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───王妃が死んだ。
その知らせは、瞬く間に王国中を駆け巡った。
ルーシー・モリエ。
王国史上初めての平民出身の王妃。貴族社会では随分と嫌われていた一方、学者達の中では『女傑』と評価され、市政には『平民の星』などと親しまれていた人物である。
そんな王妃が死んだともなれば、当然多くの民の動揺する。
死因は何か、どうして王妃は死んだのかと民達が口々に怪しむ中で、けれどたった一人。
ローレン・フォルジュ公爵だけは、その真実を知っていた。
無理もないことだったのである。
元々王妃はいつ死んでもおかしくなかった。身体中がボロボロで、むしろ今まで生きていたのが不思議なくらいだったのだ。
手段を選ばず王妃になった。若い頃、少女であった頃。当時は王太子であった国王を籠絡するため、麻薬にだって手を出した。
だからきっと、王妃はなるべくして死んだのだ。
衰弱しきった末の最期だったという。
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どこでどんな風に終わってしまったのかは分からない。けれど、確かに死んでしまったことだけは覚えていた。
本来であればそれで終わる筈だった人生。そこに予期せぬセカンドステージが現れたのだから、世界というものは実に不思議なものである。
16年ほど生きたところで死んだはずが、気が付けば赤ん坊になって、美人だけれど少し派手なお姉さんにあやされていた。
その人が母親で、自分が「ルーシー」という名前の子供だということに気付くのは早かった。母はよくルーシーを抱きながら色んなことを話してくれたので、ルーシーだって言葉を覚えるのは早かったのだ。
花のようなひと。
母は美しい人だったけれど、同時に少し、報われない人でもあった。
こんな下町で娼婦をしているとは思えないほど純粋で優しくて、世間知らずなところはあるけれど必死に『お母さん』をしようとしてくれているのが分かるほどの善人。
だからこそ、掃き溜めのような町では暮らし難かったのだろうと思う。こんなところに生まれるべきでは無かったのだ。
男に騙され捨てられて、借金まで背負わされたから逃げられなくなった。いつかこの町を出ていって、小さな家を買って穏やかに暮らす夢は、少女の時分に潰えてしまった。
娼婦として暮らすしかなくなって、けれど母は、そんな男の子供を産むことを選んだのである。生まれた赤ちゃんに名前をつけて、愛して苦労をしながら育ててくれた。
稼ぐ手段が限られていて、子供を木箱に入れながらそのすぐ傍で身体を売っていたことは褒められたことでは無かったかもしれない。
けれど母にはそれ以外、生きていく術も赤ん坊を育てていく方法も無かったのだ。誰がそんな母を責められようか。
ルーシーを木箱に入れる時。母の緑の瞳からは、いつだってほろほろと涙がこぼれていた。「ごめんね、ルーシー」と抱きしめて、「ママがこんなだから」と本当に申し訳なさそうだった。
文字さえ読めなくて、お金の勘定が精一杯。だからこそ、必死にお金を集めて、ルーシーを学校に入れようとしてくれたのだ。
「ママに似ちゃだめよ。ルーシーなら何にだってなれるから。賢い子だもの。たくさん勉強して、立派な大人になるの」
それが母の口癖だった。ルーシーはそんな母に抱きしめられるたび、どうしようもなく胸が苦しくなった。
ルーシーのために、どれだけ母が無理をしているのかを知っていた。日々の生活費でさえ大変なのに、いつかルーシーが必要とするかもしれない学費のために内職にまで手を出して、暇を見つけてはレースを編んだりもしていたのだ。
ルーシーには前世の記憶がある。だからルーシーが率先して家事を行ったり、内職を手伝ったりしたら、母は困ったように微笑んで「ごめんね」とルーシーの頭を撫でてくれた。
どうしてママが謝らなくてはならないのだろう、と思った。悪いのはママを騙して捨てた男だ。悪いのは、そんな母に頼らなければ、足を引っ張らなければ生きていけないルーシーだ。
ルーシーは母のことが大好きだった。近所の子に「ショーフの娘!」と髪を引っ張られてからかわれても、母を恥ずかしいだなんて思ったことはない。
立派な大人になんてなれなくても良かったけど、母にもっと良い暮らしをさせられるようになりたかったから、必死になって勉強をした。
歯を食いしばり、母を道具と見る大人に頭を下げてこの国の文字を学んだ。母が用意してくれた、客からなんとか譲り受けたのだという古い本を擦り切れるほど読んだ。あまりはっきりとしない前世の記憶を必死に呼び起こして書き起こして、机に齧り付くようにして勉強した。
学校というのは貴族のものだ。貧民街の子供が学校に入るなんて、そう簡単に出来ることではない。
母は世間を知らないからそんなことも分からなかった。けれどルーシーはそれでも、母が誇れるような娘になりたかった。だから必死だったのである。
誰もルーシーが成功するなんて思わなかった。
所詮は娼婦の娘。どうせ失敗すると見て、大人達は笑いながら煙草を吸っていた。ルーシーに文字を教えてくれた男は、「学校に入れなかったら母親みたいになれ」と条件を付けて、ルーシーがそれに頷けば馬鹿にしたように大笑いをした。
母だけが、ルーシーのことを信じてくれていた。
自分の名前も書けない母。ルーシーがはじめて覚えた字で母の名前を書いてみせると、すごいすごいと喜んでくれた。「うちの子って天才!」と、殴られて腫れた頬で、手を叩いて褒めてくれて。
ルーシーが誰から、どうやって文字を学んだのかは気が付かなかったけれど、ルーシーはそれに救われたのだ。
そして、16歳になった時。
ルーシーは成し遂げたのだ。能力さえあれば身分を問わないとされる国立学園に、奨学生としての入学を果たした。ここさえ卒業すれば役人になれる。
母は涙を流して喜んでくれた。甘い香水の香る身体でぎゅっと抱きしめて、「ああ、神様」と。それがどれだけルーシーの救いであったことだろう。
ルーシーの合格を知った下町の男達は顎が外れるほど驚いたけれど、元々結んでいた約束のこともある。ルーシーの入学を邪魔することはなかった。
悪党にもそれなりの義理というものはあるらしいのだ。プライドと言っても良いかもしれない。人身売買を手掛ける悪党達には、おかしな話だけれど。




