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王立学園は、次世代の人材を育成することを目標として設立された全寮制の学校組織である。
基本的に貴族家の令息令嬢はこの王立学園に入学するし、その他にも入学試験で優秀と認められた平民もまた一定数生徒として迎え入れられていた。
とはいえ、身分制度が存在する国に作られた学園だ。同じ王立学園に通う生徒でも、貴族と平民では制服も違えば学舎も違う。
学ぶ内容ももちろん違う。貴族が外交や人を使うことを学ぶ反対に、平民の学生はむしろ使われることを学ぶ。将来貴族達の手足のように働く役人となるために、役所仕事に必要な知識や立ち振る舞いを叩き込まれるのだ。
ルーシーが前世で見かけたような学園ファンタジーものでは、よく学園内では貴族平民みな平等、なんて理念が掲げられていたが、実際に身分社会に生まれてみればつくづくわかる。
そんなものは理想論だし、上手くいくはずもない。ルーシーは当然平民としてクラスに入り、貴族達とは関わることのない学園生活を送っていた。
同じクラスの生徒には、「本当に少しもお近付きになれないなんて!」と嘆いていた子もいたけれど、ルーシーはむしろ安心したのだ。
特権階級のお貴族様と、なんの後ろ盾もない平民が関わって碌なことになるはずもない。
このまま何事もなく学園生活を送り、何事もないまま卒業して、早く役人になろう。
貴族達に社畜よろしく使われることになるかもしれないが、今の生活よりはずっとマシなはずだ。給料を貰えたらママと一緒にあんな町引っ越して、平和に暮らしたいと思っていた。……思っていたのだ、本当に。
状況が変わってしまったのは、ルーシーが学園に入って暫くが経った頃だった。
入り組んだところにあるからか、人が滅多に寄り付かない小さな裏庭で、ルーシーはいつも通りに本を読んでいた。
王立学園が誇る巨大な図書館にはとにかくたくさんの本があるが、図書館にも関わらず、少々学生が多すぎるせいで騒がしいのが難点だった。
落ち着いて本を読める場所を探してたどり着いた裏庭が、ルーシーのいつもの場所だったのだ。
そんなルーシーのいつもの場所に、その時、けれど予期せぬ来客が訪れたのである。
「っ……!!」
草陰が揺れて、飛び込んできた一人の少女。鮮やかな金の髪を持つ、貴族学級の制服を着た女の子。
先客であるルーシーが居ると気付くと、びくりと怯えたように肩を揺らした。ルーシーはそれに、最初は、そうだ。面倒なことになったと思ったのだったか。
貴族というものは何よりも体裁を優先する。泣いているところを、それも平民に見られるなんて恥だろう。どうやって口止めをはかられるかもわからない。
だからルーシーはいかにも気付いていないように、それとも敵意がないことを示すようにニコリと笑って、持っていた本を閉じたのだ。
「お邪魔をしてしまったようで」と席を立とうとして、けれど。
「っ待って……!」
パシリ、と手を掴まれた。冷たい井戸水での洗濯物知らないような、荒れた跡一つもない白い指先。二つの手のひらがルーシーの片手を掴んで、引き留めて。ルーシーは貴族の不興を買うわけにはいかないからと、仕方なく振り向いた。
振り向いて、後悔した。
「───………」
ほろほろと涙を流す女の子の目が、緑色だったのだ。
瞬間、脳裏に過ったのは母の姿。「ごめんね」と泣いて、いつもルーシーに謝っていた優しい母。別に重ねたわけではない。
でもルーシーにとって、母は本当の意味で特別だった。ほんの少し思い出しただけ。そのきっかけになっただけ。それだけで、ルーシーが足を止めてしまう理由には十分だったのだ。
「待って、お願い、い、いわないで。わたし……!」
こんな噂が立ってしまったら、お父様に叱られてしまう、と。
ほろほろと泣く少女に、ルーシーは結局、いともたやすく負けてしまった。適当に誤魔化して去るつもりだったのに、気が付けば手を伸ばして彼女の涙を拭っていたのである。
「……言わないわ。誰にも。絶対」
鮮やかな金の髪。白い肌の震える手。涙に濡れた緑の瞳が落ち着くまで、それからルーシーは、ずっと彼女のそばに居続けた。
まさか彼女が、あの世に悪辣と知られる公爵令嬢。
オフィーリア・フォルジュであるとは、この時のルーシーは思いもしなかったのである。




