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妹が「お姉様だけずるい!」と婚約者を奪ったので、二度目の人生では奪われる前に喜んで譲ります  作者: 山口遊子


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第4話 王都からの使者と、冷徹な外交交渉


 空を覆う雲は相変わらず鉛色だったが、今朝はどこか湿り気を帯びた冷たい風が吹き抜けていた。


 カスピアンの屋敷の広間には、王都から派遣された勅使である宰相補佐官の男が、傲慢な態度で待ち構えていた。傍らに立つのは、王家の紋章が入った重厚な書類鞄を抱えた官僚たち。


 彼らは、辺境の薄暗い石造りの広間に足を踏み入れることさえ汚らわしいと言わんばかりに、鼻を突くような嫌味な香水を漂わせている。アウレリアは、そんな彼らの滑稽なまでの高慢さを、冷ややかな氷の微笑で迎え撃つ準備を整えていた。


 広間の扉が開かれ、カスピアンが足音を響かせて現れる。その後ろには、威厳に満ちた佇まいのアウレリアが続いていた。


 彼女の装いは、かつての聖女のような白一色の質素なドレスではない。辺境の夜の色を写し取ったような深い紺色のドレスに、カスピアンから贈られた鉄鉱石を加工した銀のブローチを留めている。


 彼女の姿を一目見た瞬間、宰相補佐官の顔には侮蔑と驚きが混ざり合った複雑な表情が浮かんだ。


「これは、アウレリア様ではありませんか。追放された罪人が、このような辺境の地で聖女の衣装を汚しているとは……あまりに無様ですな」


 男の言葉に、広間の空気が凍りつく。カスピアンの指先が、腰の剣の柄に僅かに触れた。その殺気は鋭く、しかしアウレリアは静かに手を上げ、彼を制した。


「『罪人』とは聞き捨てなりませんわね。私は自らの意志で、この地を選びました。貴方様がたが、あの脆い聖域の結界を維持するために、どれほど私の尊厳を損なってきたか……忘れたわけではありません」


 アウレリアの言葉は氷のように冷たく、かつ明瞭だった。


 彼女はゆっくりと広間の中央へ歩み寄る。カスピアンは彼女の背中を、まるで守護するような絶妙な間合いで支えている。彼らの間には、言葉を介さずとも通じ合う、深い信頼の波長が漂っていた。かつて王都で味わった孤独とは正反対の、この充足感。


 アウレリアは、改めて自分の選択が間違っていなかったことを実感していた。


「本日は何用でしょうか? もしや、魔力源としての私の再利用を求めての嘆願でしょうか? だとすれば、無駄足です」


「嘆願などではない! これは陛下からの正式な通達だ。辺境伯領の管理権を一時的に王家に移譲し、領内の全魔力炉を査察する。カーリン様が聖女として結界を再構築するために必要な処置だ。貴様のような『出来損ない』には、理解できまい」


 男は鼻で笑い、書類をテーブルに叩きつけた。カスピアンは冷酷な笑みを浮かべ、その書類を一瞥もせずに返した。


「領内の管理権だと? この地の主は私だ。王都の傀儡になり下がったカーリンに、この大地の声を読み解くことはできまい。貴様らが何を企んでいるか、既に我々は知っている」


 カスピアンの威圧感に、使者たちの背筋が震える。


 アウレリアは、彼がどれほどのプレッシャーを支配しているかを理解していた。彼女はカスピアンの隣へ歩み寄り、彼の手をそっと握りしめる。その温もりが、冷え切った広間に静かな安らぎをもたらした。


「帰りなさい。王都へ伝えて。この地は、もはや貴方たちの欲望を満たすための搾取の場所ではない。私は、私自身の意志で、この地と、そしてカスピアン様と契約を結びました。私から力を奪いたいのであれば、どうぞ、この大地の怒りを受け止める覚悟をしてからいらっしゃい」


 彼女の瞳に、聖域を守るための強固な意志の光が宿る。それは、かつて王都で人々を守るために捧げた優しげな光ではなく、愛する者と守るべき土地のために放たれる、研ぎ澄まされた刃のような光だった。


 使者たちは、言葉を失い、逃げるように屋敷から追い出されていった。



 静寂が戻った広間で、カスピアンはアウレリアを力強く抱き寄せた。彼の鼓動が、彼女の胸に伝わる。


「よく言ってくれた。だが、王家がこれで引き下がるとは思えない。次は力ずくで来るだろう」


「ええ、そのときは……この土地の真の力を、彼らに見せつけるまでです。心配はいりません」


 アウレリアは微笑み、カスピアンの広い背中に寄り添った。


 窓の外では、ようやく厚い雲が割れ、かすかな陽光がこの辺境の地に降り注ぎ始めていた。


 それは、二人の戦いの始まりを告げる、希望の光のようでもあった。王都の腐敗を突き放し、新たな絆を深めた二人の背中に、明日への覚悟が力強く刻まれていた。


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