?」
「もちろん。オフィーリアが好きなものばっかり」
片や料理に慣れた使用人が作った、貴重な砂糖がしっかりと使われた可愛らしいクッキー。
片や貧しい奨学生がちょっと頑張ってハムを多く入れただけの、簡単なサンドイッチ。
それでもオフィーリアは嬉しそうにはにかんで、「ルーシーが作るのが一番だいすき」と、頬を染めて喜んでくれる。ルーシーがクッキーを摘むのを、まるで宝物のように見つめてくれる。
こんなに綺麗なひとは他にいない。
ルーシーはオフィーリアを愛していたのだ。




